サタナエル編1-1
「彼」は自分が生まれた時から特別な存在だと思っていた。なぜかは分からない。
周囲の人間とは違う、そう感じていた。彼はツヴェーデン軍に属していた。
軍の中で彼はとびぬけた存在だった。
戦士として、兵士として、軍人として――
彼は軍人として極めて輝かしい栄誉に何度も輝いた。それほどまでに突出した力量を持っていた。
しかし、彼は同時に自分の存在に違和感を持っていた。
自分が普通の人間とは違う何か。現実存在としての自分への不信と疑い。自分が存在すること自体のおかしさに彼は気づいた。彼は自分の出生を知らなかった。
彼は母親に改めて尋ねた。母ベレニーチェ Berenice は答えなかった。彼は母に不審を抱いた。
自分は特別な存在だ。だが、それが自分への不信をもたらした。彼は独自に自らの出生について調べ始めた。そして彼は知った、自分が超人兵士を創る実験で創られたことを。
極秘プロジェクトの責任者は母だった。彼は母を問いただした。するとベレニーチェは答えた。
彼は超人を創る実験で創られたと。それはベレニーチェの理想であった。
正式名称「プロセルピナ・プロジェクト」によって誕生した存在が、彼であった。
気づいた時、彼は母を刀で貫いていた。彼は母を殺した。罪悪感は全く感じなかった。
彼はすべての命あるものを憎むようになった。彼は生命とその存在も憎んだ。
彼は憎しみから、プロジェクトにかかわった研究者たちを皆殺しにした。彼は必要な殺害を終えると、軍から姿を消した。
以来、彼の消息を知る者は誰もいない。
彼はいつしかすべてを憎むようになった。
暖かく、のどかな庭。
セリオンはうたた寝をしていた。夢の中で彼のことを思い出した。彼とは聖堂騎士団とツヴェーデン軍の合同訓練で出会った。
セリオンは彼に初めて会ったとき、その力量の突出性に驚いた。彼の強さは超人的だった。
しかし、彼はどこかニヒルなところがあった。彼は刀を愛用の武器としていた。
セリオンは彼が研究者たちを殺害して軍から行方をくらましたことも知った。
彼とは一度だけの出会いであったが、彼ほどの力量の持ち主は強烈に印象に残った。
同格といえるのはスルトくらいではないか。
「セリオン!」
ふと目の前がフラッシュした。
「セリオン、どうしたの? 暖かくて眠っていたの?」
ベンチの隣にはエスカローネがいた。セリオンがエスカローネといっしょにいるのは彼女を愛しているからだ。エスカローネもセリオンを愛している。だから、セリオンと一緒にいたいと思っている。
セリオンは起きた時しばらく呆然としていた。ここのところ彼のことを気に留めていなかったからだ。
彼には強烈な存在感があった。彼のような人を天才というのであろう。
「セリオン?」
エスカローネがセリオンの顔をのぞきこんでいた。
「ああ、なんでもない。ある人のことを思い出しただけだ」
「ある人?」
「もとツヴェーデン軍の軍人だった人」
「その人はどんな人だったの?」
「そうだな。長い髪をしていた。刀を好んでいた。ニヒルな人だった。だけど能力は抜きんでていて、ついてこれる者がいなかった。つまるところ、天才とか超人とか言える人だった」
「名前は?」
「それは……サタナエル Satanael 」
「彼」の名は「サタナエル」だった。
「サタナエルが今どこで何をしているのかは誰も知らない。軍から失踪したからだ」
「その人がセリオンとどういう関係なの?」
「それは……うまくは言えない」
セリオンはサタナエルに強烈な意識を抱いていた。忘れることなどできない。
それはどこか宿命めいたものだった。セリオンは彼といつか対決する日が来ると思っていた。
宿命の対決――
再びサタナエルと出会う日がやってくる。そのとき雌雄を決するべく戦うことになる。
セリオンとサタナエルには似ているところがあった。
まず、生まれの特殊性と、母に育てられたことだった。
セリオンは自分の生まれを、母ディオドラを肯定し愛していた。
セリオンにはサタナエルには自分の存在を肯定できていないように見えた。かつてのサタナエルは冷徹ではあった。しかし冷酷ではなかった。




