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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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192/193

15-5

 8月18日、火曜日、午前9時。


 入院してから6日が過ぎた。私は退院の日を迎えていた。入院した時は荷物が少なかったのに、この6日間でずいぶん増えた。ほとんどは兄たちが先に家へ運んでくれている。だから私は、身軽なバッグ一つだけを持って病院を後にできた。退院手続きを終え、看護師さんやお世話になったスタッフの方々へお礼を伝えた。自動ドアが開くと、眩しい夏の日差しが降り注いできた。


「ルーク。暑いわね」

「うん。家に帰ったら、たぶん涼しいよ」

「エアコンの『入』のタイマーは、ちゃんとセットしてくれたの?」

「もちろん。僕たちが着く頃には、部屋は涼しくなってるはずだよ」

「もう。今の言い方だと、忘れたのかと思ったじゃない」


 私が頬を膨らませると、ルークは楽しそうに笑った。私は電話を終えた兄の方を振り返る。秘書の山本君と連絡を取っていたらしい。今日は午後から会社へ出社し、会議にも出席する予定だという。それでも午前中は退院に付き添ってくれた。仕事を早めに切り上げ、夕方には私のアパートへ様子を見に来てくれることになっている。


「紫乙。本当に僕の家へ来なくていいのか?」


 兄は少し心配そうな表情を浮かべた。


「いいのよ。すぐ近所なんだから」

「ユリウス君も、しばらくは僕の家で暮らした方がいいって言っていた。ルークも同じ考えだ」

「だめよ。そうしたらユリウスさんが泊まりに来づらくなるじゃない。それに、私はハトホルに迎えられたでしょう?」


 私は兄を安心させるように微笑んだ。


「危険が近づいた時は、自分の身体の異変を予感できるようになったの。だから無理はしないし、危ない時はすぐ分かるわ」

「……まあ、その力があるなら、少しは安心できるんだが」


 ハトホルに迎えられたことで、私は新しい力を授かった。ただし、それは自分自身に関する危険だけだ。体調の急変や命に関わる異変が近づけば、事前に察知できる。もし再び隕石のような出来事が起きても、兄が未来を読むように、私は自分の身を守るための準備ができるのだという。


 あの夜以来、ルークは私に対して丁寧な口調で話すようになった。ハトホルへの敬意を表しているらしい。でも、それはルークらしくなくて、私は少し落ち着かなかった。今も一歩前を歩き、まるで私を案内する従者のように振る舞っている。冗談は言うものの、以前のように私を困らせるほどではない。


「ルーク」

「はい?」

「元の話し方に戻してちょうだい」

「ラファエル先生が好きなんだろう?彼はこういう話し方なんだよ」

「それはミケーネに対してでしょう?私は、いつものあなたがいいの」

「だめだよ。君は今、僕より位が高いんだから」

「もう!」


 私はルークの手をつかみ、ぐいっと引っ張った。ルークは振り返り、少しだけ口元を緩める。


「あら。その顔、いいわね」

「ん?」

「少し意地悪そうで、あなたらしいもの」

「ハトホル殿にそう言われたんだから、そうしようかな?」

「そういうことじゃないの」

「じゃあ、これは?」


 次の瞬間。


「レロレロ」


 ルークが舌を左右に動かして、いつものように私をからかった。思わず笑みがこぼれる。ああ、このルークだ。安心した。すると、ルークは私の表情を見て満足そうに笑い、ぷいっと横を向いたかと思うと、私の手をぐっと握り返した。


「ばーか」

「え?」

「ラファエル天使の方が位は上なんだよ。君は何もかも忘れてる」

「な、なによ!」


 初めて「ばか」と言われて、思わず声が裏返る。さらにルークは、私の手を自分の額へ持っていき、汗を拭き始めた。


「ちょっと!やめてよ!」

「『まったく、もうーーー』」

「え?」

「『この宇宙人はだめね』」

「げえええっ!」


 声まで私そっくりだった。まさか物まねまでできるなんて。


「凰李に電話した時も、君のふりができるな」

「悪用しないで!」

「『こんにちは。オツです』って、ラジオ配信しようかな。姿は映さないで、声だけ僕が担当するんだ」

「だめ!」

「君には眠りの魔法をかけておけばいいし」

「もっとだめ!」

「『お兄ちゃん。私は一生ルークの言うことを聞きます』」

「そんなこと言わないわよ!」

「『もうーーーー!』」

「もう!」


 私はルークの背中を軽く叩いた。ルークは笑うばかりで少しも堪えていない。私は怒りすぎないように気を付ける。退院したばかりなのだから、心臓に負担はかけたくなかった。すると、ルークは私の手を離し、兄の車へ向かって歩き出した。


「待ちなさい!」


 私が歩幅を広げると、ルークはさらに少しだけ足を速めた。追いかける私の様子を見て、兄が苦笑する。


「おい。あまり動き回るな」


 その声に、私は我に返った。すると、ルークも足を止め、すぐに戻ってきた。そして、何事もなかったように私の手を握った。


「そうだった。君は病人だった。忘れていたよ」

「もう!分かっているじゃない」

「もちろん」


 ルークは少し照れたように笑う。


「君を置いていくわけないだろう。まったく、もう」


 その笑顔は、どこかラファエル先生を思わせながらも、やっぱり私が知っているルークそのものだった。私は思わず吹き出した。


「やっと戻ってきたわね」

「何が?」

「私の知っているあなたによ」


 そう言うと、ルークは照れ隠しのように笑った。


「仕方ないだろう。敬意は払いたかったんだ」

「敬意なんていらないわ」


 私は首を横に振る。


「私が好きなのは、私を笑わせて、困らせて、最後にはちゃんと助けてくれるあなたなの」


 その言葉に、ルークは少しだけ目を丸くした。それから、いつものように笑う。


「……分かったよ」


 その返事だけで十分だった。兄が車のドアを開ける。


「二人とも、そろそろ行くぞ」

「はーい」


 私たちは顔を見合わせ、並んで車へ向かった。ルークがそっと私の手を握った。私は握り返す。その温もりは、地球で生きている証だった。


 空を見上げると、真夏の青空がどこまでも広がっている。あの日見上げた宇宙も、この空の向こうにつながっている。私は地球で生きることを選び、そして、この星で愛する人たちとの未来を選んだ。その先には今日のような笑顔が待っている。そう信じられる。


 私はルークと並んで一歩を踏み出した。新しい毎日へ。私たちの物語は、ここで終わる。そして、それは同時に、新しい人生の始まりでもあった。すると、ルークが私に向かって言った。


「ルーク・ランズクリイム・ヴェイルより、永山紫乙に通達する。さあ、コンビニ寄ってもらおう。君に買ってもらいたいスイーツがあるんだ。新商品で、気になっていてね。もちろん、君の財布からだ」


 ルークの声が風に乗って、遠くへ飛んでいった。私はいつもの彼の言い方に笑ってしまった。私も言いたい。最後の一秒まで、私もあなたのそばにいると。


 ――天にあるように地にも。あなたは次はどこで生まれますか。Now and Forever Amen.


<END>

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