49.沈黙の食卓
その頃、王宮では晩餐の鐘が鳴り、重厚な扉の向こうに静かな足音が響いていた。
王の私室に隣接する小さな食堂――そこは、格式ばらずに王族の家族が食事を共にするための空間だった。今夜はそこにも香ばしい肉の香りが漂っていた。
ディランとユナが手をかけて仕上げたハンバーグは、見事な皿に盛りつけられ、彩り鮮やかなソースが丁寧にかけられていた。サイドには野菜のスープ、フルーツサラダ、焼き立てのパンも添えられ、どこか温もりを感じさせる食卓となっていた。
「今日の料理は……なんだか、初めて見るものですわね」
レイナがワイングラスを傾けながら目を細める。皿の上の料理をひと目見て、眉をわずかに寄せた。
「まあ、変わった料理ですけれど……食べられなくもなさそうですわね。少なくとも、見た目には気を遣っているようですし」
その言葉に、リリアナがフォークを持つ手を止める。
「なんだか庶民的な香りですのね。まるで下町の酒場で出されるような料理じゃありませんこと?」
軽く鼻を鳴らすようにして言うその口調には、あからさまな軽蔑がにじんでいた。
対照的に、アルヴァンは黙々と食べていた。ナイフで丁寧に肉を切り、ひと口、ふた口。咀嚼するたび、言葉少なに目を伏せた。
その静けさを破ったのは、厨房から足早に現れたディランだった。
「ご満足いただけておりましたら幸いです……。こちらのお料理は、もともと聖女マナ様の母上が、聖女様のために王宮でお作りになったものでして、そのあまりの美味しさに感銘を受け、ぜひ陛下にも召し上がっていただきたく、お願いしてご一緒に作らせていただいた品でございます。」
誇らしげに告げるディランの言葉に、レイナの手が止まった。
「……何とおっしゃいましたの?」
ゆっくりとフォークを置き、次の瞬間、レイナの瞳に怒気が走る。
「異世界から来た、素性もわからない女が作った料理を……この私に?」
言葉の終わりはほとんど叫び声だった。続けざまにリリアナも声を上げる。
「偽りの聖女の母親が作った料理を、王族の食卓に並べるなんて……屈辱ですわ!」
そのまま、レイナは手元の皿をつかみ、容赦なくディランの足元へと投げつけた。
「こんな不快な料理、誰が食べるものですか! あなた、料理長を名乗る資格などありませんわ! すぐにでも辞めさせて差し上げます!」
「……っ、申し訳ありません……!」
ディランは真っ青な顔をして慌てて頭を下げる。床の砕けた皿の破片が、緊張の空気に追い打ちをかけていた。
「やめろ、レイナ」
重く、低く響いたアルヴァンの声に、その場が静まり返る。
「そのシェフを罷免する権限は、お前にはない。王宮の厨房は、感情で動く場ではない」
その一言に、レイナの顔色がさっと変わった。
「……まあ、なんて冷たい言いよう。久しぶりに“あなたが食事を共に”などと仰るから、わざわざ着飾ってこの席に着いたというのに……!」
怒りと屈辱に満ちた声で吐き捨てると、レイナは椅子を乱暴に引いた。
「まさかとは思いますけれど……これ、わざとではないでしょうね?」
アルヴァンの表情は動かない。ただ、沈黙のまま彼女を見ていた。
「行くわよ、リリアナ」
レイナはドレスの裾を翻し、部屋を出ていく。リリアナも唇をかみながらその後に続いた。
残された食卓には、ただ静かに、温かいスープの湯気だけが漂っていた。
アルヴァンはふたたびナイフとフォークを取り、黙ってハンバーグをひと口、口に運んだ。
(――これを、ユナが……)
目を閉じた彼の脳裏に、あの日ベッドの上で見た涙と、触れたぬくもりが蘇る。
そしてふと、苦笑が漏れた。
(あちらはあちらで、平穏な食卓を囲んでいるのだろうな……)
(……こちらもそろそろ、どうにかしなければならないな)
独り言のように、小さく、深くつぶやいた。




