68.聖域の審議1
王城、謁見の間。深い青の絨毯と天上のステンドグラスから差し込む光が、会議卓に着いた者たちの顔を静かに照らしていた。
席に着いているのは、五大神殿の神官長たち――セリオスのセト、ヴァレアのイリナ、ディアマのオズマ、フリュゲルのベルン、そしてノエリアのルカ。加えて、王宮宰相ザカリア・ノースロウ、近衛騎士団長レオン・ディアス、そして――
「遅れてすまない」
落ち着いた声と共に現れたのは、ラーデンリア王国の王弟、ロイゼル・グランディア。
国王アルヴァンの弟であり、若くして王位継承を辞退し、現在は政務の表舞台からは距離を置いているものの、その聡明さと誠実な人柄から、いざという時に頼られる存在だ。
アルヴァンは目をやり、わずかにうなずく。
ロイゼルもまた、黙って一礼し、席に着く。
「……皆にも事前に報せは届いていると思うが、改めて確認しておこう。大神官カリオンは、聖女選定の儀において重大な不正を犯し、その責任はすべて自分にあると書き置きを残した上で、牢を脱獄した。今も行方は知れぬままだ」
重く落とされたその言葉に、ディアマ神殿の神官長、オズマ・レインハルトが静かに息を吐いた。鋼のようなその瞳がわずかに細められ、低く、噛みしめるような声が続く。
「正道を踏み外した者が、最後まで正面から向き合えぬとは……」
その一言には、裏切りを許さぬ男の厳しい信念がにじんでいた。
アルヴァンが改めて口を開く。今度は、わずかに重みを増した声で。
「私は、聖女選定の儀で行われた不正に――王妃レイナ、そして……娘のリリアナが関与していたものと見ている。……その全容が明らかになる直前に、カリオンは牢獄から姿を消した。それだけでも、レイナやアーヴェルト侯爵が何らかの形でこの件に関わっていたという、強い疑いの根拠となる」
神官たちの視線がざわめく気配を見せるなか、ルカが口を開いた。
「今回の会議に、騒がしい王都の貴族たちがいないのはそういう訳ですか」
揺るぎない声音でアルヴァンは告げた。
「真実が明らかになるまでは、彼らに情報が渡ることを避けねばならん」
謁見の間を包む空気が、氷のように張りつめる。
アルヴァンはその緊張を正面から受け止めるように、頷いた。
「現在、王妃と王女は幽閉を解かれた状態にあるが、王宮の内部にて監視下に置いている。アーヴェルト侯爵に対しても、すでに密偵を忍ばせた。……いずれ、何かしらの情報が上がってくるはずだ」
「王妃と王女が――聖女選定の不正や、罪人の逃亡に関与していたというのが事実であれば……」
オズマがゆっくりと立ち上がり、王を真正面から見据える。
「それは、陛下ご自身の責任も、決して無ではありませんぞ」
鋭く、重い言葉が放たれた。場に再び緊張が走る。
「オズマ神官長――口を慎まれよ」
近衛騎士団長レオン・ディアスがすぐさま制止の声を上げたが、それを制したのは、当のアルヴァンだった。
「いい……よいのだ、レオン」
ゆっくりと視線を宙にさまよわせ、そして言った。
「当然、王として。……そして、夫として、父として──この件に対する責任は、免れぬと思っている」
誰も言葉を返さなかった。王が背負うものの重さが、言葉に宿っていた。
ここでロイゼルが初めて静かに口を開く。
「陛下……この件を、あえてこの場で、明らかにされた決断、王家にとっては重すぎる選択だったと思います。だが、今ここで濁しては、後の時代にもっと深い禍根を残す……私も、今こそすべてを見つめ直すべき時だと考えています」
その言葉には、冷静な判断がにじんでいた。ロイゼルは、もとより王位継承を望まず、若くして一線を退いた男である。しかし、その理知と節度は、アルヴァンがいざという時に頼りたいと願うだけのものがあった。
一同が静まり返る中、アルヴァンもまた、その弟の言葉に深く頷く。
「この件については、今後新たな情報が入り次第、改めて報せを届ける。……それまでは、この場にいる者たちの間だけに、止めておいてほしい」
会議の空気は、沈黙の中で濃く、深く、また新たな重みに包まれていった──。
アルヴァンは一度息を整え、静かに視線を向けた。
「そして、次の議題だが……先ほど各神官長殿からも報告があった通り、各地の結界石は今まさにその力を失いつつある。異世界から召喚された聖女マナ、彼女の聖女としての力は本物だ。だが……結界石は彼女の力に反応を示さなかった」
一同が神妙な面持ちで耳を傾ける中、イリナが静かに言葉を紡ぐ。
「しかし、その母上が手を添えた途端……結界石は再び反応を見せた。その母上こそが、聖女サクラだった……そうですよね?」
「その通りです」
王の代わりに、宰相ザカリアが応じた。
「聖女マナの母上――ユナ・イシガミこそが、かつてラーデンリアを救った聖女サクラ、その人であると確認されております」
「なら、話は早いんじゃないですか?」
と、ベルンが再び口を開いた。
「ユナ様に、もう一度結界石へ力を捧げてもらえばいい。そしたら結界も元通り――ってわけにはいかないですか?」
その問いに、セトがわずかに視線を落としながら答えた。
「……私も、それを望んでいました。しかし、ユナ様とマナ様、お二人が力を注ごうとしても――結界石は、それを受け入れなかったのです」
重い沈黙が一瞬、場に落ちた。
「なんと……」
オズマが眉をひそめ、隣のルカも顔をしかめた。
「その理由について、現在ユナ様ご自身が調査をしてくださっています」
「ユナ様が……調べてくださっている、と」
ザカリアがわずかに驚きの色を浮かべ、問い返す。
「では……何か、もうお分かりに……?」
その問いに、セトはすこし言い淀みながら首を横に振る。
「……分かりません、ここ数日、ユナ様はほとんど外に出られず、部屋に籠って何かを調べておられましたが……、先ほどお会いした時には、何も……」
「そうか……」
アルヴァンが低く呟いた。声の奥には、複雑な思いがにじむ。その表情を見つめながら、ルカはすっと目を細めた。
神殿、王宮、そして結界石。絡み合う過去と現在、そして交錯する二人の聖女の力。
ロイゼルは黙して会議を見守りながら、ふと兄の背を見つめた。 ──あのとき、聖女サクラを喪って以降、兄上はずっと何かを置き去りにしたようにして、生きてきた。
彼女が戻ってきたというのに…… なぜ、また新たな苦しみばかりが押し寄せてくるのか。 その肩に積もるものの重さを思い、ロイゼルはそっと眉をひそめた。




