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小杉祐輔の呟き 11

Web拍手のお礼SSだったものです。

 月曜日。

 世間にはブルーマンデーという言葉があるらしいが、オレにはまるで無縁の言葉だ。

 楽しい週末が終わり、せわしない日常が始まる?

 ふん、馬鹿馬鹿しい。

 真実デキる男とは、遊びも仕事も楽しめるものなのだ。

 そして、モテる上にデキる男であるオレは、当然遊びも学業も楽しむことができる。

 土曜日は澄香とのデートを首尾良く終え、日曜日は友人達と楽しく飲み、そして晴れ渡る夏空の様に爽やかな気持ちでオレは月曜日を迎えた。

 そう。

 この週末もオレは完璧だった。

 いや、そうじゃない。

 認めよう。

 一つだけ失態があった。

 本当にデキる男は、自らの失態をも正面から見据える事ができなければいけない。

 そして真にデキる男たるオレは、それができる男なのだ。

 その失態とは、自分でも不可解なことだが、澄香に放ったあの言葉の事だ。

 ――あの男は誰だ!? 親しいのか!? 元彼なのか!? 何故あんなに親しげに笑っていたんだ?

 まるで嫉妬にトチ狂った男の様な台詞だが、アレは決して嫉妬しての事じゃない。

 何故そう断言できるのか?

 簡単な話だ。

 オレは澄香の事が、嫉妬するほど好きというワケではないからだ。

 それは確かに、恋人となったからには大切にしようとは思う。

 だが澄香だけが特別というワケじゃない。

 今までの恋人達だって、確かに大切にしようとしていたのだ。

 あの鬱陶しいほどの独占欲がなければ。

 モテる男を恋人に持ったのだから、それなりの覚悟をすればいいのに、何故女達はオレの全てを独占したがるのか?

 今のところ澄香にはその手の兆候は微塵も見られないのが幸いして、オレは確実に澄香への愛着を深めていっているのだろう。

 だが冷静な目で判断すれば、それは多分、恋情というよりは、余りにも世間知らずで初心な澄香への保護欲と言った方が近い。

 あの男。

 如何にも胡散臭げで、軽そうで、本来なら澄香の様な女が近づいてはいけない類の人間だ。

 きっと澄香の様な初心な女を、散々食い物にしてきたに違いない。

 オレくらい遊び慣れていればそんな事は一目瞭然だが、澄香はそうじゃない。

 そして困ったことに、あの手のヤカラは口が上手い。

 あの男に親しげな笑顔を見せている澄香を目にした瞬間。

 そうだ。

 オレは。

 自分でもちょっとどうかと思うほどの保護欲を感じたのだろう。

 なるほど。

 振り返って見れば、簡単なことだ。

 未だかつて他人に感じたことのない感情に、オレは些か冷静さを失っていた、という事なのだろう。

 前の晩寝不足だったことも、不潔な映画館のせいで急性アレルギー性鼻炎になってしまった事も、冷静さを失う原因だったに違いない。

 その証拠に、オレはあの後、急病に見舞われ車で帰宅せざるを得なかったからだ。

 他の誰よりも、オレ自身よりも早くオレの急変を察知した澄香の心配っぷりといったら。

 あの時、オレは澄香の気持ちを確信した。

 そうだ。

 一瞬でも疑った己を、恥じるほどに。

 確かに一つ失態はあったが、そのお陰でオレは澄香への気持ちを分析する機会を得たし、同時に澄香の気持ちを知ることも出来た。

 ふっ。

 真にデキる男とは、逆境をチャンスに変える事のできる男でもあるのだ。

 惜しむらくは、男の素性が知れなかった事だろう。

 だが、次は必ず澄香から聞き出してみせる。

「小杉祐輔」

 不意に背後から名前を呼ばれて、ピキリと背中が強ばった。

 断っておくが、普段のオレならそんな事にはならない。それは相手が尋常な人間ではないからだ。

「キサマ、文学部の前で何してやがんだ?」

 黙っていれば、いや、無表情かつ無言でありさえすれば、文句の付けようのない美人である桧山恵美子が相手では、流石のオレも分が悪い。

 何せ桧山恵美子には、常識も良識も通用しないのだから。

 桧山恵美子は、今日も頭のてっぺんからつま先まで文句の付けようのない美人だったが、その表情からオレに対して路傍の小石ほどにも関心がないことは明らかだった。

 そんな桧山が何故声を掛けてきたのか?

 何か嫌な予感に顔を引きつらせながら、それでもオレは平静さを保って受け答えした。

「桧山こそ、法学部だろう? 何故文学部にいるんだ?」

「けっ。テメエには関係ないだろうが」

 だったらオレのこともお前には関係ないだろう。

 と言えればいいのだが、言えばお終いだと言うことは、直接被害を受けたことがなくとも火を見るよりも明らかだった。

 桧山恵美子という女は、どれほど理不尽かつ不可解な言動をしようとも、被る被害が甚大であることだけはハッキリしている女なのだ。

「………オレは、澄香の今日のスケジュールをチェックしてるだけだ。オレから動かなければ、澄香はいつまで経ってもオレに会えないだろう?」

「なんじゃそりゃ。ストーカーかよ」

「違うっ」

 オレは決して澄香のストーカーなどではなく、澄香の恋人なのだっ。

 澄香の方から交際を申し込んできたのだから、間違いない!

「ま、オマエの事なんかどうでもいいからどうでもいいんだけどさ」

 だったら聞くな。

 という台詞が喉から出かかったが、辛うじて押しとどめる事に成功した。

 冷静さを失えば、相手の思うつぼだからだ。

「そういやあさ、小杉祐輔」

 不意に桧山がニヤリと何とも悪辣な笑みを浮かべて言う。

「アンタ、土曜日、往来で鼻血吹いたんだって」

 桧山の言葉に、オレの頭は一瞬真っ白になる。

「なっ、何でっ」

「何で知ってるかって? あの場にさ、たまたま兄ちゃんが居合わせてさ。アンタが鼻血吹いてる間、スミに頼まれてタクシー呼んでやったって言ってたよ」

「桧山の、兄ちゃん…?」

「何でもさ、テメエ、澄香に詰め寄ったんだって。葉兄のこと、何処の誰だとか、元彼なのかとか、ぎゃははははははははっ!! 葉兄がバカ受けしてたぜっ!」

「一体、何のことを…」

「そんで頭に血が上りすぎて鼻血って!! ひゃははははははははっ!」

 そう言い放って、桧山恵美子は豪快に笑いを振りまきながら去っていった。

 独り取り残されたオレは、残念な事に一人ではなかった。

 ――え~、小杉君が鼻血?

 ――何ソレ、マ~ジ~??

 ――人前で鼻血ぃ? この年でそれはマジ勘弁っ。

 ――いきなり鼻血って、一体何想像してたんだろうね。

 ――やだっ! 変態!

「…………………………」

 そうか、あの男は、桧山の兄だったのか。

 一つ重要な情報を得ることが出来た。

 そう。

 オレは逆境もチャンスに変えられる男なのだっ。

 ――あ! 泣いた!

 ――うわっ。号泣だよっ、号泣っ!

 ――ちょっと、誰か宮本さん、呼んできてあげなよ。

 ――宮本さん? え~、大丈夫かな。ウザッの一言で終わんないかな?

 ――あ~、それはあり得るね~。

 ――え~。それって、付き合ってるって言えんの??

 ――さ~。でも宮本さんだからね~。

 ――あ~、宮本さんだもんね~。

 くっそっ。外野共がっ。無責任な事ばっかり言いやがって!

 澄香は来てくれるさ!

 澄香はあの時だって、ティッシュ丸めて鼻に詰めてくれたんだからな!!

 外野が何と言おうとも、オレの気分はこの夏空の様に晴れやかだ。

 このオレに、ブルーマンデーなどと言う事態は、あり得るはずがないのだ!

 

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