暗闇の逢瀬
エレノアはまず現在位置を確認する。
城の中央部分に位置する場所だが、宮は東、西、南とそれぞれ分かれている。当然道中に見回り兵もいて遭遇してしまったら終わりだ。
遠回りになるけど裏手の森から行った方が安全かも
流石に敷地外の森にまで兵は配置されていない。頭を低くして進むと来た時に通った庭園に見えた。そこで見えた光景にぎょっとして二度見した。
え?
仄かに照らされた庭園では微かに人の姿が見える。そこには礼服を着ている男性がいた、あの時見たままの態勢で長椅子に座っている。
まさかあの時間からずっとそこにいるわけじゃないよね?
そして同じく目があった時エレノアは気付いた。朝方と夜中じゃ不審度が全然違うと言う事に。朝は試験に向かう途中でだったが、今はどう見ても怪しい。やばい。
ここで騒がれたらどこに逃げよう
しかし男性はじっとこちらを見て、あの時と同じように笑いかけてきた。唯一違うのは、指で何かジェスチャーしている。そして指示した方から衛兵が歩いてくる音がした。その姿を見る前に急いで暗い森の方に走っていく。
もしかして見逃してくれた…?
後ろを振り向く暇はなかったが、騒ぎ立てるような声はしなかった。そしてあの人が誰かに似ていると感じたのを思い出す。
そうだ、なんとなくアレンに似てるんだわ
髪の色は違うが、同じ金色の瞳に全体的に雰囲気が似ている。王族の血縁者だろうか?けれどエレノアが王宮に住んでいた間に会った事はないのは確かだった。誰かはわからないけれど、見逃してくれた事には感謝した。
暗闇に身を隠すと、王宮がとても眩しく見える。王子たちの宮でも一番警備が厳重なのは第一王子の宮で、留守がちな第二王子や一か所を集中的に警護している第三王子の宮は衛兵の数が少ない。
そしてエレノアの部屋にもあまり兵がいないのはいつもの事だった。
まあ、王子たちを護る兵であって私が狙われる事はないしね
それに自分の側にはいつもテオがいたから。そんな事を思いながら自分の部屋を見ると灯りがついている。ゆっくり慎重に近づくと、窓際からエレノアを名乗る自分の身体が見えた。何故か召使たちと歓談している。
ええ…?
あんな自分の姿を見るのは奇妙なのと同時に、代償を受けている様子がないのが不思議だった。どう言う事?
「あら?」
突然彼女が窓際を見て近づいてくるので、驚いて近くの段差に潜り込む。
「どうかしましたか?エレノア様」
「いいえ、気のせいだったみたい。動物の耳らしきものを見た気がしたんだけど…」
ばっと驚いて自分の耳を隠すように覆った。
「まあ、この間も猫が紛れ込んでいて…気を付けますね」
「ええ、お願いね。私は動物が大嫌いなの」
え?
この前会った時、そんな雰囲気だっただろうか。優雅に挨拶されたような覚えがあるけど…?
「誰か来たみたい、貴方達は下がって」
今ノックの音した?
そう言って彼女は召使を下がらせた。そして時間差で誰かが入ってくる。
そしてエレノアははっとした。
あの人、さっきの人じゃない
礼服を着た男性だ、あの短時間でいつの間にというのは置いといてこの二人は知り合いなのだろうか?
「いらっしゃい」
「久しぶり、いや、初めましてかな」
あの男性をエレノアは知らない。と言う事はエレノアの中に入っている人物の知り合いだろうか?いや、身体が入れ替わってから知り合った間柄かもしれない。けれど、どういう関係性なのだろう?
もう少し聞き耳をしたくて身を乗り出すと、今度は後ろに引っ張られる。
「うわっ」
そして羽交い絞めにされたと思ったら、首元に何か鋭利な物が当てられる。流石に緊張が走って冷や汗が噴出した。こんなのぞき見のような場面を見られたら、言い訳もできない。
「動くな、どこの間者だ?」
あれ?この声…
聞き間違えるはずない、きっとこの世界で一番彼の名を呼んだのは自分だ。それは同時に答えてくれた声も様子も自分が一番よく知っているという事。
「テオ…?」
名前を呼ばれた人物が驚いて距離をとった。薄明りの中で必死に相手の姿を見極めようとする。
「なぜ俺の名前を知っている?何だその耳、獣…人…?」
彼はわからないだろう、こんな姿では。それがどうしようもなく悲しかった。他人のような目で見られたのはそれこそ随分幼い頃だったと思う。けれど目を逸らさずにテオを見つめる。自分はテオに顔向けできないことはしていないから。
“ノアは後ろめたいことがあると目を逸らすからすぐわかる”
笑いながらそう言った彼の笑顔が思い浮かぶ。
ノアは自分の愛称だ。自分がテオドアをテオと呼ぶように。
しばらく互いを見つめていると、言葉は発さずにテオが近づいてくる。それはもう会話する距離じゃないだろうというくらい顔を近づけてくる。
えっ近っ
そして顔を両手で挟まれて揉まれる。
「ちょっなにゅやっ」
「ノア?」
「え?」
時が静止したかのように二人の動きが止まる。今何て言った?
「ノアでしょ?」
「………どうして?」
ふり絞った言葉はあまりに簡素だったが、言いたいことは全て伝わったかのようにテオは笑った。
「俺がノアをわからないはずないでしょ」
それを聞いてぶわっと涙があふれた。
誰にも見つけてもらえない灰色の世界で、たった一人は自分を探し出してくれる。自分が泣いているのがわかった時、本当はずっと心細かったのだと気付く。
「そう格好よく言えればいいんだけど、半分は精霊の加護のせいかな。ほら、俺らは精霊の繋がりがあるから」
はっとしてエレノアはテオの頭からつま先まで見た。
「私、こんなんなっちゃったけど、テオは大丈夫なの?」
「うん、俺は…何ともない」
「良かった、ずっと心配だったの」
色々聞きたいことも沢山あるが、ひとまず大切な家族を抱きしめる。
「ノア、小さくなったね」
「うっ」
今やすっぽり収まる身体をじたばたさせながら、身を話してテオと向かい合う。何があったのか、お互いが知っている事を共有したい。
「あの日、何があったのかテオはどこまで知ってる?」
「王族のお茶会は侍従は入れない。だから詳しくはアイツしか知らない、薬を盛られたとしか」
アイツというのはアレンの事だ。私達は幼い頃に出会い幼馴染のような関係性も持っている為、テオは見えない所ではアレンに気安く接している。
「ノアがノアじゃなくなったのはすぐわかったよ、アイツはどうか知らないけど…。だから俺は自分で探す事にしたんだ。あんな偽物の側にいる必要はないだろ?俺が生きている限り、ノアもどこかにいるのは信じていたから」
「そう、そうだよね…」
その言葉にほんの少しだけ胸が締め付けられる。
「アイツにこの事を伝えに行くの?」
「え?ううん、私は自分の身体が気になって戻って来たの。アレンに信じてもらえるかわからないし、まず会えるかもわからないじゃない?」
テオは怪訝そうな顔しながらため息をついた。
「ノアの悪い癖だよね。何でも自分でやろうとしちゃうんだから。利用できるものは、元い頼れる部分は出来る奴に任せた方が合理的だよ?」
確かにテオを間に介せばまた違った受け取り方をしてくれるかもしれない。
「そうなのかな。本当はもう私はアレンには言わない方がいいかなって思ってたの。ほら、私達は望んでここへ来たわけじゃなかったじゃない?アレンもそうだろうし…」
「ああ…」
珍しくテオが考えるように沈黙し、少し笑った。
「じゃあ、言うのはやめよう。そしてもうこのまま王宮を離れようか。ノアと一緒なら俺は構わないよ」
「は?」
先ほどと言ってることが違うのに、どこかご機嫌のテオを茫然と見返した。




