エレノアの選択
「も…問題って…?」
エレノアは問われた言葉の意味を本当はぼんやりと理解しているが、あえてわからないように答えた。それに対して目の前の王子は片眉をあげて口を開く。
「それはもちろん、城にいる悠久の時を超えた精霊について」
「夢の精霊の事でしょうか?」
「いや、もしかしたら水の精霊も全て終わらせられるかもしれない。あれが尊いものだとは思えないだろ?」
代償の事を言ってるのよね
水の精霊は国に益をもたらしてくれるけれど、加護者にとっては決して良いものではない。それはアレンを見ても自分の人生を振り返ってもよくわかる。
「水害や干ばつなどの自然災害はどこの国も同じように受けてる。けれど対処して乗り越えていける問題なんだよ、精霊の力なんてなくても。自然の恩恵を受ける時もあれば被害を受ける事もあるのは当たり前だ。それなのに恩恵だけを受け続ければ歪みが出るのは当然だろう」
この人は…
「精霊に否定的なのですね」
「誰かを犠牲にしてまで得るものではないと思っている。まあ、自然の恩恵以上に精霊の国としての象徴がなくなる方が面倒かもな。神殿なんかはその誇りに人生をかけてるのばかりだから」
平民たちは王族の水の加護者がどういうものが知らずに恩恵を受けているが、もし真実を知れば王子と同じ事を思う人もいるかもしれないなと思う。
けど、個人の意見だけじゃ国を変えられないしね
「そこで最初の質問に戻るんだが、精霊の契約を終わらせる為に犠牲になれるか?」
「私が、ですか?」
何故自分の事に繋がるのかわからず、エレノアは首を傾げる。
「正確にいえば、犠牲になるのはアンタの元の身体の事だ。精霊は概念みたいなものだと認識していたが、憑依し続けるって事は条件にあった身体がないと生き続けられない事だろ?それを壊せば死ぬんじゃないと思う」
「え?じゃあ…」
「けれどそれをしないのはきっと身体を壊したくないんだろうな。アレン達が回りくどい方法であれこれ調べてるのはアンタの為だろ?例えば、強盗なんかも撃ち殺せばすぐ終わるが人質を取られたら何倍も難易度が変わる。救出させないといけないのが前提になるから」
私の為?
確かに最初から自分の身体に戻りたいと思っていた。相手の正体が不透明だったからどうにかなると思っていたが、今はそう簡単に解決するものとは思えなかった。
「アンタが身体を諦めれば、どうにかなるんじゃないかと思ってな。横にいた番犬もアンタを大事に思ってるようだからきっと止めるだろうし、二人きりで意見を聞きたかったんだ」
エレノアはすぐには答えられなかった。
何十年も生きてきた自分の姿を捨てるのは、今までの人生を捨てるのに等しい。
それに身体を失った時、自分はどうなるのだろうか?
もしかしたら死ぬ可能性だってあるかもしれない。
エレノアとエレノアを大事に思ってくれている人たち以外は彼の意見が真っ当だと言うかもしれない。
それに第二王子は犠牲に成れと強制できる立場であるのに、エレノアに選択肢をくれている。
優しい方だよね
自身の身体を取り戻す事が最優先で、その後の事はあまり具体的に考えてなかった。けれど第二王子は精霊と王族の連鎖を終わらせたいと思っているのだろう。
そんな事が本当に出来るの…?
エレノアが少し考える素振りに入ると、王子は笑って付け加えた。
「先に謝っておくが別に親切で提案してるわけじゃない。これでもし失敗したとしても、アレンや他の王族には被害がないと仮定しているからだ。精霊は王族には手出しは出来ないのだろうから。何かしら被害を被るのはいつもその他の人間だ。俺の母親のようにな」
なるほど。失敗しても被害がない人間達は何も変わらない、成功すれば幸運くらいの感覚なのね
ふとエレノアはくすりと笑った。
それを見て王子が不審そうに様子を伺う。
「ああ、ごめんなさい。何でもないです」
言わなくてもいいのに、良心の呵責に耐えられなかったのだろう。こういう人はきっと悪役には染まり切れない人だ。
「一度持ち帰ってもいいですか?少なくてもアレンやテオも今まで私以上に関わってきた関係者だから、二人の意見を無視して決められないんです」
「いいよ。そう言うって事はアンタの意見は決まってるんだな?」
「私は———」
二人きりの話し合いが終わり、外に出るとテオが横の壁に持たれかかっていた。
「終わったよ、テオ。帰ろう?」
「…何かあった?」
エレノアの変化に誰よりも聡いテオは瞬時に見抜いた。どこか落ち込んでいたのかもしれない。
王子に別れを告げて帰る途中、エレノアは別の話題を振った。
「第二王子、良い人だったわね。ちょっと変わってたけど」
「ちょっとじゃないように見えたけどね。それで?何を話したの?」
「そんな大した事じゃなかったわよ?そういえばアレンにお土産買っていく?」
「その大した事じゃない事が知りたいんだけど?後で話してくれるって言ったよね?」
どうしよう、テオが折れてくれない
エレノアはため息を吐いてテオを見た。
「……私の身体を取り戻そうとするからこんな周りくどい方法をとってるんだって。もし身体ごと壊せるならもっと簡単な手段はいくらでもあるだろうって」
「ああ、精霊の事?まあ…そうだね。ノアの身体を人質にとられているような状態なのは確かだから」
やっぱりそうなんだなと思った。アレンもテオも決してエレノアの意に反した行動はとらないだろう。
ならば、これは自分が言わなくてはいけないと思った。
「なら、私の身体はもういいわ。それで二人が危険な目にあう方が嫌だもの」
本音は戻りたい気持ちはある。アレンともテオとも出会った時は別の姿だったのだから、好きになったのも好きになってくれたのも今の姿ではないのが無性に悲しく感じる。
自分が反対の立場でテオが別の姿になっても離れたりしないが、やはり昔から親しんだ姿を忘れられないだろうと思うから。
「へえ、ならもうここにいる必要はないよね。二人でどこかに行こうか」
「え?」
予想に反した言葉にエレノアは驚いた。そういえば、この姿で最初にテオに正体がバレた時に似たような事を言われなかっただろうか?
「待って?私が元の身体に戻るのを諦めれば、精霊との決着もつく可能性があるって…」
「それは王家の人間達の問題であって、俺達には関係ないよね?」
「アレンは私達にとって関係ない人じゃないでしょ?私の事だってずっと協力してくれてたじゃない?」
もしかすると水の精霊の契約にも変化があるかもしれないと言っていた。ひいてはアレンを助ける事にも繋がるのではないだろうか?
「ノアは本当に他人の事には無駄に首を突っ込むよね。けれど自分の事になるとやっぱり諦めるんだよね」
それ以降、テオは何も言わずに夜道を歩き、エレノアも気まずくて声をかけられなかった。
そういえばエレノアが身体を捨てる事に対しては何も言わなかったなと思った。テオならそれでいいの?なんて聞いてくると思ってたけど。
以前、私の姿が虫でもいいとかなんとか言ってた気がするけど…
それでも長く一緒に過ごした姿の事に何の言及もなかったことが、少し寂しかった。




