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貴族と"理想"

 テジェの街から1日かけて移動した先は、ノヴァール領主の城のある街。白い石を敷き詰めた綺麗な道、綺麗な建物。街の入り口から真っ直ぐ見上げた先に、やはり白くて綺麗な城が丘の上に鎮座している。

 領主の打倒を煽る敵勢力に備えて防御を固めた街は、人の多さに反して嫌に静かだ。


 先の戦いで手に入れた情報を領主に報告するため、ウーゴ隊長とその部下、さらにアルドとロイが城門をくぐる。

城内はより一層の緊張感に包まれているが、アルドは初めて訪れる『城』に浮き足立ちキョロキョロと落ち着かない様子だ。

外壁の大きなレリーフに目を奪われる。創造神の御手が山を創り、海を創り、世界を形作っていく様を表したそれは、各地の教会でも目にするものと同じものでも、非常に古くしかし精巧であった。


「……さすが、貴族のお城だぁ」

「おい、ウロウロするなよ。こっちだ」

そうしてたどり着いたのは荘厳な謁見の間、ではなく、こぢんまりとした領主の執務室であった。


***


「おおむね、想像通りだったな」

ウーゴ隊長からひと通りの報告を聞き終えた領主、シャルル・ノヴァールは眉間に深くシワを寄せてため息をつく。

綺麗に整えられ後ろに束ねた金色の長髪、立派な刺繍の入った重たそうな外套。貴族らしい装いだが、その表情には確かな疲労の跡が見られる。


「改めて整理させていただきます。内乱の扇動者はケルシア領旧貴族、ガッド・フォン・ケルシア。前領主の従兄にあたります」

シャルルの脇に控えた、角ばったメガネが冷たい印象を与える女性はイレタ書記官。シャルルの側近だ。報告を聞きながらも書き込んでいた書類に時折目を落としながら情報をまとめる。

「十年前、我々の革命に対して早々に領地から脱出し、消息は不明とされていた男です。どこかで力を蓄えて再び権力を取り戻すことを狙っていたということですね……。」

「捕らえたテジェの豪商によると、ある日突然手紙が届き、反乱を持ちかけられた、とのことです。資金面で協力すれば新体制下で大きなリターンを約束する、と。その後一度だけ国外で会ったが、ガッド自身の行動計画、現在の潜伏先は知らないと述べています」

ウーゴ隊長のハキハキとした発声に対して、シャルルは腕を組み絞り出すように声を出す。

「どこかのタイミングで姿を現して、動乱を収める茶番を演じ、旧貴族の栄光でも振りかざすつもりだろうな」

呼応した副官のメガネがキラリと光る。

「創造神に創られた人類原初の末裔、ですか……。領内のどこかで様子を伺っていると見るのが自然かと」


「今回我々で捕らえた捕虜の中には他の拠点にも出入りしていたという者も複数おります。順に潰していけばやがてたどり着ける、もしくは新たな手掛りが掴めるかと思われます」

「……虚偽かと疑うほどの捕縛数だな。しかもこちら側に損害なしとは」

「ほぼすべて、国軍から派遣されたアルド、ロイ両名の力によるものであります」

ウーゴ隊長はわずかにも他意を含ませず、真っ直ぐに領主の目を見てアルドたちの手柄だと述べる。

独りよがりとも取れたアルドの行動にも、労いの言葉から始めた隊長であるので驚きこそしないが、ここまで明確に自分たちの力ではないと言うとは意外だ。


「……まずは、助力に感謝を」

シャルルはアルドとロイに順番に目をやり、再度アルドに視線を戻した。

「ずいぶんと崇高な精神で戦いに臨んでいるようだな」

改めて俯瞰で成果を整理することで、アルドの異常さ、”殺さない”ことが目的になっていること、それらは明らかだった。

「情報が必要だったので!それから、建物もできるだけ壊さないようにと言われたので!」

「言い訳など必要ない。お前のこだわりのおかげで十分過ぎる情報がそろったのは事実だ」

言葉とは裏腹に濃い茶色の瞳には明らかに侮蔑と否定が暗く渦巻いているのが見える。


「拘束を待ちながら地上に降ろすようなことをせずに、自由落下から生きのびたものを捕らえても十分だったろう。商館への突入もウーゴらに任せてもさほど苦戦しなかったのではないか?……人を殺すのが怖いか?」

「……やりたい事をやるために、なりたいものに、冒険者になりました。最高の理想を追求して、胸を張れる英雄になります」

シャルルはアルドから視線を外し、窓から見える城下に目を細める。

「理想とは?」

「みんなが好きな物語のような……全方位ハッピーエンド」

ハッとシャルルが声をあげて笑う。

隣のイレタ副官とウーゴ隊長も不思議なものを見るかのように目を丸くしている。


「私もかつては戦いの先頭に立ち理想を求めてきた創造者だ。お前のやったことが尋常ではないことも、そのために酷く消耗したこともよくわかる。釣り合いがとれているとは思えんな。……我々がこの地で革命をもってして新貴族となったのも理想の実現のためだ。決して権力そのものや己の欲望のためではない。皆に幸福をもたらせると信じ、統治者となった後もそのように行動してきた。……しかしその結末がこの内乱だ」

淡々とまるで先の戦いの報告のように述べるシャルルの瞳が、またひとつ暗く沈み、2人の部下は唇を噛み俯く。


「私も青く、現実が見えていなかったということだ」

「それは違います、シャルル様。我々にシャルル様の理想を形にする力が足りなかったのです」

「お力になれず、申し訳ございません。痛恨の極みです」

うっすらと涙を浮かべるイレタと土下座せんばかりの勢いで頭を下げるウーゴ隊長をヒラヒラと手を振り制止したシャルルは、窓の方を見たまま話を続ける。

「理想ばかりでは、痛い目を見るということだ。早めに現実に気がつきたまえよ」


「失敗したら、もう一度がんばります。領主様も、そうですよね?」

「……若さとは、ここまで疎ましいものだったかな。……ウーゴ、貴重な戦力であることには間違いない。上手く扱えよ」

気安すぎただろうか、ロイに肩を小突かれる。

シャルルはそれっきり、こちらを向かず、表情はわからなかった。


***


 時間を少し遡り、アルドがまだ冒険者ギルドでロイたちと談笑していたころ、エレナはケルシアの冷たい風を浴びながら、通りがかりの冒険者として鎮圧された暴動の後始末を手伝っていた。


偶然耳にしたケルシアでの内乱の噂はエレナの心を強く揺さぶり、理屈よりも早くこの地へと走らせた。

この数カ月でずいぶんと馴染んでいた無邪気な少年と金髪のキザな優男にも伝える間もなかった。

ーまぁ、別に相談しなくちゃいけないような関係ではないんだけど。


本来は二度と足を踏み入れることはできないはずの故郷。

およそ十年ぶりに訪れた地で目に滲む涙は帰郷の喜びか、再び起きた争いへの失望によるものか。


暴動は領地の各所でまんべんなく、少しずつタイミングをずらして、時には同時に発生していた。

軍と行動するエレナもこれは誘発された反抗の火ではないと思い至る。

混乱や軍との衝突そのものが目的かのような無差別な破壊行為、見えない扇動者の姿、すべてがエレナの中の嫌な予感を補強して形にしていく。


そしてついにいくつ目かの戦線で、そうであってほしくないと強く願うがゆえに見つけてしまった決定的な手がかり。

暴動に紛れていた出自不明の男の持ち物から見つけたのはケルシア地方に古くから自生するとある花の紋章。

正式な徽章ではないためこれを特定の人間と結び付けられる者は、少なくともノヴァール軍にはいない。

しかしエレナは確信する。

この内乱の背後には自分の知っている者が暗躍している。


ー私が、止めなくちゃ……。

その日の夜にエレナはノヴァール軍から離れて、ひとり全てを抱えて歩き出した。


***


ノヴァール領の外れにある、とある農村。収穫を控えた麦畑が風に吹かれて波打っている。

納屋の脇で野良仕事をしている老婆の背後に音もなく影が立つ。

「ジルばあちゃん」

びくりと背を震わせた老婆は振り返って深くフードを被った人物の顔を訝しげにうかがう。

辺りを警戒しながらフードを脱いで顔を見せた、綺麗にしなる赤髪の女は不安気に老婆の反応を待っている。

対する老婆は自分の名をを親しげに呼んだこの人物をまじまじと観察していた。

見覚えのない顔。しかし自分の中の何かが確かに揺れている。


「……まさか、エレノアちゃんかい?」

「久しぶりっ……」

懐かしい呼び名にエレナがはにかむ。

老婆はひどく狼狽えた様子で近付き、震えた手で抱擁する。


「もう会えないものと思っていたよ……。無事だったんだねぇ」

涙を浮かべながらエレナの存在を確認するかのように肩や頭を優しく叩き頬を撫でるジルの手は、エレナの記憶にあるよりも随分と小さく感じられた。

「ジルばあちゃんも元気そうで良かった……!」

「まだまだ、この畑を守らなきゃいけないからね!……でも、悪い時に帰って来たねぇ。今ケルシアは、ちょっと物騒でねぇ」

ジルは残念そうに沈んだ声でそういうと、遠く広がる麦畑に視線を移してため息をつく。


「あちこちで暴動だとさ。あなたたちがいなくなった時も大変だったけれども、まさかあたしが生きている内に2度もこんな諍いが……まったく困ったもんだ」

「そうだね……。だから、私にできることがあるかなって、来ちゃったの」

ジルは再びエレナの手を握り真っ直ぐに目を見る。

ジルの表情と空気が強張っていく。

「……ノヴァールに手を貸すってことかい?それとも……」

エレナはしっかりと手を握り返して微笑む。

「ここにはジルばあちゃんみたいに私のことをかわいがってくれた人がたくさんいるじゃない。無差別に起きてる暴動なんて、絶対止めなきゃ。……もしパパとママがいたら、きっと駆けつけてたよ」

「そうかい……。そうだね……」

見つめ合う2人はとある過去の同じ出来事を思い浮かべるが、それについて語る言葉を持ち合わせてはいなかった。


少しの沈黙の後、ジルがはっと何かに気付く。

「……!じゃあ、あたしのところに来たのは……」

「うん。『鍵』を開けてほしいの」

ジルは息を呑み、俯く。

「……まさか、ひとりでいくのかい?」

自分を慈しむジルの眼差しに、エレナは努めて笑顔を見せる。

「大丈夫!話をしに行くの!それにはひとりじゃないと。領主軍がいたら衝突は避けられないわ。……お願い。時間がないの」

真正面から向けられた愚直な嘆願をジルはついには振り払えなかった。

かつて世話を焼いた幼い子どもは、かくも凛々しい人間になったのだ。

「……強くなったんだねぇ」


***


苔の匂いのする石造りの小さな礼拝場に2人の足音が響く。

祈りを捧げる仕草のあと、エレナとジルはナイフを取り出して自らの指先を傷つけて祭壇の中心に数滴の血を垂らした。

そして改めて2人が祈るようにすると、祭壇脇の石畳が青白い光を発し始めた。

光る石畳はわずかに浮き上がりスライドするように動くと、この地で脈々と紡がれてきた旧貴族と墓守の一族のみが開くことのできる、地下への階段が姿を現した。


「それじゃあ、気をつけて。無理はするんじゃないよ」

「うん。ありがとう!ジルばあちゃんも、気をつけて帰ってね!」

飛び降りるように地下へ向かったエレナの気配が消える頃、石畳は再び光り、何もなかったかのように穴を閉ざした。

ジルは三度祭壇に向かい祈りを捧げる。

どうか、勇敢で優しいあの子が傷つかず、望む結末にたどり着けますように。

それがいかに都合のよい楽観的な願いだとしても。

どうか。



 手に持つランプに照らされた地下道の空気はひんやりと冷たい。

わずかに進むとすぐに水路に浮かぶ小舟が目に入った。ケルシア地方の各地に隠されたこの地下水路はすべて同じ場所へ向かい繋がっている。エレナは闇に向かい小舟を漕ぎ出す。まっすぐに進むことだけに集中して。



 水路の果てには石造りの霊廟、そして複数の男たちがエレナの接近を察知して待ち構えていた。

単独で隠れることもなく訪れたエレナに、少なくとも今は害意がないと捉えたのか、中心に立つ男は歓迎するように両手を広げる。

「よく来たね、エレノア。久しぶりだ」


十年の歳月は彼の顔にも確かに変化を与えているが、見知った顔の面影がある。

そして何よりも身に着けている貴族然とした衣服は当時のものとそっくりだ。

それは彼が何者で、この地で何になろうとしているのかをありありと示していた。


「ガッドおじさん……!?どうして……?」

「まあ、まずは少し落ち着きなさい。振る舞えるものはないが、慌てることもあるまい」


場所を移そうと背中を向けるガッドに反して、側近の兵士たちはガッドの側とエレナの背後、即座に役目を果たせる位置に着く。


「しかし、よくここだとわかったな?」

「……華の徽章を見つけたわ。それで、家のひとが隠れるならここ以上に適した場所はない、から」

「なるほど、どこぞの馬鹿が情報を持ったままやられたか。徹底して身を隠してきて、ここの鍵を開けさせた墓守も地下へ連れてきたのに、一体どこから足がついたのかと思ったよ。なかなか全て想い通りにとはいかないな」

「やっぱり、おじさんがこの内乱を……?」

「もちろん。墓参りに来たとでも?それから、内乱とは聞こえが悪いな。革命と言ってくれ」

「なんで、今さら……!」

「……そうだな。当時は抵抗する間もなかったからな。だがこの十年、一度たりとも故郷を忘れたことはない。地に伏しながらも国を渡り歩き、力を集めた。すべてはケルシアを取り戻すためにな」


「それで?お前は何をしに来た?」

ガッドの目から急激に温度を失った。背後の兵士からのプレッシャーがさらに増して首筋を這う。

「……やめよう、おじさん。上手くいかないよ、こんなの。十年も経って、みんな平和に暮らしていたのに、外から争いを煽って……。領主軍と関係のない人もたくさん傷ついてる!」


「無関係な者などいない。みなケルシアの民だ。我らケルシア家と共に生き、……死ぬときは共に死ぬ。本来そうあるべきだ。しかしお前の父親が戦うことから逃げて早々に降伏したせいで、取り残されたのだ。ノヴァールでも、ケルシアでもない、哀れな民が。我々は彼らにもう一度ケルシアの歴史を取り戻す機会を与えているのだよ」

ガッドの語り口はとても落ち着いていて、間違いなく会話は成立している。

しかし最も重要な何かが決定的にすれ違っている。

決して交わらない水と油を必死で掻き回しているような、無力感がエレナの喉を詰まらせる。


「少なくともノヴァールの人たちは、人々の幸せのために戦いを選んだ。でもこれは違う!あなたの権力とプライドのために民に血を流させている!」

「私に力が戻ることで領民に幸福がもたらされる。賛同しているものが限られているわけではないこともわかっているだろう」

「お父様は、考えが違っても、同じ領地の人同士で殺しあうべきじゃないって、だから……」

「……これ以上話しても無駄だな」

ガッドが目でエレナの背後の兵士に合図する。

「ここ数日で国軍の派兵が届いてしまってな。我々も次の段階に進むために忙しいんだ」

「待って!ガッドおじさん!」

伸びてきた手を振り払いガッドに迫ろうとするエレナの前に、彼の背後から瞬時に現れた骨太の男が立ち塞がる。


男の手に武具はなく、面倒くさがるような表情で腕を組んでいる。

「……どけ!」

エレナは己の右手に細身の長剣が現れる想像をする。

何度も繰り返してきた工程は淀みなく瞬時に実体となるはずだった。

瞬間、創造されるよりも早く、強烈な衝撃がすべての思考を吹き飛ばす。


数メートルも後ろに吹き飛び地面を転がるエレナは激しい痛みでようやく腹部に攻撃されたことを認識した。

ー蹴られた……?!速すぎる!息が、できない……!


「殺すなよ。貴重なケルシア家の血だ」

背を向け歩きだしたガッドの指示に、やはりつまらなさそうに答えた骨太の男がエレナににじり寄る兵士たちに向けて声をかける。

「両腕へし折って、両手両足縛っとけ。それから目隠しもな」


―失敗だ。やはり何も変えることはできなかった。

本当はわかっていた。私はトラウマを起因とした幼稚な癇癪で走り出してしまっただけで、もっともらしい使命感と血縁という、か細い希望で自分を誤魔化していたんだ。


そもそも本来はこの国は旅の途中、素性が誰かにバレる前に通り過ぎるだけのはずだったのに。

少し路銀を稼ごうと思った街で、面白いやつらと出会って長居しすぎたんだ。

失敗した。


でも、久しぶりに楽しかったなぁ……。


突っ走る純粋な少年の世話を焼いて、たまには彼の兄貴分も入れて3人でバカをやったり……。

気がつけば少年の自分の理想をまっすぐ目指す姿に影響されていたのかもしれない。


自分も、せめて最後まで理想に殉じよう。

呻きながらも立ち上がろうとしたその時、足元が大きく揺れた。

頭を強く打ったせい、ではない。霊廟全体が激しく振動していた。兵士たちも立つことさえできないようで叫び声と岩盤が震える音が響き渡る。


「何だ!何が起きている!?」

這いつくばりながら喚くガッドの側で、骨太の男だけはバランスを保ち、先程までとは違いニヤリと口元を歪めながら天井を見つめている。

「これは……災害級……素晴らしい……!」


地下の天井に巨大なヒビ割れが生じた。

大きな揺れと共に裂け目が広がり、外から光が差し込む。


「見つけた!エレナ!」

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