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テオの事・前編

時は遡って精霊祭の夜の事――――――


テオドアはどこにいる?


その一言で俺はアレンに呼び出された。ノアも時もそうだったが、一人ずつ呼び出すと言う事に悪い予感しかしない。


「ノアに何を聞いたんだか」


もしかして感づかれたか?


そう思いながらも一国の王子の命令には逆らえない。重い溜息を吐きながらアレンの自室の扉をあける。アレンはいつもと変わらず寝台に背中を預けてこちらを迎え入れた。


「遅い時間に悪いね」

「そう思うなら呼び出さないでくれると有難いんだが」


こちらの悪態を気にした様子もなく、アレンはふふっと笑った。


「昼間は二人きりで話すのは難しいだろうからね?」


その言葉に嫌な予感が濃くなっていく。けれど不満そうな顔をしつつも聞かなければいけない。


「単刀直入に聞く。エレノアは本当に精霊の加護者なのか?」


ああ、だからアレンとはあまり話したくないんだ


勘の鋭い所もあって、エレノアほど騙されてくれない。嘘は上手い方だと思うが、きっとアレンには通用しないだろう。


「……なぜ?」

「最初の違和感は、エレノアが侍女になって話す時間が増えてから昔話をしたんだ。思った以上に覚えててくれていて嬉しかったんだが、なぜか中途半端に忘れているんだ。二人で一緒に湖に行った天気や朝食で話した内容まで覚えているのに、肝心の湖で話した会話や景色を忘れている。ちょっと変だと思わないか?」

「さあ?昔の記憶なんだからそういう事もあるんじゃないか?」


人間の記憶ほど曖昧な物はない。部分的に改変したり自分にとって印象的な事しか覚えてないのはいくらでもあるだろう。


「まあね。そのくらいなら納得も出来たけど、一番は精霊の記憶に関しても忘れている事だ。エレノアは精霊との契約の記憶はないと言っていた。どんな精霊と契約したのかすら知らないんじゃないか?」


ああ、くそったれ


言わんとしてることが想像できてテオは苦々しく表情を歪めた。


「けれど精霊の契約は人間の頭で記憶するものじゃない。あれは魂に刻むものだから。忘れるという事はありえない」

「それを何故俺に言う?」

「エレノアが契約者ではないとしても精霊の気配は確かなんだ。それこそリハルが認めてたからね。契約をしたであろう時と目覚めた時に共にいた人物、そして精霊の事実を知る者。契約者はテオじゃないのか?」


しばらく無言の間が続いて後に、大きなため息を吐いた。もう誤魔化しは効かないだろう。けれどこちらも簡単に認めるのも癪だ。


「俺じゃないかもしれないだろう」

「けれどエレノアの事でテオが知らないはずがない、だろ?精霊の契約者が別だとしてもそれはきっとエレノアに関係のある人物だ。エレノアは精霊の何かしらの影響を受けているのだから」


目の前には責めるでもない、いつも通りの表情をした弟のような存在がいた。


「……ああ、そうだよ」





俺は生まれて間もなく人買いに売られ、親の顔も知らない。

そこである程度の教育を受けた。学がある子供は高く売れるからだ。


最初は少年趣味の金持ちの未亡人だった。沢山の同じくらいの年齢の子供を買って鑑賞する変態だったがある程度愛でるとすぐに捨てられ、元の場所に戻った。

二番目はどこかの金持ちの女児に気に入られ執事見習いとなった。お気に入りの玩具のようだったが幼い恋人のような態度で合わせていたが、結局別の執事に目移りして終わった。

三番目は跡取りに恵まれない裕福な家だった。ここでは比較的人間らしい生活ができた。長く大事にされたが後妻が子供を産み用無しになった。


これまで学んだのは家族として望まれるのが一番待遇がいいと言う事だった。本当の家族のような情は持てなかったがそんな事は重要じゃない。出来るだけ長く、安全に、生きる事が最優先なのだ。


そして四番目に出会ったのがエレノアのいる商家の家。お人よしの女性ばかりで最初の印象はとても溶け込みやすそうだった。けれどそんな生活も束の間、母親が蒸発した。


依頼人がいなければどうしようもない。ここもそろそろ終わりか


「テオ、大丈夫よ。お姉ちゃんがいるんだから母がいなくても何とかなるわ」


何とかなるわけないだろう


ここに来た時、俺の方が生まれ月は早いのになぜか弟が欲しかったのと言って、無理やり姉になった商家の娘、エレノアだ。よくよく考えれば、この娘も捨てられた気の毒な身の上だと言える。

精一杯虚勢を張っているのがわかるので、あえて否定的な言葉は言わない。


「……うん」


俺は何故この時出て行かなかったんだろう。

案の定、生活は困窮し商売は下落を極めた。自分が求めた安定した生活でも穏やかな日常でもなかったけれど何故か安心できた。エレノアに必要とされる度に自分の居場所がここだと思うようになった。


ただ二人だけのモラトリアムに閉じ込められてたのだとしても。


しばらくしてエレノアが一人の少年を拾ってきた。

二人だけの世界に誰かが混じると言うのは思いのほか不快に感じたが、幼い子供を邪険に扱う程人でなしでもない。さっさと出て行ってくれればいいと思うくらいだ。


「テオはノアに好きって言わないの?」


はあ?


その時はアホな事を言うガキだなと思った。俺がそういう風に見えるように振舞っているのは自分の生活の為だ。わざわざ共同生活相手との仲を険悪にする必要はないだろう?


けれど、年端も行かない子供の方が自分の気持ちを見透かしていたと気付いたのはずっと後の事だ。


ある村祭りの日、エレノアに告白された。

家族ではなく、男性として好きなのだと。


正直に言えば嬉しい気持ちの方が大きかった。俺もエレノアの事は嫌いじゃないし、好かれていると知れて素直に気持ちが暖かくなる。


けれど…


今までの人生で愛と言うのは独善的で執着の塊だ。それでいてすぐに捨ててしまえるほど儚いもの。そんなものでエレノアとの関係を括りたくなかった。家族の方がずっと強く長く続くものじゃないか?形が違っても切れない縁というものをそれ以外知らなかったから。


だから、俺はその気持ちに答えてあげる事はできなかった。


エレノアは俺の答えを聞いて少し落ち込んでいたが、いつも通り笑顔で接してくれた。だからこれで良かったのだと思った。


けれどこれは大きな間違いだったと後悔する事になる。


そして苦しみと同じくらい愛は人の人生を支配するという事を知る。

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