意地と"完遂"
商館まで続く大通りに戦闘の形跡は見当たらない。
そもそも突破されることは考えず、街の入り口にほとんどの兵力を集めていたのだろう。
市民は建物の中だろうか。
さほど大きな街ではないため、騎馬で走り出してすぐに、敵の拠点と目される商館のある広場が見えた。そこでの戦闘はすでに一段落している様子だった。
ロイが手綱を操り速度を落とした騎馬が完全に停止する前に、半ば転がり落ちるようにして飛び降りたアルド。
「バカ!落ち着け!」
ロイの静止も構わず走り、部隊に合流する。
「ウーゴ隊長!」
「なんだ、来たのか。あれだけの創造、消耗も激しいのではないのか?下がっていて構わんぞ。どうやら街の抑制石は破壊されていないようだ。幸いではあるが、キミらにとっては戦いにくいだろう」
やはり敵勢力は入り口の兵たちでほぼ全てだったようだ。
わずかに商館付近にいた兵は早々に降伏したのか、ほぼ無傷で拘束されていた。
「残すは商館の主のみだ。流石に大量の兵がこのなかに籠っているということはないだろう」
―つまり、命を奪わず、奪わせず、完全勝利まで、あと一歩ってことだ……!
「行きましょう!」
「頼もしいが……。……警戒を怠るなよ」
「遮蔽物の多い場所こそ、俺の力が生きる場面ですよっと。……ったく」
騎馬を他の兵士に預け、遅れてやって来たロイがアルドを小突きながら加わる。
「……よし。半数はこのまま周囲の警戒!残りは私に続け!」
年季の入った大きな扉を斧で叩き割り、商館へ突入する。
足を踏み入れると同時に左右から兵士の心臓目掛けて槍が伸びる。
しかしロイの創造によって音を拾われ、すでに待ち伏せは看破されている。
盾を構えながら横並びで突入した2人の兵士は来ると分かっていた切っ先を受け流しかわす。
不意打ちに失敗して驚く商館の護衛兵に、続けて入ってきたノヴァール軍兵が剣を振りかぶる。
だが、その剣が振り下ろされるよりも早く、暴風が2人の護衛兵を天井へ打ちつける。
悶絶する2人はそのまま入り口脇の左右の窓を突き破り、外へ放り出された。
「敵の正体を掴むために、できるだけ情報が必要、だよね!?」
明らかに疲弊しながらも1人で戦おうとするアルドの様子に、ロイ以外は明らかに困惑していた。
「それは、そうだが……」
「来るぞ!」
ロイが叫ぶと同時にロビーの奥から短剣を構えた兵士たちが現れる。
敵を数えるよりも早くアルドが両腕を振るう。
割れた窓から突風が吹き込み、ロビーにある机や椅子、書類に絵画。
あらゆるものが激しく吹き飛ばされて兵士たちを襲う。
―馴染んで、来たぞ……!
幾度かの暴風の創造は繰り返すほどに精度が上がり、架空の世界で風を操る英雄のイメージとアルド自身をさらに近付ける。
しかし反動による消耗はそれ以上だった。
“死なない程度にかつ戦意を失わせるに十分なダメージを与える”というのは、対象がどうなっても構わないと振り切ることと比べて、極めて繊細な調整が必要だ。
消耗し続けているアルドにとって、もはやその手加減は困難だった。
結果、抑制石の影響を振り切ろうと力を込めた想像力はそのままの勢いで放たれることとなる。
机上のジオラマを薙ぎ払ったかのように、滅茶苦茶に叩きつけられた敵兵たちを見て、一瞬血の気が引くような心地がする。
甲冑着てたし……大丈夫だよな……?
一瞬の静寂のあと、受付と思しきカウンターの裏から人影が這い出てきた。
「た、助けて!殺さないで……!」
商館で働く市民だろう。両手を上げて敵対の意思がないことを叫ぶ声は恐怖で震えている。
突入前にロイが商館内の音を聞き分けて、非戦闘員と思われる人がいることは共有していたので、無論そちらに怪我などさせないように気は使っていた。
しかし傍から見れば、剣を交わす間もなく人も物も無差別にかき混ぜて吹き飛ばしたアルドの力は、巻き込まれて殺されると慄くのに十分すぎる迫力があった。
「全治2カ月ってとこだな」
ロイが水筒を手渡しながら声をかける。
「気を失っているのもいるが、生きてるよ。……もしかしてヤル気になったのかと思ったぜ」
受け取った冷たい水が喉を通ると疲労で霞掛かった思考をいくらかクリアにする。
間が空いて冷静になると、自分の力で人を傷つけて殺しかけている事実に強い嫌悪感を覚える。
腹の底から込み上げるものをもう一度水で飲み込む。
「抵抗の意思がないものは今すぐ出てこい!敵対するものには容赦しない!」
ノヴァール軍の兵士が館内に向けて叫ぶ。
アルドの手心とは裏腹に、惨状を容易に想像させた轟音。
その後に迫られた選択に一般市民はもちろん、商館の警備・護衛のためにいる兵士たちまでもがぞろぞろと両手を上げながらロビーに現れる。
しかしその中に指揮官や館の主である商人は見当たらなかった。
ロビーで吹き飛ばされて机の下敷きになっていた兵士が手荒く引きずり出されて尋問を受ける。
「お前らのボスはどこだ?」
どうやら自力で立つこともできないと見える兵士は、頭を打ったのか朦朧と視線を彷徨わさせて、ノヴァール兵の奥にいるアルドを見つけるとビクリと体を震わせた。
「ま、待て……!う、えぇと……」
兵士はさらに周囲を見渡すと自分の同僚が近くに居らず、順番に商館の外へ出るよう誘導されている人々はこちらを注目していないことを確認する。
「……地下に、鉱石庫と金庫が……」
商館の奥、高級感のある調度品で彩られた部屋にある施錠されたドアを蹴り破ると、地下へと続く階段が現れた。
手元のランプでは底まで照らすことはできないが、道幅は広く、かなりしっかりと作られている様子だ。
「どこか別の出口へもつながっているかもしれん。急ぐぞ」
部隊はさらに細分化して、ウーゴ隊長と3人の部下、そしてアルドとロイが暗闇へ向かい階段を駆け下りていった。
ひんやりとした空気の地下通路に足音が響く。
入口からの光が届かなくなってくるのと同じ頃、前方に明るい空間が見えてきた。
石を積んで作られた通路が左右に広がり、脇に積まれた木箱からは時折鉱石が頭を出している。壁面の灯りはぼんやりと周囲を照らす。
通路の先には重厚な扉がいくつかあるのが見える。
どちらに進もうか、一瞬の逡巡のうちに奥の扉が向こうから開き、慌てた様子の人影が姿を現す。
「なっ!もうこんなところまで!?」
両手に大きなカバンを抱えた金髪をぴっちり撫でつけた男。身につけている装飾品は、彼が少なくない富を持つことを誇示している。この商館の主で間違いないだろう。
街の入り口の前線が一瞬で崩壊し、商館を包囲、館内制圧、どのタイミングで倉庫から最低限持ち出したい物を持っての脱出を図ったのかはわからないが、幸い、間に合ったようだ。
商人は同じくカバンを抱えて出てきた男たちに向かい声を荒げる。
入っているのは鉱石か金貨か、いずれにせよ相当な重量のようだ、ドスンと落とされたカバンの代わりに剣を抜く兵士たち。
―ここに暴風を起こすには、無いものを創造する反動がなかなか大きそうだ。
空気の流れを感じない淀んだ地下通路。
壁の灯りを視線の端に捉える。
殺さない程度の炎?いや、先ほど手加減に失敗したばかりだ……。
ここまで来て最後に運よく双方に死者が出ないことを祈り、任せることしかできないのか……?
「諦めな」
どこか淡々としたロイの声。
振り返ると満身創痍の自分とはうってかわって、戦地にいるとは思えないほど落ち着いた、まるでギルドで依頼を完遂したことを報告している時のような余裕たっぷりの表情があった。
「ここの数人を突破して、どうにかなるような状況じゃあないぜ」
先ほど降りてきた階段から無数の足音が聞こえる。
さらに甲冑が揺れてぶつかるようなガチャガチャとした金属音。
はっきりとは聞き取れないが人の話し声もする。
かなりの大人数が階段を降りてこちらに近付いてきている?
階段に向かいロイが左手を上げると、一瞬ぼんやりと見えた人影が階段に続く暗闇に留まり、聞き覚えのない声で待機の号令がかかる。
「―止まれ!」
「俺たちは今、情報がほしい。おとなしく投降すれば、命は助かるかもよ?少なくともこの場では」
大量の援軍の到来を前に、護衛たちは商人の顔をうかがう。
整えられた髪を掻きむしり、爪を噛んで苦悶の表情を浮かべる商人。
―あと一歩…。
アルドがロイやウーゴ隊長と視線を交わしながら睨み合いの先頭に出る。
「でも、急いでもいる。だから、5秒、待つ」
右手を壁の灯りの蝋燭へ向けて、スッと引き寄せるように動かすと、蝋燭の火だけがフワリとアルドの元へやって来た。
左手も同様に動かす、またひとつ飛んできた火が合わさり、少し大きな火となった。
両手を火にかざす。
壁面の蝋燭の火が次々に吸い込まれるようにして集まってくる。
火種は渦を巻きながら膨らんでいく。
みるみるうちに巨大化した火の玉は地下通路の壁や天井まで届き、ジリジリと周囲を焼いた。
「まっ、待て!降参!降参する!」
商人の裏返った叫び声に応じて空気が抜けた風船のようにしぼんでいく火の玉。
護衛たちが投降するのと同時に、ロイの創造した階段に待機した蜃気楼たちもふわりと消えた。




