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魔の女王  作者: 香穂
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第四一話

 タキはゼンだけではなくマヤーの気配も辿ることができる。ゼンは不得手でできない。才能がないのか、単に繊細さが足りないだけなのかどうかはわからない。だからいつもはただおとなしくタキの後をついていくだけだ。

 けれど今回ばかりはゼンにもマヤーの居所がわかった。

「この先に神域があるんだ。きっと、そこにいる」

「なぜそのような場所にいるのでしょうか」

「……以前、来たことがあるんだよ。アガリエと、三人で」

 言うなれば思い出の地だ。

 タキも翌朝合流し、そこで先々代の王の訃報をともに聞いたのだが、彼はすでに当時の記憶が薄れていて覚えていないらしい。

 神域の核は泉だ。近づくにつれて木々は深まり、足元には草花の姿も見えてくる。旱が続くこの地では久方に見る青々とした光景だった。

 マヤーは泉にいた。

 水面の上に座し、揺れる尾が絶えず周囲に波紋を広げている。その毛並みには、今なお赤い血が付着していた。

「マヤー! なんであんなことをっ」

 駆け寄ろうとして、できなかった。タキが引き止めたのだ。

「タキ、なんだよ! 放せ!」

「下を見て」

「は?」

「下ですよ」

 以前よりいくらか目減りした水面。高い透明度を誇っていたその水は今、赤黒く滲んでいた。細い線が幾重にも絡まるようにしてただようそれは、一体何か。

 その汚染源に目を凝らす。

 水底に、アガリエがいた。

 穿たれた傷口から流れる血が、泉の水を汚しているのだ。

「約束、した」

 血に濡れたままの口元が人の言葉を発する。

「最期の時は、皆が、恐れ戦くような、死に様でありたいって。アガリエが、望んだことだ」

「なんだよそれ。なんでそんなこと、マヤーに頼んだりなんか」

「だって、ゼンには、実行できないだろ?」

「そんなことない。できたよ。現にタキとだって戦うつもりで、俺は!」

 アガリエを守ろうとするタキたちと戦って、それで、自分は一体その後どうするつもりだったのだろう。

 不安ばかりが募るその先を、ゼンは無意識に考えないようにしていた。

 己の死さえ演出しようとしていた彼女が、死に場所と定めたあの場所で、最後に何を願っていて、どうすればその願いを叶えてやることができるのか。

 その答えを導き出すことは、決して難しくなかったはずなのに。

 涙が止まらない。嗚咽を堪えようとして唇を噛む。

 そんなゼンに代わって相棒が容赦なく告げた。

「人々の記憶に残る死に様となれば、魔物よりも神に殺されるほうが良かったのでは?」

 マヤーが瞼を伏せる。

 おそらくそれは是ということだ。

「アガリエは、俺に、殺されたかったのか……?」

 呼ぶ声が聴こえた。

 何かを強く願うその声に惹かれて、ゼンはこの島にやってきた。

 その願いを叶えるために――。

「たぶん、違う、よ」

「……なんでそんなこと言えるんだよ」

「だって、アガリエだよ? 本当にそう願ってたなら、どんな手を使っても、その願いを叶えただろうよ。でも、そうはならなかった。だから俺は、違うと思う」

 マヤーは足元をじっと見つめる。

「……本当にひどいやつだなあ。せめて俺だけを頼りにしてくれてたらよかったのに。俺だけがアガリエのマナ使いだって思わせてくれたら」

 タキが平然と言ってのけた。

「きみの伴侶を務めるような女性ですよ。一筋縄でいくわけがないでしょう」

 もう本当に、涙かあふれて、どうしようもなかった。


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