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 下駄  作者: 紫 李鳥
7/8

 


 石を庭に捨て、下駄をゴムに挟むと、コートを着て、袋を背負った。再び足袋のままで暴風雨の中に飛び込むと、歩き出した。


 私の格好はまるで、サンタさん。煙突の(すす)で汚れた真っ黒いサンタさん。ふふふ……。


 こんな格好を誰かに見られたら一巻の終わりだと、戦々恐々(せんせんきょうきょう)とした。


 でも幸運にも、帰りも誰にも遇わなかった。勝手口から入ると、一仕事終えた感で台所に腰を下ろし、徐に服を脱いだ。


 ポリエステルのズボンに着替えると、脱いだ作業着と下駄をビニール袋に入れて、また、嵐の中に出た。


 春代さんちの裏庭の縁側に借りた物をお返しすると――」


「どうして、わざわざ返したんだ?」


「そう言うとこが男の人って無頓着なのよ。春代さんは普通の主婦よ。ご主人の作業着や下駄が幾らするか知ってる?新しく買わせたら家計に響くでしょ?」


「……なるほどな」


「それに、捨て場所に迷うのも面倒だもの。以上です」


 喉が渇いたのか、杏子は台所に行った。


「……上手くいったから良かったが、下手したら捕まってたんだぞ」


 トレイに蜂蜜牛乳を載せてきた杏子に忠告した。一気に飲み干すと、


「大丈夫よ、あなたが居るもの」


 あっけらかんとそう言って山根の布団に潜ってきた。


「……俺とこうなったのも、意図的なのか」


「あなただったから意図になった」


「……どう言う意味だ」


「あの時、聞き込みに来た刑事さんが、あなたじゃなかったら、こんなふうにはならなかった。あなたで良かった」


 杏子はニコッとすると、山根にしがみついた。


「……杏子」


「ね、耳、貸して」


「何だよ、誰も居ないのにコソコソ話なんか」


「いいから、耳」


 杏子は強引に山根の耳朶(みみたぶ)を引っ張った。


「痛てぇ、何だよ」


 山根は杏子にされるがままだった。


「……あのね」


「何だよ」


「……赤ちゃん」


「えっ!できたのか?」


 山根は反射的に体を起こすと、杏子の顔を確かめた。杏子はニコッとすると、恥ずかしそうに山根の胸に顔を埋めた。山根は褒め言葉の代わりに杏子の頭を優しく撫でてやった。


 ……四十二にして初めての子供だ。やったーっ!


 山根はその喜びを心の中で叫んだ。




 翌日の帰り道、森崎宅に寄った。杏子の父親だと分かった今、森崎の名称は、吝嗇家(りんしょくか)(なにがし)から倹約家の某に変わった。


「杏子さんはあなたのお嬢さんだそうですね?」


「えっ?……ええ、まあ」


「どうしてそれを最初に話してくれなかったんですか」


「娘が、父親だとは認めないと。あんたなんか、赤の他人よ。なんて言われたもんですから。警察に喋ったりして後でバレたら怖いもんですから、つい」


 ……俺と同様に杏子には頭が上がらないか。


「……娘さんが犯人だと気付いたのはいつからですか」


「……婦警が声音を真似た時、もしかして、と」


「娘さんを犯人にしたくなくて、曖昧な供述をした訳ですね」


「はぁ、まぁ」


「……どうして、籍を入れてあげなかったんですか?」


「……若かったんです。子供の顔を見た途端、自由を奪われる気がして、恐ろしくなって逃げました。……しかし、どんな女とも上手くいかず、結果、信じられるのは金だけになっていた。……」


「……娘さんが十九の時にお母さんが亡くなられたそうです」


「……娘から聞いて、知ってます」


 森崎は肩を落とした。


「正直なところ、娘さんとはどういう形にしたいんですか」


「……できれば、父親だと認めてほしい」


「……実は、杏子さんと結婚します」


「えっ!」


 森崎は小さな目を見開くと、


「……あなたと?」


 と呟きながらまじまじと山根の顔を見た。


「来年には子供も生まれます」


「えー?そうですか。……それは良かった」


 孫の話が出た途端、森崎は顔を(ほころ)ばせた。


「腹が目立つ前に式を挙げとかないと、後々どんな嫌味を言われるか分かりませんから。ああ見えても気が強いですからね。お父さんに似たんですかね?」


「いぇ、女房です」


 森崎のその即答に、二人は顔を見合わせて笑った。


「近々、内輪(うちわ)で式を挙げる予定ですので、ぜひ、ご列席ください」


「……しかし」


「杏子は嫌な顔をするかもしれませんが、本心は嬉しいはずです。子供ができれば、また変わりますよ」


「……ええ」


「ではこの辺で、今回の事件に終止符を打ちますか」


 山根は二本目の煙草を吸った。


「……えっ?」


「杏子に容疑が及ばない画策をするんですよ」


「あ、はい」


 森崎は山根の提案を快諾した。




 翌日、署で待機していると、早速、森崎から電話がきた。


「何っ!金が戻った?」


 山根は大袈裟な声を上げた。


「直ぐに伺います」


 受話器を置くと、


「森崎氏、金が戻ったそうだ」


 皆に教えてやった。


「えー?」


 一同は驚きと落胆の入り交じった声を上げた。

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