66.分かたれた光
ユナは、涙のにじむ目で机の上の銀色の珠をじっと見つめていた。
カリオンの隠し部屋で見つけたその銀の珠は、どこかひんやりとした冷たさを宿しながらも、内に激しい魔力の奔流が脈打っているように感じられた。
(この珠に満ちる魔力はおそらく……)
ユナが以前、結界石にささげた魔力は限界に近い。結界が持つのはあと三月程か――
(結界石が反応しないのは……私とマナ、どちらかの力だけでは不完全だから。二人の魂が本来一つの源に繋がっているからこそ、分かたれたままでは“供給”できないのかもしれない)
急がなければならない、だが、このことを――アルヴァンには、話せなかった。魂と結界石の問題を打ち明ければ、マナの存在に触れずにはいられない。
マナがアルヴァンの娘であることを――告げるつもりはなかった。たとえ自分の胸の内にその事実が重く残っていようとも、それを伝えることは、彼が築いた“家族”を壊すことになりかねない。
もう、これ以上、彼に十字架を背負わせたくはなかった。
胸の奥に澱のように積もっていく不安と焦りを、ユナはそっと押し殺すように、静かに深く息を吐いた。
「少し……外の空気を、吸ってこよう」
そう呟きながら、ユナは扉を開けた。ひんやりとした石の回廊を、あてもなく歩く。足取りはゆるやかで、意識はまだ胸の奥のもやに囚われたままだった。考えがまとまらず、ただ静かな空気に触れたくて外に出ただけ――そんな気分だった。
廊下をいくつか曲がり、やがて陽の射す方へと導かれるように進んでいく。気づけば、彼女は神殿奥の練習場の近くまで来ていた。
大理石の床が広がる静かな空間。祈祷や魔力の鍛錬のために用いられるその場所には、澄んだ光が高窓から差し込み、白く反射していた。あまりにも静かで、どこか神聖な空気が漂っている。その中心に、ふたりの姿があった――
その静謐な空間の中央に、セトが立っていた。神官服の裾が微かに揺れるたび、張りつめた空気が僅かに動く。
その前で、マナが慎重に一歩ずつ、足を運んでいた。呼吸を整え、姿勢を正し、意識を集中させるその所作には、未熟ながらも真剣な気配が宿っている。彼女の動きに合わせて、かすかに魔力の気が満ち、場にやわらかな波紋のような緊張が生まれていた。
ユナは少し離れた場所から、その様子を静かに見守っていた。マナの真剣なまなざしに思わず口元がゆるむ。
(そういえばマナは癒しの魔力は使えるけど、断罪の光は使えない。そして今の私は、断罪の光で闇を打つことはできるけれど、癒しの力を使うことはできなかった)
ユナは自分の手をじっとみながら思う。
断罪の光と癒しの光――それは、ひとつの魂を源にしながら、太陽と月のように分かたれ、母と娘のうちに宿されたかのようだった。
静まり返った回廊に、控えめな足音が響く。緊張を緩やかに断ち切るように、副神官長のディセルが歩み寄ってきた。
「セト様。そろそろ、お時間です」
「……ああ、分かった」
ディセルが一礼して去るのを見送り、セトはゆっくりとマナのほうを向いた。
「では、このあたりで切り上げて、続きは明日にしましょう」
マナは軽く息を整えると、小さく頷いた。
「はい。今日も、ありがとうございました」
そのやり取りをそっと見ていたユナが、ふとマナのほうへ歩み寄る。
「お母さん! ずっと部屋に籠ってたから心配したんだよ。体調が悪かったの?」
こちらに気づいたマナが、心配そうな顔で駆け寄ってきた。ユナは穏やかな笑みを浮かべる。
「マナ……お疲れ様。体調が悪かったわけじゃないの、少し集中して調べたいことがあって。心配かけてごめんね」
そう言って笑ったその表情に、マナは少し安心したように頷いた。
「今日の練習は、これでおしまいなの?」
ユナの問いかけに、セトは静かに頷いた。
「午後から王城で、“大神官不在”に関する対応と、結界石の異変についての調査報告があります。各神官長もそろそろ集まり始めるころでして……私も、その前に事前の打ち合わせに向かわなければなりません」
その言葉に、ユナはふと息を呑み、目を見開いた。神官長が集まる――それはつまり、ルカもそこにいるということ。
「五大神殿の神官長達が集まるということは、ルカ様も……?」
思わず漏れた言葉に、セトが頷く。
「ええ。今朝、王都に到着して、すでに神殿中央の応接室に通されています」
ユナは静かに目を伏せた。ほんの短い間、胸の奥に渦巻く迷いと焦りを静めるように、深く息を吸う。
(……ルカ様ならきっと話を聞いてくれる。的確な助言もくれるかもしれない。自分が手にした情報をアルヴァンに話す前に……まず、ルカ様に聞いてもらいたい)
「……私、ルカ様に相談したいことがあるの。今から、そちらに伺うわ」
ユナの言葉に、セトは小さく頷いた。
ユナは一度だけ深く息を吸い、視線をまっすぐ前に向けると、静かに身を翻し、応接室へと向かって歩み出す。




