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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
第七章 子供はいなくなる

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まじめに答える気がないなら、早めに知らせてください

「まじめに答える気がないなら、早めに知らせてください」

 クロタエは窓の方を向き、腕を組んだ。そして実に詰まらなそうにぼそぼそと言った。

「わたしが子供の頃、家で猫を飼っていてね。名前はピートじゃない、イーリスだ。チョコレート色をしていて額に黒いブチのある美しい猫だった。家の主だったよ。両親二人が家にそろうことは少なかったし、わたしも特殊学級に通っていたから。でもわたしが十歳のころ死んでしまってね。家族全員が悲しんだ。特に父がひどく落ち込んでしまって、家中が暗い空気に満ちていたな。ある日、父がイーリスのクローンを作ってそいつを飼おうと言い出した。ペットの細胞からクローンを作るペットビジネスが流行っていたし、母も特に反対という訳ではなかった。だが、わたしは反対した。猛反対だ。何十時間もかけて、クローン技術とクローニング会社の研究員の論文を読み漁ったよ。猫のブチ模様は遺伝子で決定されるものではなく完全にランダムで発生するのであって、もうイーリスのような模様の猫は絶対に生まれないのだと両親に説得した。それにイーリスはただイーリス一匹だけで、クローンを造るのは彼への冒涜だと批判した」クロタエは息をついてから、自嘲気味に笑った。「でも本当は……本心は怖かったんだ。わたしが死んだときに両親がわたしの毛根細胞から第二のクロタエを作るんじゃないか――全くの同一遺伝子を持った時間差の双生児だ。そいつをわたしではないが、わたしの血と肉を持った第二の子供として育てるんじゃないかってね。そんなことはごめんだ。結局イーリスのクローン話はなくなった。両親の仕事が忙しくなったのと、わたしが留学するためだ。あの時わたしは心底ホッとしたけれど、今考えてみると、なぜあんなに恐怖を感じていたのかわからないね。今考えてみればクローン猫は賛成すればよかった。わたしの反対で彼らがどれくらい踏みとどまったかわからないが、両親の好きなようにさせればよかったと思っているよ。悲しみを和らげる方法があるなら、なんだって試すべきなんだ。イーリスが死んで半年後、両親は犬を飼い始めたよ。名前はラードゥガだ。彼女が死んでからはまた猫。今は犬だ」

「なんだって試すべきだと思ったんですか」

「悲しみを癒す方法は人それぞれだ」

 クロタエはゆっくり呟くと、窓の外を眺めた。

 これ以上は話す気がないのだろう。彼女の中ではこの言葉で全てが説明されていると考えているのだ。

 私は立ち上がり、ふと思いついた疑問を口にした。

「ところで、この服を着てどこへ行く予定ですか?」

「博物館だよ」

 クロタエはなにが面白いのかニヤリと笑った。


 病院の入り口には一点の曇りなく磨かれたリムジンが止まっていた。

 運転手と私を監視する軍人が一人黙って立っている。

 私はただの無一文の病人から重要人物にランクアップしたらしい。

 運転手が音も無くドアを開けた。

 私は乗り込もうと腰をかがめてその姿勢のまま凍りついた。

 車の後部座席にマシロが座っていたのだ。

「久しぶり」

 マシロは自分の部屋のようにゆったりとくつろぎ、広々としたスペースの座席を軽く叩いた。

「なに惚けてるのよ。乗りなさいって」

 マシロは澄ました顔で手をひらひらとさせた。

 運転手は明らかに棒のように突っ立っている私に戸惑っている。

 私は動かない頭のまま、なんとか体を引きずりこんだ。

 マシロが私の前に座っている。彼女と別れた七ヶ月前と変わりなく女王然とした様子で足を組み、本物の革のにおいがする座席に体を預けている。

 服は灰色の絹のような光沢のあるワンピースで、マシロの白い肌と真っ黒な髪を際立たせていた。

 運転手が指示を待っていることに気づき、私はマシロに見とれるのを中断した。

「ダミアーノ通りのカシュオー・ルマーニまでお願いします」

 引きつった声で呟くように言うと一瞬にして運転席と後部座席を隔てるガラスが灰色に曇り、微かな振動と共に車が動き出した。

「カシュオー・ルマーニ! あなたが?」

「クロタエの服を受け取りにいくのです」

「服? 見せて見せて」

 マシロは私に近づいて注文用紙を覗き込んだ。目を閉じると子供らしい熱い体温が感じられる。

「スノーマ博士は生きていたのね! パーティーにでも出るの?」

「まさか。一日だけの外出許可が下りたらしいので出かけるための服ですよ。博物館へ行くと言っていました」

 マシロが私を見上げて、今では懐かしく感じる笑みを浮かべた。

「博物館? イブニングドレスを着て? この超高いヒールのハイヒールを履いて?」マシロは愉快そうに笑った。

「イブニングドレス? なんのことですか?」

「よく見なさい、文字は読めるようになったんでしょうね。語学は得意でしょ?」

 私は注文表を見返した。ネックレス。化粧品。香水。バッグ。靴。確かに博物館へ出かける服装とは思えない。

「オペラかな」

 私は言った。

「馬鹿言ってんじゃないわよ。オペラが理解できる科学者なんているわけないじゃない」

 マシロは飽きれたように言った。私は彼女の偏見を無視した。

「じゃあなんだって言うんです? こんな小奇麗な服をわざわざ特注する意味は?」

「私の言うことを聞いたら教えてあげる」

 私は身構えた。マシロは私の心配を見通しているようにニヤリとした。

「なに身構えてんのよ。で、言うこと聞くの? 聞かないの?」

「聞きますよ。どうせ君はまばたき一つで人を動かせると思っている嫌な女だし」

「じゃ、カシュオー・ルマーニのお店に着いたらあなたがする事は、注文の品を受け取る事じゃないわ。まず自分は美しく最先端の服を買いに来た客だと宣言すること」

「失礼、なんて?」

「あのカードをちらつかせて服を買うの。店員に選んでもらうのよ。自分の感性を信じちゃだめだからね! 靴下まで真新しくしたら今着ている布切れを燃やして、買った服を着るの」

「なんなんですか?」

「黙って聞きなさい。それから花屋に言って花束を買う。次にあなたはチョコレートを買う。そして、スタンモアの研究所へ行って。フィセをランチに誘う」

「なんだって?」

 私は呻いた。

「フィセをランチに誘う。彼女には世話になったでしょ?」

 急に車内の気温が上がった気がした。

 確かに、確かに彼女には世話になった。

 うん、感謝を伝えに食事には誘ってもいいと思う。だが……。

「服は関係ないのでは? 花も。チョコくらいはともかく……」

「そのいまいましい服で会いに行ったら許さないから」

 マシロの冷たい視線が突き刺さる。  

 私は服を見下ろした。たしかに所々擦り切れてはいるが……裾の方に落ち切れなかった血のシミを見つけた。

「わかりましたよ。でも花はやりすぎではないでしょうか」

「花も渡してみます。まぁ、その、大げさだと思いますけど」

 マシロが満足そうに微笑んだ。その笑顔は何十回と見たものと全く同じに見えた。今でさえ。

「それで、クロタエはなんでこんな服を買うんですか?」

 マシロは答えるかわりに眉を上げて、ソファーにもたれかかった。

「話題を変えましょうか。君はどうしてここにいるのですか?」

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