第37話
5月17日、日曜日。
世界崩壊から、十六日が経った。
「旗を作りたい」
前の晩、私がそう言うと、シノが「どんな旗?」と即座に聞いた。
「星。この場所の名前に合わせて。白地に、青い星一つ」
「デザインは私が引き受けるわ」とシノが言った。「明日の朝までに仕上げる」
「寝なくていいの?」
「好きな仕事をしてる時は眠くならないのよ」
シノがそう言ってスケッチブックを手に取ったのを見て、私は止めなかった。
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翌朝、シノが食堂のテーブルに旗を広げた。
白い布に、薄く青みがかった星が一つ。シンプルだったが、丁寧に縫われていた。星の形が少し歪んでいるのが、逆に手作りらしくて良かった。
「すごい。夜通し縫ったの?」
「縫い物は久しぶりだったわ。下手ね、少し」
「全然下手じゃない」
サヤカが「私も手伝えばよかったです」と言った。シノが「次があれば頼むわ」と答えた。
ゲンタが旗を手に取って、しばらく眺めた。
「……いい旗だ」
「ゲンタ、掲揚柱を作れる?」
「一時間くれ」
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正午、全員が中庭に集まった。
サヤカとハルキも来た。ハルキは何か特別なことが起きると察しているようで、モグの隣でそわそわしていた。
ゲンタが一時間きっかりで作り上げた掲揚柱が、中庭の中央に立っていた。
私は全員の前に立った。
「今日、星降る森自治区の設立を宣言する」
誰も喋らなかった。風が吹いて、まだ掲げていない旗が、シノの手の中でふわりと揺れた。
「外の世界はまだ崩壊の最中にある。でも、ここは違う。ここには食料があり、水があり、電力があり、医療がある。そして、信頼できる仲間がいる」
私は一人ずつ、顔を見た。
ゲンタ。蒼。シノ。ネロ。モグ。サヤカ。ハルキ。
「この場所を、ただの生存拠点じゃなくて、ちゃんと機能するコミュニティにしたい。一人でいるより、一緒にいる方が生きやすい場所に。それがここの目的よ」
「ルールを発表する」
私は手元のメモを読み上げた。
「一、暴力は禁止。いかなる理由があっても、住人同士の暴力行為は認めない。二、武器は管理棟に保管。個人が勝手に携行しない。三、食料と水は全員で分配する。四、できることをできる範囲でやる。それだけ」
「以上よ」
ゲンタが「短いな」と言った。
「最初から複雑なルールを作っても守れない。増やすのは後でいい」
「合理的だな」と蒼が言った。
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続いて、役職を発表した。
「ゲンタ、建設・インフラ部長。城壁、設備、住居の管理と拡張を任せる」
「……わかった」
「蒼、防衛部長。外部の脅威への対応と、住人の安全確保」
「了解だ」
「シノ、医療・研究部長。住人の健康管理と、外部の脅威への科学的対策」
「任せてよ」とシノが言った。少し嬉しそうだった。
「ネロ、情報部長。外部情報の収集・分析と、通信の管理」
「わかった」
「モグ、農業部長。食料の生産と、自治区内の自然環境の管理」
「やる! やる! モグ、農業部長!」
モグが両手を挙げた。ハルキが隣でつられて両手を挙げた。少し笑いが起きた。
「サヤカさん」
サヤカが少し緊張した顔で私を見た。
「生活・福祉担当として、食事の管理と、住人のケアをお願いしたい。特に、今後子どもや高齢者が増えた場合の対応も」
「……私でいいんですか」
「あなたがいい」
サヤカが一度、深く息を吸った。
「……はい。やります」
「ハルキくん」
ハルキが「は、はい!」と背筋を伸ばした。
「モグの農業部の見習い。いい?」
ハルキがモグを見た。モグが「一緒にやろう!」と言った。
「……うん!」
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ゲンタが旗を受け取り、掲揚柱に取り付けた。
紐を引いて、白地に青い星の旗が、ゆっくりと上がっていった。
風が吹いた。
旗がはためいた。
誰も拍手しなかった。でも、全員が空を見上げていた。
モグが「きれい」と言った。それだけで十分だった。
「私の役職は?」とネロが聞いた。
「さっき言ったわよ。情報部長」
「自治区の長は、あなただろう」
「そうね。管理者マナ。それが私の役職よ」
「……名前だけか」
「名前だけじゃないでしょ」とシノが言った。「全部考えて全部決めてきたのは誰だと思ってるのよ」
ネロが少し間を置いて、「そうだな」と言った。
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夕食は、サヤカが腕を振るった。
崩壊後初めて、食堂がにぎやかだった。いつもは静かに食べる蒼が、珍しくハルキに話しかけていた——正確には、ハルキが蒼に一方的に話しかけていて、蒼が短く答えていたのだが、それでも蒼にしては相当な譲歩だった。
「蒼さんって怖い顔してるけど、怖くないね」
「……そうか」
「うん。最初びっくりしたけど、水くれたから」
蒼が何も言わなかった。ただ、少しだけ、耳が赤かった。
シノが「見た見た」と私に耳打ちしてきた。「珍しいものが見られたわ」
「後で蒼に言わないで」
「当然言うわよ」
「やめてあげて」
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夜、私は一人で中庭に出た。
空に星が出ていた。崩壊後、街の灯りが消えたせいで、星が以前より明るく見えた。
掲揚柱の上で、旗がかすかに揺れていた。
星降る森自治区。
たった一ヶ月前、私はここに一人でいた。ゴミ山だったこの土地に、一人で立っていた。三百万円を使い果たして、次に何をするか考えながら。
今は七人と一匹がいる。
小さい。まだまだ小さい。でも、動いている。
「続けていきましょう」
誰にともなく、私は呟いた。
ここが始まりだ。
終わりではなく、始まり。
【システム通知】
星降る森自治区、設立。
管理者:マナ
住人数:8名(正式住人7名+見習い1名)
拠点レベル:最大
【世界崩壊から16日目。星降る森自治区は、今日、始まった。】




