夢の中で
「どう言う事?」
エレノアがまず問いただしたのは、言葉を発した夢の精霊ではなくテオだった。必死に言葉を遮っていたのを見れば何を言われるのか予想していた、つまり知っていたのだとわかる。
けれどテオは何も言わない。一点を見つめてエレノアと目を合わせようとしない。
そこで不思議な事に気付いた。なぜかアレンも黙っているからだ。最初はエレノアと一緒で驚いて言葉を発せないのかと思っていたが、ちらりと表情を見るとそれは違うと感じた。
「アレンも、知ってたの?」
二人とも答えない。
彼らはとても上手に真実を隠すけれど、エレノアを欺くつもりはないのだ。だから答えない、答えられないのだと思った。それは肯定とも言える。
「二人とも、知ってたんだ。それで私だけが知らなかったのはおかしいでしょ…」
何かしら理由があったのは理解できる。テオはどうでもいい嘘はつかない。
けれど自分自身の事を知らないのは、自身の生死を他人に委ねるという事は、結局自身の生死を選ぶ事が出来ないという事だ。
私、死んでるの?
意思を持って動いていると確信してるのに、それを否定できる根拠が思いつかない。自分がエレノアだと思い込んでいると言われてもわからないのだと同じだ。
意味を読み取れない第一王子と書記官のミハエルは少し困ったような顔をしている。けれど、この場の雰囲気からか誰も口出ししようとはしない。
その沈黙を破ったのはやはり夢の精霊だった。
「あなた、全くおかしいと思わなかった?何か違和感を感じる事はなかった?」
「え?」
「人形は人間らしいものと切り離されるわ。食欲、睡眠、性欲……まあ、自分が精霊の加護者だと信じていたのだから疑わなかったのでしょうね。けれど、何もかもなくなるわけじゃないのよ。身体を切られれば血は出るし…」
そして夢の精霊は自分の身体の腕を切り捨てた。正確にはエレノアの身体だったものだが。
「!?なっ…」
けれどそのエレノアの姿をした身体からは血は出なかった。ごとりと落ちた腕は作り物のように生気はない。信じられないものを見た気がして、エレノアは思わず自分の口を手で覆った。
「加護者は不死身ではないでしょう?」
そう言えば、私は加護者になって怪我をしたことがあったかしら?
必要以上に過保護のテオがいたからほとんど怪我をする事はなかった。けれど、切り傷程度なら血も出ずにすぐに治ったので精霊の加護者はそういうものだと思っていた。
「涙を流したことは?あった?」
精霊の加護者になって以前のような生活も出来ずに辛かったこともあった。けれど、涙を流した記憶はない。とても悲しかったはずなのに…
「泣く事は精霊にも出来ないの。人間にとって嬉しい事や悲しい事を本当の意味で理解出来ないからでしょうね。だから精霊が作った物も同様なの」
エレノアは眩暈を覚えた。
「それで?まさか、先ほどの説明が全てじゃないだろう?行動の意味は理解したが、私達をここに呼んだ本当の理由は別にあるのでは?」
黙って聞いていた第一王子が口を挟んできた。茫然自失の三人を庇うように前に出る。
「ああ、水の加護者の器を変えて次の王女を待とうとも思ったんだけど時間がないのよね。ほら」
そして自分の崩れていくように見える身体を指さした。
「だからここまで来る事のできる者を厳選したかったの。少なからず精霊の影響を受けた者達だから…でも…」
ひと通りここにいる者達を見て、夢の精霊は少しがっかりしたようだった。
そして何故か、エレノアに焦点を定めて話し出した。
「私は男性の身体には憑依できないのよ」
そう言うと、テオがエレノアを庇うように自身の背中に隠す。動けないアレンも精霊を睨むように威嚇する。
同時に鎧を着ている兵士のような者たちがいきなり後ろから第一王子を羽交い絞めにした。動けないアレンも同様に押されられる。ミハエルに至っては剣を突き付けられている。
え?私達の他にも起きてる人たちがいたの!?
そう思ってみると、兵士たちの目は虚ろだった。見るからに正気でないのがわかる。
「私は直接王族に手を出せないけど、何も出来ないわけじゃないのよ」
そして夢の精霊は今度こそエレノアの方に近づいてくる。テオは全く微動だにしないまま前を見据える。精霊はテオと目を合わせて薄っすらと笑った。
「テオ」
名前を呼ばれたテオはエレノアだけわかるくらい微かに反応した。中身が違うのだとしても身体は長く共にいたエレノアのままだからだろうか。
「あなたが私に何も出来ないのはわかっているわ。ねえ、テオ」
私の顔で、声で、テオの名前を呼ばないで
先ほどのテオに対するものとは別に、目の前の自分に怒りが沸く。
ゆっくりとエレノアの手がテオの頬を撫でようと近づくのにどうしても我慢がならなかった。
「テオに触らないで!」
そう言って飛び出そうとしたが何故か身体に力が入らない。
「え…?」
前にいるテオもどこか苦しそうに頭を伏せている。そして第一王子が倒れたのと同時にこの部屋に充満する匂いに気付いた。
すごく薄いけど…この匂い、どこかで嗅いだことある…?
「やっと効いてきた?ここに来る者には魔力が通用しない可能性も含めて物理的に眠ってもらおうと思って用意してたの。私は夢を渡る精霊だから、私の領域に入ってもらえば話は早いからね」
どこでだったかしら
ぼんやりする頭で思い出そうと必死で考えていると、目の前に夢の精霊が笑っていた。
「おやすみなさい、良い夢を。きっと寝ている間に全て終わるでしょう」
目を閉じる寸前に思い出した。これは第一王子の宮で嗅いだ、怪しい香炉の匂いだと。
エレノアが目を開けると周りは真っ暗だった。一筋の光すらない漆黒の暗闇の中で、ああこれは夢なんだなと思った。
闇はそこまで怖くない。火は怖いけど…
方向感覚ですら定かではなく、とりあえず足を踏み出すと違うと声がした気がした。
「え?」
不思議に思ってしばらく耳を傾けてもやはり声は聞こえない。また前に進むと、今度はあっちだよバカと聞こえた気がした。気がしたというのは、ちゃんと声として聞こえないからだ。ものすごく遠くから歌のように聞こえる程度で、本当に自分に話しかけているのかも謎だ。
途中、何故か悪口を挟まれたような気がしながらよくわからずに声の方向に進んでいくと、今度は辺り一面真っ白な場所に出た。
ええ…?
まさかずっと歩かせられるのだろうか?寝てる時くらい休みたいのだけれど
しかし、もう声はどこからも聞こえなかった。結局なんだったんだろうと首を傾げていると、今度はぽっかりと一部分にだけ泉のような水たまりがあった。おそるおそる覗くとエレノアは驚いた。
え?
自分の姿がエレノアだったからだ。獣人の姿ではなく、人間の姿のエレノアだった。驚きと同時に少しの喜びを感じていると、泉に写った自分の表情が動いたと思ったら水の中から手が出てきて引きずり込まれた。
「わっ!?」
冷たくもなく何故か息も出来る水の中で、もうひとりのエレノアがいた。手を引かれるまま、泉の奥深くに沈んで行った。




