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少年、罪過を喰む  作者: 藤崎湊
FILE1死を視る青年
13/62

悪魔に乞う




 外は深い闇に染まりきり、星が散りばめられていた。

 今の蒼斗に綺麗だと天体観測をしている余裕はなく、頭を横に振り払うと走り出した。

 何処を通っても全く知らない景色、街並み――寂しさで胸が潰されそうだ。早く、家に帰りたい。

 大通りに出て、ふらふらと目の間に来ていたバスに乗り込み……気が付くと一度通ったことがある道を辿っていた。


 その先には、副島が死んだ場所。

 戻ってきてしまっていた。依然変わらず存在している、燃えつきてボロボロになった建物と、地面に散らばる灰。

 ここで副島は自分を殺そうとした。だがそれは、何かの間違いだろう。そうでなければあの人ならざるものの説明がつかない。

 人が人でなくなるなんて、あるはずがない。


 亜紀たちのところを出たのはいいが、帰り道という重要なことを訊くのを忘れていた。

 途方に暮れていた蒼斗は流れる川辺に座り込んで頭を抱えた。今更教えてください、とのこのこ戻るのも気が引ける。しかし一刻も早く帰りたい。


「……ここの川はオリエンスの川に似ているな」


 映り込む自分の顔が酷くやつれ、疲れきっている。思わず苦笑した。――なんてみっともない姿だろう。今まで国を守るために心血を注いできた人間には見えない。


 ――その時。


「!?」


 自分の顔が映る水面を何かが破った。

 蒼斗が手を入れたわけではなく、水の()()()()から。

 正体を認識する余裕は持ち合わせておらず、顔面を鷲掴む大きな手を認識した時には既に遅かった。

 蒼斗の身体は前に傾き、川の中に引きずりこまれた。


 ――その後、蒼斗が浮かび上がることはなく、辺りは沈黙を取り戻した。


「……蒼馬が連れ去られました」


 廃ビルの陰に身を潜めていた近衛は、冷めた目で一部始終を見届けていた。そして、静寂が戻った世界の中で、一言一報を入れた。




 ◆




 昔……? 昔かは、よく分からない。

 蒼斗は英雄のようになれなくても、人を守り、誰も傷つくことがない平和な世界を作る支えになりたかった。

 かの英雄たちのように剣をとり、己の信念と信仰を胸に血を流すのではなく、心を通わせて変えたい。争い事が嫌いだった蒼斗はいつも心の中にその思いを抱いていた。

 綺麗事だと嗤う者は多いだろう。

 けれど、蒼斗はその思いと願いを秘めることで、自分の居場所を求めていたのかもしれない。

 誰かのために――そう行動することで、周りには友人や仲間、家族ができた。ここに存在してもいいのだと言ってもらえているようで、空っぽの心は満たされていた。

 これはエゴとしか思えないだろう。


 ――そのエゴも、自分がそもそも彼らの敵であると突きつけられ、拒絶されてしまえば……ただの滑稽な道化でしかなかった。


「死神を発見!!」


 謎の手に川の底へ引きずり込まれ、鼻や口に入り込む水にもがきながら手を伸ばした。

 肌で感じた空気の感触に、急ぎ水面に顔を出した。咳き込んでいると無数の銃口に囲まれ、瞬く間に武装した特機隊に拘束された。


 ……特機隊?


「うわあああああっ!!!?」


 悲鳴を上げ、手足を振り回しながら掴みかかる無数の腕に抵抗する。


「大人しくしろ、桐島蒼斗!」

「ち、近づくな……!」


 何だ、何だ何だ何だ!!! このおぞましい姿をした『奴ら』は!

 何故自分を桐島蒼斗と知っている? 人間の皮を被った『化け物』が、何故!?



 ――このペンタグラムを知り、次第にお前はオリエンス総ての者への『視る目』が変わる。覚悟を決めておくんだな。



 亜紀の言っていたことは、こういうことだったのか。

 助けを乞うていると、亜紀の話がふいに脳裏に浮かび、ここにきてようやく理解できた。

 だとすると、これまで処刑されてきた人たちは相当恐ろしい思いをしながら殺されたに違いない。こんな化け物が無数にいるのだから。

 廃墟街の川にいたはずが、今は黄泉橋の下流部に移動していた。

 引き上げられ、護送車に放り込まれる。その前に空を見上げれば、やはり覚えのある濁った月夜が漂っていた。星なんてものは微塵も見当たらなかった。


 どうなっているんだ?

 同じ月夜のはずなのに、何故こんなにも景色が違っている?


 亜紀が言っていたことは本当なのかもしれないと咄嗟に頭の何処かで考えが浮かび上がり、固く目を伏せて否定する。

 これが夢であって欲しいと願っても、両手両足に填められた枷の重みと冷たさが現実であると無残にも叩き落とす。

 ずぶ濡れで拘束されたまま、蒼斗の身柄は裁判所へと直接護送された。


「来たぞ! 死神だ!!」


 軍隊からの罪人は、一般の法律ではなく、軍独自の軍法会議にかけられる。

 蒼斗は法廷の周りを埋めつくす国民たちの姿を捉え、ふと昔の、王に仇なす者の処刑を思い出した。



 誰かの役に立ちたい――その一心で身体を鍛え、桐島の指導の下、力をつけた蒼斗。

 王は身寄りのない、得体のしれない蒼斗の実績を認め、特機隊の入隊を許可した。初めは国のために王のために力を震えることに使命感を覚え、自らを奮い立たせていた。

 しかし……蒼斗は分からなくなった。この国では、何が正しくて、何が間違っているのか。


「助けてくれええええ!!」

「俺は何もしてねぇんだ!!」


 大衆の中に断頭台が設けられた檀上――処刑台。その中央に後ろ手で縛られ、固定される数人の男たち。傍らには、大きな斧を握る仮面を被った大柄な男。押し寄せ騒ぐ国民たちは怒鳴り、嘆き悲しんでいた。

 ――この日オリエンスでは、王政に楯突いた者たちに対する公開処刑が執り行われようとしていた。

 蒼斗は周辺警護のために、処刑台から一番近い場所に配置されていた。罪人の内の一人が蒼斗を見つけて訴えかけた――自分はこの国の自由のために何をなすべきかを考え、王に従うべきではないと判断し、行動しただけ。お前は王に従うことが、本当に正しいと思っているのか?


 けれど――。ぐしゃり。

 生々しい肉が裂け、骨が断たれる鈍い音が、この騒然とした処刑場で妙にリアルに耳に届いた気がした。

 一人目の首が飛ぶと王制派の者たちは歓喜に煽り、さらに民衆は荒れる。暴動がいつ起きてもおかしくなかった。――でも、それを行動に移す者は誰一人いなかった。処刑を命じた王に逆らえば、さらに見せしめとして殺されてしまう。

 王の所業が間違っていると、多くの民が思っているのは間違いない。

 こうして顔色を赤から青に変えているのだから。王の一言一句従う者は、その恩恵を受けている有権者たちだけだ。

 けれど我が身可愛さに処刑を退けようなど、命知らずなことは決してできなかった。残る一人となったころには、騒ぐ者はいなくなってしまった。

 何を言っても、結局は死ぬ。自分も死ぬかもしれない。残虐極まりない惨状に胃の内容物を吐き出し、見ていられずに逃げることも少なくない。王に逆らう者には、絶対の死が待っている。

 果たして、それは本当に――。


「貴様たちは何一つ分かっていない! この世がいかに狂っているかを! 偽りの正義を掲げ生きていることを!」


 偽りの正義――処刑を終え、血に塗れた斧の刃の赤を見つめながら、蒼斗は胸に引っ掛かりを抱いた。

 この世界は分からない。

 教えを受けても感じるのは違和感と疑問。詰め物が中々取り除けないそんなもどかしさに似たものだった。

 その答えを求めていた蒼斗は、既に肉の塊となった男に訊ねたかった――偽りの正義というのなら、あなたは真実の正義を知っているのか?


 結局、世界は王で回っているということか。



 ――そして今、今まで処刑されてきた者たちの気持ちが、少しだけ分かった気がした。



「殺せ! 死神を殺せ!」

「オリエンスと王に仇なす者はすぐにでも殺せ!」


 ずっと考えていた。周りの国々に脅かされることもなく、怯えることもなく独立し、豊かな国であると誇っている今のオリエンス。

 しかし国民は王の方針に背けば、王の命令によってその尊い命を無残に絶たれてしまう。

 残されたものは傷つき嘆き悲しむばかり。幸福で豊かであるはずなのに、誰ひとり幸せになっていない――むしろ、逆だ。

 そうであると思う者は、ほんの一握りの権力者たちだけだろう。

 死んで逝った彼らは、いったいどんな思いで王に逆らったのだろうか。――あの処刑台で、何を考えていたのか?

 まさかこうして命を懸けて守ってきた国民に殺せと罵倒され、唾を吐かれるとは思いもしなかった。

 中に連行され、法廷の中心に立たされる。


「これより死神出現における緊急軍事裁判を始める」


 議長席に座り、淡々と言葉を口にするのは、長官の藤堂という男だった。


「死神出現に関し、桐島蒼斗が死神であるという根拠は、被告人の手の甲に浮かぶ刻印からして明白である。王の命を狙う死神の存在は、当然のこと生かしておくことはできない」

「だから、僕は王の命を狙ってなどいません!」

「黙っていろ」


 端から話を聞く気がない様子に蒼斗は奥歯を噛みしめた。こんなもの、裁判などではない。


「そもそも、このような裁判を開くことすら、私は徒労だと感じている。死神一家、葛城の姓を持つ人間は生まれた時から王に牙を剥く存在。故に極刑なのは決まっていることだ」

「そうだ! 王だけでなく、オリエンスの人間に危害をもたらす恐れのある化け物など、とっとと殺してしまえ!」


 ざわめき立つ廷内。藤堂は喧しそうにガベルを数度叩き、静かにさせる。


「副長官、私からご提案があります」


 そこで挙手をしたのは、桐島だった。彼の手元にはいくつかの資料があり、助けてくれるのかと期待した。桐島は蒼斗を見ることなく立ち上がった。


「彼は死神とはいえ、これまで人間として力を尽くしてきました。彼は過去、第四部隊隊長の席を担い、多くの人を救ってきました」


 そこで。


「人間でありたがった化け物に、せめてもの情けとして、人間として処刑してあげるのはいかがでしょうか?」

「!?」


 なんだって?――それは蒼斗本人だけでなく、他の隊員たちも同じことを思っただろう。そして同時に、蒼斗は義父がこれから何を話そうとしているのか悟り、背筋を凍らせた。


 ――義父さんは、僕を……。


 桐島はまず初めに、任務中の命令違反について話した。これについては起こる惨状について分かっていた――つまり、あの事件の被疑者の可能性が高いと説明。


「それと、息子の祥吾と部下の副島隊員ですが、被告人を自首させようと検索に向かってから行方が知れません」


 ぞわり、身の毛がよだつ。まさか――。


「先程被告人を確保した際、現場にあったおびただしい量の血を発見したところ……っ、副島隊員のDNAと一致しました。傍らには、壊れた改造銃が落ちていました……被告人の指紋を残して。息子の消息は未だに掴めておりません」


 桐島は目元赤くさせ、一度天を仰いで「申し訳ない」と、話の中断を謝罪する。


「息子に尽くしてくれていた従弟……家族である副島隊員は……っ、死神と対峙し、その責務を全うし……命を落としました」


 副島史則は死神蒼斗の手にかかり、無残に殺された――その立証された証拠を元に、蒼斗は自分の罪状が確定した気がした。


「待ってください! 僕は誰も……副島君を殺していません!!」

「ならば、何故改造銃にお前の指紋が付いていた! 銃を向けていないというのか!」

「っ、いえ……確かに、彼に銃は向けました。けれど、それが彼を殺した直接の理由では……!」

「やっぱりお前が殺したんだろうが、この人殺し!!」

「桐島隊長もお前が殺したんだろう!!」


 ついに廷内は副島を殺された怒りと悲しみの声を荒げ、一斉攻撃が今にも始まりそうだった。


「殺せ!! 二人を殺した死神を殺せ!!」

「死神風情が!! 桐島特機隊長の恩を仇で返すとは……即刻処刑しろ!!」

「……以上の点から、彼がいかに重罪を犯しているか、ご理解できたかと思われます」

「考えるまでもないな」


 藤堂はガベルを手に、桐島を見下ろす。


「義理とはいえ、何か息子に何か言うことはあるか、桐島特機長?」

「いえ……私の、心から誇れる息子は、祥吾ただ一人。そこに立っている被告人は、ただの人殺しの化け物です」


 嗚咽を堪え、片手で口元を覆う桐島。

 ――だが、彼を見ていた蒼斗は見逃さなかった……その口元が愉快そうに歪んでいたのを。


「副島史則殺害及び王に仇なす死神は重罪である」

「違います、僕は誰も殺していません!」

「シラを切る気か? ならば、何故お前の指紋が凶器に付着していた?」

「それは……っ」

「答えは簡単。お前が犯人だという証拠だ!」


 桐島はさらに蒼斗を指差した。


「被告人の手の刻印は、このオリエンスに災いをもたらす死神の証。彼らを殺したのは災いの始まりかもしれない」

「そうだ! そいつを野放しにしていればいずれまた誰かが殺される!」

「皆の言う通り、死神を生かしておくわけにはいかない。よって即刻斬首刑とする」

「そんな、待ってください!」


 タン、というガベルの叩く音が高く響いた。刑が言い渡されると、蒼斗を罵倒する言葉が飛び交った。奥から運び出される断頭台を見て肝を冷やし、怒声で満ちる廷内で懸命に自分の主張を口にした。


「僕は誰も殺していません!!」

「この国を滅ぼすことを企てる死神の戯言など、誰が信じるものか!」

「大人しくしていろ、この化け物め!」


 ――ふざけるな! どっちが化け物だよ!


 湧き上がる怒声。間髪いれず頬に走る強烈な一撃。口の中が切れて、鉄の味がした。

 痛みよりも拳を振るわれたことへのショックの方が大きかった蒼斗は、どうこの場を最善の方法で切り抜けようかと巡らせていた思考を強制的に停止させられた。

 がっくりと項垂れ、信じていた上司、同僚、身内に裏切られたという絶望と、理由もなく殺されるという死への恐怖で全身を埋め尽くされた。


「……け、て」


 首が固定され、もう死を待つしかない。

 三人の処刑人が横に立った。非国民を処刑した時の、あの時の姿のままだった。

 もうダメだ――と、希望を手放しかけた時だった。



 ――この世界に神はいない。



 何を思ったのか、かつて処刑された者たちが口にした言葉が脳裏を過った。

 確かにそうだ。この世界には、神なんてものは存在しない。あるとしたなら、ただの紛い物、まやかしだ。

 だって、神が本当に存在しているのなら、こんなに無慈悲で残酷な世界を作ったりはしない。 

 人々が傷つき、悲しむ世界なんて望まない。

 神がいないなら、悪魔でも何でもいい……。


「誰か……っ、誰か、助け……っ!」


 蒼斗は瞼を固く閉じ、慟哭した。



 ――全てが夢幻だったなら、何もかも全て、消えてしまいたい。

 もっと。もっと自分を見てくれる、理解してくれる……必要としてくれるところに逃げ出したい。

 空っぽの自分がこの十年築いてきたものは、波に攫われる砂の城のように脆く……何の意味も持たなかった。


 ――結局、自分に残るものは……何もなかったのだ。





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