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62.弾む心

 「……やっぱり、このままじゃ目立ちすぎますよね」

 マナは自室の窓から外を見下ろしながら、そっと肩をすくめた。 後ろで控えていたセトが、苦笑交じりに頷く。

 

 「ええ。聖女と神官長が正装のまま街に出れば、目を引くでしょうね」

 

 すると、傍らに控えていたリリーが、ぱっと顔を明るくした。


 「それでしたら……どうか私にお任せください。実は、こっそり準備していたものがありまして」


 そう言って、彼女は奥の衣装棚から布包みを取り出した。


 「マナ様が神殿の外にお出かけされる時のために、こっそり準備していたのです。……きっと、マナ様にお似合いになると思って」


 「リリーさん……そんなことまで、考えてくださっていたんですね」

 

驚きと照れくささが入り混じって、マナの頬がふわりとほころんだ。


 「ときには、そういう時間も大切だと思うのです。いつも頑張っておられるマナ様だからこそ……そんなひとときが、日々の疲れをやわらげてくれることもありますから」

 

 セトは、二人のやりとりをどこか微笑ましげに見つめながら、扉に手をかけた。

 

 「では、私は自室に戻って、ディセルに相談してきます」

 

 そう言い残し、静かに部屋を後にする。


 ディセルは神殿の衣装管理も担っており、礼装から旅装、平服に至るまであらゆる装いに通じている。

 なにかと堅い自分より、場に応じた装いを心得ている彼に任せれば、目立たず、かといって不自然にもならない

 ――セトはそう確信していた。


 そして十数分後――

 マナの部屋の前で、セトはそっと扉をノックした。

 

 「……マナ、着替えは終わりましたか?」

 

 控えめな声に応えるように、ゆっくりと扉が開く。

 生成りの生地に、短めのパフスリーブのワンピースを着て、淡いピンクのショールをふわりと羽織ったマナが、ほんのりと頬を染めて現れた。

 

 「……どうでしょう。似合っていますか?」

 

 セトは一瞬だけ目を見開いたあと、やわらかく目を細めて微笑んだ。

 

 「とても似合っています。まるであなたの周りだけ花が咲いたようで……今日、一緒に歩けるのが、誇らしいくらいです」

 

 「……そ、そんな……ありがとうございます。でも……その、なんだか恥ずかしいです……」

 

 マナは頬を少し染めて、うつむき気味に言った。

 そのとき、カグヤが「キー」と小さく鳴いて、マナのワンピースの裾をガブリと咥えて引っ張った。

 

 「カグヤったら……一緒に行きたいの?」

 

 首をかしげて見上げるその仕草は、まるで「当然でしょ?」と言いたげだ。

 

 けれどマナは、苦笑しながらしゃがみこみ、小さな頭を優しく撫でた。


 「今日はお留守番よ。街で迷子になったら大変だもの。帰ってきたら一緒にアップルパイを食べよう?……ね?」


 その言葉にカグヤは「ふきゅっ」と不満げな声を上げ、耳をぺたりと寝かせる。


 ――けれどその姿もまた、どこか愛らしくて、思わずマナは笑みをこぼした。

 ふと顔を上げたマナの瞳が、目の前のセトの姿をとらえた瞬間――

 

 「……っ」

 

 思わず、息を呑んだ。

 藍色のシャツに、深いグレーのベスト。袖口は控えめに折られ、手首に白金色をした神官長の証、聖紋の腕環がちらりと覗く。下はすっきりとした黒のズボンに革靴。すらりとした長身にぴたりと馴染み、いつもの神官服とはまるで印象が違う、凛とした青年貴族のような装いだった。

 

 (……今日のセト様は、まるで別の人みたい……)

 

 その姿を見るだけで、胸の奥がきゅっと音を立てたような気がする。

 ちゃんと顔を見て話したいのに、目が合ったらきっと、うまく声が出せなくなってしまいそうで、視線を逸らすことしかできない。


 セトはその反応に気づいた様子も見せず、軽く襟元を整えながら、いつもの静かな声で言った。

 

 「ディセルが用意してくれた服です。……少し、着慣れないですが、どうでしょう?」

 

 「その……とってもセト様に似合っています。……すごく素敵です。」

 

 その声には戸惑いと、ほんの少しのときめきが滲んでいた。

 セトは表情を和らげ、小さく笑みを浮かべると、少しだけ冗談めかして手を差し出した。

 

 「それでは――アップルパイ探しの旅へ、出発しましょうか」

 

 マナはふっと笑い、その隣にそっと並ぶ。 触れそうで触れない距離に、また頬が熱くなった。

 歩き出した二人の背中には、神殿の空気とは違う、やさしい街の風がそっと吹いていた。

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