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犬娘拾いました  作者: シラキ
はじまり
3/12

昔語りと

まだ、ガキだったころ捨て犬を拾った。

親に散々駄々をこねた結果、一切の世話をするとの約束でその犬を飼う事が認められた。

名前はもちろん、モモだった。


忠犬、とでも言うのだろうか。

助けられた恩を感じたのかモモは俺にすごく懐いた。

俺もそんなモモを可愛がって、遊ぶのはもちろん、餌から糞の始末まで喜んでやっていた。


しかし幸せと言うのは案外あっけなく終わるもので。

ある日、学校から帰るとモモは冷たくなっていた。

もともと何らかの疾患があったらしい。

捨てられていた犬猫の類は、放置されている間に病気にかかったりすることもあるし、珍しくない事だと後で知る事になるのだが、

ガキの浅知恵にそんな事が分かるわけもなく、俺は打ちひしがれる事になる。


その反動で、愛玩動物の類には拒絶反応がでるようになったのは、まあ関係のない話か。


「モモは、モモの名前をもらった時に、モモになったんです」

有象無象のあやかしには、個と言う概念が希薄という。

だから、名前をつけるという行為には個を確立させ、またその名を名乗る事で己を周囲に理解させるという意味があるらしい。

「だから、モモは覚えています。たくさんの愛をいただいた事を」

まるで、宝物を抱えるように、モモは胸にその手を合わせる。

「そっか、モモだったのか」

それは本当に、たまたま脳裏を過ぎった名前だった。

それまでモモを飼っていたという記憶も、心の奥底に封じ込めていたのだから。

「これも何かの縁ってやつなのかな」

「前のモモが、ご主人を思うあまり、化けて出たのかもしれませんよ?」

そう言って、モモは両肘をちょこんと折り曲げてみせる。

「怪談にはまだ早い……、ってあやかし相手じゃ季節はずれもないのか」

緊張の糸が途切れたのか、久々に涙が出るほど大笑いした。

モモも涙を浮かべて笑っていた。


「しかし、これでまた改めて困るな」

部屋に戻って早々、俺の呟きをモモが聞きとめる。

「なにをですか? ご主人」

「お前との付き合い方」

モモの顔が、名前の通りに染まる。

「えっとぉ……、モモはご主人様の望む事でしたら、何でも……」

しどろもどろになるモモに近寄り、そっと肩を抱きしめふわふわの毛に顔を寄せる。

「ご、主人様……、いきなりなんてそんなぁ」

しばらくモモの香りを確かめて、モモに目線を合わせる。

「うん、やっぱりモモだ」

そして、次の言葉を宣告する。

「風呂、入ってないだろう。洗ってやるから入るぞ」

犬のモモは風呂が苦手だった。

水溜りも怖がっていたから風呂で洗ってやる時など、ずいぶんと苦労したものだ。

今のモモの香りは、ちょっと汗臭かった。

「そんな、いきなりハードなプレイを!?」

「はっはっは、望む事なら何でもと言ったのはモモさんじゃないですか」

笑顔でにじり寄ると、モモは張り付いた笑みに涙を浮かべて後ずさる。

しかし所詮は安普請、あっという間に追い詰められたモモは、風呂場に連行される事になった。


「水は怖いですぅ」

「風呂じゃなくてシャワーだ。食器洗う時の延長だと思え」

家事での水仕事ができるのだから、シャワーなら抵抗もすくないだろうとの配慮だ。

モモはバスタオルできちんと体を隠しているが、ボディラインだけと言うのはかえって艶かしい。

そんな邪念をふりはらい、モモの髪にシャワーをかけていく。

「目、閉じてろよ」

言うまでもなく、力いっぱい閉じているようだ。

十分に髪を濡らした所で、シャンプーを手に取りしっかりと泡立てて、モモの髪を洗っていく。

ポイントは、髪の毛ではなく頭皮を洗う事。

マッサージする要領で毛穴の汚れを揉み出していく。

最初は唸るような声だったモモも、マッサージが御気に召したのかだんだんとリラックスした声に変わっていく。

しっかりと洗い終わったところで、声をかけてからシャワーでシャンプーを流す。

この時もしっかりとシャンプーが流れるように揉み洗い。

「リンスとか、トリートメントはないからこれで終了だ」

そう宣言してタオルで髪を拭いてやる。

「あのぉ、こっちも洗って……」

そういってバスタオルを緩めるモモの頭をタライで小突く。

「ちゃんと洗って出てこいよ」

それだけ言い残して風呂場を後にする。

これが、俺の紳士としての矜持がたもてる限界だった。


「えへへ、ぴかぴかになりました」

そういって出てきたモモは、素肌にワイシャツ1枚という扇情的な格好だった。

「こういうのが好みでしたよね?」

若さゆえの過ちが、紳士の誇りに大打撃。

深呼吸して息を整える。

それから、モモの瞳をまっすぐに見つめる。

「モモ、聞いてくれ」

俺は思いのたけを、モモに正直に告白した。

「俺は、お前をそういう風に見れない。いや、見たくない」

モモは静かな瞳で、俺を見つめ返す。

「お前はモモ……、犬のモモだったかもしれないが、俺にとって、お前は犬妖のモモだ」

「だから、俺はお前の気持ちを利用したくない」

「モモの好意に付け込んで、お前に劣情を吐き出したのなら、それは俺がお前を裏切った事になる」

「すくなくとも、俺はそう思う」

「だから、犬のモモじゃなくて、犬妖のモモが望むのでない限り、俺はお前に手を出さない」

その時のモモの顔は、泣いていた。笑っていた。怒っていた。

ただ、悲しんでは居なかった。


「酷いなぁ、モモをモモにしたのはご主人なのに、責任逃れですか?」

しばらくたって、モモがぽつりと呟いた。

「そうかもな」

「でも……、ありがとうございます。モモを、モモと認めていただいて」

あやかしは個と言う概念が薄い。故に、名を与えられば、その名の個に縛られる。

しかし、犬のモモは決して、犬妖のモモだった訳ではない。

犬のモモが、犬妖のモモになったわけでもない。

モモという名を継いで、モモという名に縛られていただけなのだ。

文字通り憑き物がおちたような、さっぱりとした表情でモモは笑みを浮かべる。

「おかげさまで、すっきりしました」

「そうか、よかったな」

俺はしばらく迷ったが、尋ねる事にした。

「これからどうするんだ?」

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