【 下 】
【朝食記録】
4月2日。クローン鶏を追い出し鶏小屋の掃除をした。品種改良を重ねたおかげで一度に多くの卵を産んでくれるが、不衛生な環境だと病気になりやすいのが難点だ。一通り掃除を終え、卵を取ろうと籠を手にしていると、なつみがやってくるのが見えた。
「おはよー……」
「まだ寝てて良かったべ」
「んー……なんか、起きちゃったから」
目を擦りながらふらふらしているなつみの上半身は、寝る時と同じく袖無しの薄布一枚だ。私の服は彼女に入らないため、腹部でカットしたシーツを巻いて結んでいる。
「それ、何してるの?」
「鶏の卵を取るとろこだ」
「あ、あれ鶏なんだあ」
毛のないクローン鶏は出荷後手間がかからないよう羽根が生えていない。こ、ここ、と鳴きながらぶつぶつ肌の肉塊が元気に草を食んでいる。
「卵、わたしが取ろうかな」
「そうか? なら、お願いするべ。取ったら家に運んでけろ」
「はーい」
仕事はいくらでもあるため、手伝いの申し出は非常に助かる。
ひとしきり畑の作業を終えて跨座式の浮力トロッコに収穫物を載せる。スイッチを押して移動開始したのを見届けてから、自宅に戻った。
プシュウ、とドアがスライドすると、途端にふわりと良い香りが鼻に届く。
「あ。おかえりなさーい」
台所に立っていたなつみが振り返る。
「お台所借りたよー」
電気コンロの一つには鍋がかかり、ほかほかと湯気が立っている。もう一つにはフライパンが乗せられ、じゅうじゅうと音を立てている。
「それ、本当に使えたんか…」
以前、ニポン・インテリアの一つとして通販購入したものだ。電力補充をして使用できるよう設定したものの、いまいち使い方に自信がなかったため、母星の調理マシンばかりを使用していた。
「勝手が分かんないから、いまいちかもだけど…」
ごとん、とテーブルに置かれた鍋には炊き立てのご飯がつやつやと輝いていた。
「!? 米なんてどうやって炊いただ?」
「簡単だよー、適当にお水入れてコンロに置くだけ」
並べられていくニポン人によるニポン風の朝食をぼーっと眺める。
「さ、食べよ食べよ」
テーブルに向かい合って座り、「いただきまーす」となつみが合掌した。
つやつやご飯にホレン草とトウフの味噌汁、ネギ玉入りのオムレツ、大根と油揚げの出汁煮。ウメボウシ。
「大さんち凄いねー、日本食の材料がいろいろあるんだもん。お味噌と白だしまで見付けてびっくりしちゃ……大さん?」
滲む涙を悟られないよう、私は茶碗で顔を隠して白米をかき込んだ。
――夢だったのだ。ニポン人が作ってくれたニポン食を食べる事が。
私がニポンを好きになったのは、『異星文化フェア』で買ったニポンのマンガがきっかけだ。翻訳機を使い読んだそれは、腹を空かせた家族の為に顎が丈夫そうな父親がせっせと美味しいニポン食を作る物語だった。
笑顔の絶えない主人公とその家族の話は、独り身の私の憧れそのものだった。そうして幾度も読み返しているうちに、気付けばニポン食の通販カタログを発注していたのが始まりだ。
【別離記録】
「こんなにいっぱいもらっちゃっていいの?」
駐船場までの道を並んで歩きながら、なつみが申し訳なさそうな顔で私を見下ろした。
「いいだよ。規格外の作物は加工して出荷するから、その分を回しただ」
「ありがとう」
彼女と私の両手には、土産として持たせた宇宙大根やコスモ椎茸、衛生グミにサイバー苺といった旬の野菜や果物を入れて真空パック加工したものがどっさり入っている。
「パックの封を開けなきゃ一年はもつだ。ニポンに着いたらまずは宇宙船酔いを治すため、必ず衛生グミを食べるだよ」
「うん、分かった」
自宅から駐船場までは少し距離がある。なつみに私の靴を貸し俊足機能を使えばすぐなのだが、なんとなく言いそびれた。
「この星、好き」
ふいに、なつみが言った。
「空気が澄んでて、野菜や果物がいっぱいで、陽だまりの中の鳥の鳴き声が気持ち良くて、夜は怖いくらいに星空が綺麗で。ずっと、ここにいられたらいいのに」
「娯楽がなあんもねえし、誰もいねえべ」
「大さんがいるよ。味ごはんちゃんも」
わんわん!
隣をストトト、と小走りしていた味ごはんが返事をする。
「……こんな辺境の小さな星、おら以外に住むやつなんていねえよ。
あんたみたいに若い娘さんなら繁栄している星の方が似合うべ」
それからは、黙って二人でてくてくと歩いた。
「――それじゃあ、お世話になりました」
わん!
なつみが味ごはんと共に宇宙船へと乗り込んでいく。
「味ごはん、なつみをお願いするだよ!」
わん!
本当は私が彼女をチ・キュウまで送り届けるべきなのだが、一日母星を開けてしまったせいで成長促進野菜達が窮屈そうに並んでいる。
そのため、安全フィルターを最大レベルにした自動運転モードでニポンに戻すことにした。何か起こった時のために、味ごはんにも同行してもらい定期的に軌道チェックをしてもらう。こういう時、宇宙犬は役に立つ。
船が浮き上がり、ライトが点滅信号を送る。こちらから中の様子は伺えなかったが、私は大きく腕を振り、別れの挨拶をした。
「達者でなあ!」
シュゥン! ワープモードへの移行点滅の後、宇宙船はあっという間に目の前から消えてしまった。
「――さあって、ピッカリえのきを収穫してパック詰めしねえとな」
威勢良く手を叩いてみたものの、ぽへりと間抜けな音が出た。
【孤独記録】
夜になっても、味ごはんは帰ってこなかった。宇宙犬であれば一日でこの星とチ・キュウを往復できる筈なのだが。
――もしかして、何かあったのだろうか。
多少不安だったものの、明日まで待ってみようと決めて夕食を摂る。
今夜はなつみが作ってくれたニポン食の残りだ。今朝の朝食を半分残していた。『大さんって少食なんだね』と言われたが、もったいなくてとっていた。
瞬間冷凍していたそれらを温め直してゆっくりと食べる。
あんなにも感動したニポン食だったのに、温め方を失敗したのだろうか、いつも私が作る料理とさほど変わらぬ気がした。味噌汁を煮詰めてしまったせいかもしれない。
そういえば初めて一人で眠るのか、と風呂を済ませベッドに横になりながら気付いた。今までは毎日味ごはんと一緒だった。枕元で丸くなって眠る頭を撫でてやりながら、平凡で穏やかな一日を振り返り、明日やるべきことを胸に眠りについていたものだ。
明日もやっぱり忙しい。やるべきことはたくさんある。
そう分かっているというのに、私が思い返すのはなつみの姿ばかりだった。
『寂しい?』
「――さびしい」
口にして認めてしまうと、今まで知らなかった感情がぽたりと落ちて広がった。
いや。
これは、無事に着いたのかが心配なだけで。
味ごはんに感じるのと似た気持ちで。
そもそも、私と彼女とでは姿形からして違っていて。
そうやって自身を誤魔化そうするほどに、別の自分が知りたくなかった答えを教えてやると囁きかける。
『ずっとここにいれたらいいのに』
彼女の台詞が雨だれのようにとめどなく落ち、心に波紋を広げていく。
私は両手で耳を塞ぎ、震える息を吐いた。
「いたらいい」
あの時、そう喉元まで出かかっていた。
認めない。
認めたところで、もう二度と会えはしないではないか。
ハーブ茶ではなく睡眠薬を飲むと、私はシーツを被った。
【はじまり記録】
4月3日。久方ぶりの薬はよく効いた。夢も見なかった。
とんとん、と控えめに頬をつつかれて、重い瞼を無理矢理こじ開ける。いつもなら目覚ましが無くとも起きれるというのに。
「……あじご、は」
――私を覗き込んでいたのは、なつみの顔だった。
がばあっ! と身体を起こそうとして頬同士が擦れ合う。
「す、すまねえっ」
わたわたとシーツを引っ張り下がりつつ、そういえば彼女はチ・キュウに帰った筈だと思い出す。
「な、なななしておめえ戻ってきてるんだァ!?」
にこにこしているなつみの横には、大きなトランクケースが置いてあった。
「えっとねえ、味ごはんちゃんにお土産にワン・プチあげるからおいでー、って両親の元に連れて行ったらね。びっくりはしていたんだけど、ほら、園芸好きだから。すっかりお土産の野菜に夢中になっちゃって。
で、『せっかくだからもっといろいろ教わってきなさい』って短期留学させてもらうことになったの」
「……へ?」
「あとはねえ、わたしが大さんの星にまた行きたいって言っているのを見た味ごはんちゃんが、タブレット端末を使って詳しくこの星の環境解説と留学によるメリットを説明してくれたおかげかな?」
わんわん!
見えない場所から味ごはんが応える声がした。
「……娘さんが好きそうな娯楽なんてねえだよ」
「土いじりと読書と音楽鑑賞が趣味だから、この星で全部できる」
「おら達以外誰もいねえし」
「人混みって苦手なの」
「チ・キュウと同じ飯食えねえし」
「あら、味ごはんちゃんに、通販が充実してるって教えてもらったけど」
「……だ、だいたいなんてわざわざへんぴなこの星に」
「大さん……迷惑だった?」
なつみが寂しそうな声で言った。
「め、めめめめめ迷惑だなんて、あるわけねえべっ! いやほら、こんな星おら以外で住もうとするやつがいるなんて思ってなかったし、しかもチ・キュウ人だべ!? おったまげちまってどうしていいんだか分かんねえだけでよう、その、なつみが来てくれるぶんには、構わねえっつうか……むしろ……嬉、しい……っつうか……」
「良かったあああ」
むにゅう、と顔に柔らかなものが押し当てられる。
「網戸も持ってきたから、これでいつでも家から星が見られるよ。
大さん、味ごはんちゃん、これからよろしくね!」
わんわん!
チ・キュウ人(雌)の胸部は風船みたいな見た目である。
だがその感触は驚くほど心地良く癒されるものなのだなと、私はなつみに抱きしめられながらそう考えていた。
<辺境惑星開墾記録(及びニポン人遭遇記録):了>




