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16.静かなる観測者、アルヴァン・グランディア

 積み上がった書簡の束に、ペンを置いた指先が一瞬止まる。

 燃え残る陽の色が、執務室の窓硝子に影を落としていた。

 アルヴァン・グランディアは、目の前の文書に目を通しながら、ふと何気ない口調で呟いた。

 

 「……異世界から召喚された“聖女”の様子は、どうだ?」


 その場に控えていた宰相・ザカリアは、珍しく小さく眉を動かした。

 いつもなら王自ら、この手の話題には一切触れない。すべてを神殿に一任してきたというのに。


 「……は。少々驚きました。陛下が“聖女”についてお言葉をくださるとは……」


 皮肉でも非難でもない、純粋な戸惑いがそこにはあった。

 アルヴァンは表情を崩さないまま、手元の文書を閉じ、次の束に手をかける。


 「聞いただけだ。何か問題があるのなら、早めに知っておいた方がいいだろう」


 「……異世界より召喚された少女は、最初の数日は心身ともに不安定で……神殿内でも危ぶむ声があったと聞いております。

 ですが今は、神官長セト・ロセッティの導きのもと、日々鍛錬に励んでおられるとか。

 聖女の力も、少しずつではありますが兆しを見せ始めているようです」


 「そうか……」


 短く呟き、アルヴァンは手を止めた。

 執務机から身体を離し、ゆっくりと窓辺へ向かう。

 カーテンを揺らす風が、春を告げる花の香を運んでいた。

 視線の先には、遠く王都の屋根が連なり、その中心に白く輝くセリオス神殿の尖塔がそびえていた。


 ――異世界から来た聖女。


 遠い世界から、祈りに応えるように呼び寄せられた存在。

 彼はまだ、その姿も知らない。

 だが心のどこかが、小さく軋んだ。


 「……レイナは、まだ“リリアナこそが真の聖女”だと言っているのか」


 ふと漏れたその言葉に、ザカリアが静かに頷いた。


 「ええ。陛下がご存じの通り、王妃殿下は今なおリリアナ様こそが真の聖女だと確信しておられるご様子です。

 今回の召喚も、一時の錯誤に過ぎぬ、と」


 答えのようでいて、虚ろな響きを持ったその報告を聞きながら、アルヴァンは応えなかった。

 ただ、視線の先――王都の遠景にそびえる尖塔を、静かに見つめていた。

 雲の合間から差し込む陽が、石の塔を鈍く照らしていた。


 「……そうか」


 低く、吐き出すように告げたその言葉は、単なる返答には聞こえなかった。

 わずかに目を細めるその瞳の奥に揺れていたのは、誰にも見せぬ葛藤――

 それが“王”としての義務感からなのか、

 それとも、かつて愛した誰かの面影が、今も胸に残っているからなのか。

 答えは、彼自身にもわからなかった。

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