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1話

雨が降っていた。それは僕を否定せしめるばかりか、服を重く、足取りを重く、じわじわと体力を奪ってくる。コンビニにでも行けばパッと手に取ってパッと会計をして、そんなおもっ苦しい雨をしのぐことができる傘を手に入れることができる。だけど、今の僕にそんな気力は残っていなかった。朝家を出るときに傘を忘れたその事実が、こうして僕を雨に打たれて、傘さえ買いに行く気力を無くしてしまう運命をたどらせたのかもしれない。そう思ったらただただ傘を殴り飛ばしたくなるけど、そんな糾弾を始めたって何の意味もなさないことはわかってる。「...どこで道、踏み違えたかな。」上司には取り入ったし、部下には気を使って悩みを聞いたり仕事を手伝ったりしたし。「その結果が人員整理の対象っていうだから...世話ないよな。」人員整理、いわゆるリストラ。僕は今日、会社でそれを告げられた。してきた気遣いが独りよがりなものだった、努力が拙いものだったとそう言われてしまえば、それを否定することなんてできない。だけど、それでも業績は上げてきたし、不祥事を起こしたわけでもない。自惚れかもしれないがむしろ会社に貢献した量はリストラに合わなかった人たちよりも大きいとすら思う。「...だっていうのに何で---」感情のままに近くにあった電柱を殴る。「ッーー」痛みが骨を振動し全身に伝わる。あんな会社辞められて清々するとか、やめさせたことを後悔すればいいとか自分に言い聞かせる言葉がたくさん頭に浮かんでくる。だけど、結局最後に顔を見せるのは水泡に帰した今までの努力、その喪失感だった。「...お前もおんなじなのか?」雨音で気づいていないのかそれとも警戒心を持つほどの余裕がないのか、抗うことなくみじめに雨に打たれる僕同様、雨に打たれながら道の端を懸命に進む猫がいたので僕は、声をかける。せめて、その苦しみを分かち合おうとそう思い、その猫の前に出てしゃがんで手を差し伸べてみると、僕に気づいた猫は追えないような速度でその場を離れていった。「そうだよな、しょせん猫だもんな。いいな、元気があって。」一度しゃがんでしまえば、すぐに立ち上がるのは今の僕には至難。少しばかししゃがんだ状態で達がる力を蓄えようとしていると、突然体を打ち付ける雨が止んだ。「風邪、ひいちゃいますよ。」首だけを動かし僕を打ち付ける雨粒の行方を追うと...そこには傘をこちらに傾け心配そうな目でこちらに顔をのぞかせる少女が腰をかがめて立っていた。「ほら、立てますか?」「ああ、うん。」猫同様、雨音に消し去られた足音は僕にその少女の気配を悟らせることなく、僕は驚きのあまり普通に返事をし立ち上がる。「それでどうしたんですか?そんなところに傘もささずにしゃがみ込んで。なにか落としちゃったんですか?」「いや、猫がいてしゃがんでただけだよ...」「猫?...いませんけど。」「さっきまで居たんだ。傘もささずに僕に気づかずゆったり歩く猫が。」「そうなんですね。...まるで今の私とあなたみたいですね。」「へ?」「だって、あなたも傘さしてないですし、猫がいなくなってなおなぜかしゃがんでたんですし。」少女は変なこと言いを言い出す。「...そんなのはいいんだ。君の方はどうなんだ、いくつか知らないけどもう遅いのに傘だけ片手にして手ぶらで何してたんだ?」「あれ、もしかして心配してくれてますか?」「そりゃな、僕だって一端の大人なんだ。もう日を越そうっていう時間に君みたいなかわいらしい子が雨の中持ち物は傘だけで歩いてたら心配するのが普通だ。」「...かわいらしいなんて。もしかして私襲われちゃったりします?」「...生憎と今僕にそんな気力はなくってな。傘をさしていてくれるのはありがたいけど、もう手遅れなくらいには濡れてるし家までそんなに距離があるわけでもないから、用がないなら君も風邪ひかないうちに帰るんだ。」言って僕はびしょびしょの服から雨水を絞って見せる。「用...ですか。ありますよ。用。」「なんだ?申し訳ないけどお金もこんなんじゃ湿ってるからあてにならないぞ?」「いえ、違います。...こう見えて私行く当てがなくってですね。家、遠くないのでしょう?一晩だけでも止めていただけませんか?」「美人局、か。」「そう思われますよね、そりゃ。もちろんただでとは言いませんよ?家事でもマッサージでも、望むのならそういった行為でもしてあげます。」「払拭する気ないだろ、それ。」僕は思わず言う。「でも」僕は一歩を踏み出し「いまついてこられて、家の中に無理に入ろうとされたらそれを振りほどく元気もないから。ついてくるなりなんなりしてくれ。」「...いいんですか。本当に美人局で起きたら家の前に怖いお兄さんが立ってることになるかもしれませんよ?」「...そん時はそん時で考える。僕は別にどっちでもいいから好きにしてくれ。」そう言って僕がまた一歩歩を進めると、少女もそれに続き、そのまま横並びで僕は少女と帰路を共にする。

「ただいま。」「...誰かいらっしゃるんですか?」「癖だよ。一人暮らしだ。」家に着き、一人ではむなしい言葉を吐く。「では...おかえりなさい。」「...」僕が反応に困っていると「ただいまってただいま帰りました、から来てるんです。帰ったことを誰かに報告する言葉。そんな言葉に返事がないっていうのはなんだか寂しいので。おかえりです。」「そっか。」腑に落ちる説明を聞きながら僕は居間に上がる。「傘をさしてたと言え途中からは僕に気を使ってこっちに寄せてくれてただろ?多少濡れてると思うし、シャワー使ってくれていいぞ。湯舟がいいなら溜めてくれてもかまわない。濡れた服が嫌で僕の服が嫌でなければ脱衣所にあるのを好きに使ってくれ。おなかがすいてるのならそれも好きにしてくれ。」「何でそこまで許すんですか?」「今は監視する気力がないから、かな。僕は着替えて寝るから。」「え?あなたはシャワー浴びないんですか?」「疲れてるから。」「スーツを着てるのを見ると普通に働いてる方ですよね、ほんとに体調崩して明日に影響しますよ!」「...そうだな。でも、もう行かなくてよくなったから。」僕はそれだけ言って寝室へと引っ込み今日という憂鬱な一日を終えることにするのだった。

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