テオの事・中編
エレノアと顔を合わせるのが気まずくて、村祭りは別行動をとった。どうせ帰ったら一緒にいるのだから、それまでにお互い心を落ち着けようとしたのかもしれない。
「毎年ノアと周るのが当たり前だったから不思議な気分だ」
この後は何事もなかったように振舞わなければいけない。そうでなければ家族が壊れてしまうかもしれないのだから。そんな思いで篝火を見ていると、唐突に遠くに大きな炎があがった。
「なんだ!?」
逃げ惑う人々と耳を劈くような悲鳴が村中に木霊する。どうやら風で煽られた火が燃え移り、収集がつかなくなってしまったようだ。一番に思ったのはエレノアの事だった。
元来た道を戻りエレノアを探すがどこにもいない。
まさか家に戻って…?
自宅の方面はまだ無事にみえるが、すぐそこまで火の手が迫っている。嫌な予感がしてそのまま逃げ惑う人たちと反対方向に走っていく。
煙が酷い。下手に吸うとそのまま動けなくなってしまうので、気休め程度だが服を脱いで口元を塞いだ。そして視界が悪いまま進んでいくとぎぎっとした不気味な音と共に身体に衝撃が走った。
「ぐっ…」
倒れた木の下敷きになり、テオは一瞬痛みで気を失いかけた。頭を潰されなかったのは良かったが、腹を折れた木が貫通していた。枝を折ろうにも流石に後ろ手で出来るはずもなく、自らを引き抜く形でその場から離れた。
「くそっ…」
止血をしたが傷は深く、すぐに服は真っ赤に染まった。息も絶え絶えに何とか自宅に戻ってくると、煙の中にエレノアがいた。けれど目があったと思った瞬間に、目の前でエレノアが倒れた。
「ノア!?」
身体を引きずって駆け寄るとそのままエレノアを担いで何とか外に出た。きっと煙を吸い過ぎたのだろう。出来るだけ安全に呼吸が出来る場所まで行かなければいけない。けれど重傷のテオの歩みはとても鈍くて、かなり時間がかかって皆が非難している村近くの湖にやってきた。
「ノア、もう大丈夫だよ…ノア?」
けれど彼女は目を覚まさない。集まっている人たちの中に医師もいたので、エレノアを連れて行った。
「君も重傷じゃないか。けが人はあちらに並びなさい」
「俺はいい!ノアを…彼女を見てくれ」
そしてエレノアを見た医師はすぐに診察を終えて首を振った。
「気の毒だが、彼女はもう亡くなってるよ」
無言で眠るように目を閉じているエレノアを見た。それは信じられない物を見るように。テオにとって初めての感情だった。
どのくらい経っただろうか、少しずつ火が弱まっていくと湖から人が少なくなっていく。けれどテオは動かない。ただ、目の前に横たわるエレノアを見ていた。
この目は二度と開かないし、自分の名前を呼んでくれることもない。
人が死ぬと言う事はこれからの未来に、その存在が一切消え去るという事。死者は過去にしか存在できないから。今まで当たり前に側にいた人間がいなくなるのは、自分の半身を失うような気さえした。
「嘘だろ…?」
こんな別れになるなら、あんな事言うんじゃなかった。
もっとエレノアの喜ぶ事をしてあげればよかった。これから、なんてそんな保証はどこにもないのだと誰よりも一番知っていたのに。
「ノア、ごめん。嘘だよ、俺は気が狂うくらいノアが大事なんだ。ずっと一緒に生きていきたいんだ。何度だってノアが望むことを言うから。側にいてくれるだけでいいから」
起きて、という言葉は泣き声でかき消された。
周りには家族を失った人たちも多く、同情を向けられたがテオには何も聞こえない。そのままエレノアを抱きあげてさらに深い森の中に進んだ。
「ノアは寂しがりやだから…ノアが来てくれないなら俺が行くから心配しないで」
けれどしばらく歩いてから、木の側にそっとエレノアを下ろした。失血の量が多くて意識が朦朧としてきたのだ。立っていられなくなり、その場で膝をつくと崩れ落ちるように上半身が倒れた。
やばい…
このまま暗闇に支配されるともう目覚めない気がする。
抗えない眠気に目を閉じ次に目を開けると、横たわっているエレノアはそのままだが先ほどまでの景色とは違った。春のような日が差し込む木々と大量の花に囲まれている。しかも自分も重傷のはずだが痛みを感じない。
夢か?いや、もしかして死んだか?
「いや、死んでないよ?」
どこからか声がしてその主を探したが周りには誰も居ない。不思議に思って地面を見ると花が一輪ゆらゆらと揺れながら声を発している。非常に気味が悪い。
問答無用で花を摘んでみるが、どこからみても普通の花にしか見えなかった。
「躊躇がないね!普通いきなりもぎ取る?」
今度は別の花が話しだした。繰り返すが非常に気味が悪い。
「とても悲痛な叫びを聞いたから招待してあげたのに」
「え?どういう…」
「現実世界じゃ見れないだろ?」
はっと振り返るとエレノアの胸のあたりから白く輝く光の塊みたいなものが出てくる。
「これは…」
「綺麗だよね。人間は死ぬと無垢な魂となって輪廻に帰るんだ、君があまりにも可哀想だったからちゃんとお別れさせてあげようと思ってさ」
「あ…」
無垢で真っ新なエレノアの魂。それは彼女の生き様を表したような白い輝きを放っていた。
「あああ…」
再び彼女の死を突きつけられたテオは、崩れ落ちるように頭を抱える。そして十分な時間が経ってから無言で立ち上がった。
「……おい、俺をさっさと現実に戻せ。ここは夢か何かなんだろ」
「え?もう彼女との別れはいいのかい?」
「必要ない。どうせすぐに会うんだから」
そう言うと、花はゆらゆらと動いてはあーとかうーとか何か独り言のような事を呟き出した。もはや何を考えているかわからない。
「おい、早くしろよ」
テオが苛々しながら二本目の花をもぎとろうとした時、花がうねうねしながら話し出した。
「ちょっと待ってくれ。彼女が生き永らえる方法があると言っても?」
ぴたりと止まったテオは胡散臭そうに花を見つめる。
「……どう言う事だ?」
「言葉の通りだよ。けれど君は確実に不幸になるだろう」
エレノアと再び会えるなら今後一生幸せを感じなかろうがどうでもいい。今以上の絶望何てないだろうから。そして相手の提案を考えたのは、この花が人間ではないと言う事が何となくわかるからだ。
夢か現実かも曖昧なものだが、可能性がある事全てに縋りたい。今ここで諦めたら何もかも失う事になる。
「お前は何だ?」
「当てられるかい?」
花をぐっと握りしめると苦しむような動作をしたが、きっと何も感じてはいないだろう。揶揄っているのがわかって今度こそ花を引きちぎった。そして静寂の中で一人で呟く。
人間でないのなら
「…精霊だろう」
正解というように声の主は今度は人の姿で現れた。男とも女とも言い難い中性的な姿で不敵に笑う。
「私は土の精霊。君と契約してあげよう」




