メイド体験
ジェダに羨望を感じている場合じゃない。
胸の痛みをそう理解したルビーは、急いで家に帰ると両親の居るブランジュリに顔を出した。
「お父さん、お母さん! 私メイドの職業体験に行ってきていい?」
突然飛び出した発言に、ルビーの両親は持っていたパンを取り落しそうになった。
「「はぁぁぁぁ??」」
「まだ決めかねているんだもの。メイドもやってみたいなと思ったんだけど、実際どんなことをするのか知らないし。そしたらマダム・ジュエルに相談した時にリリィお姉ちゃんが実際に見てみるチャンスをくれたのよ」
「リリィさんて、お前……」
困惑顔の母親だが、さらにルビーは続ける。
「うん、お姉ちゃんの旦那様が王城でお勤めしていて、同僚の方がタンザナイト伯爵家の方らしいの。そこならいつでも頼めるって」
「「タンザナイト伯爵家ぇぇぇ???!!!」」
とうとう両親はパンを取り落した。
「らしい」
コクコク肯くルビー。
顔色を変えておろおろする両親。
「い……一度リリィさんには、話を聞かなくちゃだ、だ、めだね……」
驚きのあまりどもりまくる父親。
「そうだね。すぐにでも行きたいから、これからでもリリィさんとこ行っていい?」
事の重大さに気づいていないのか、けろりと言ってのけるルビーに、
「う……わ、分ったよ。とりあえず私がついて行くわ」
母親がエプロンを外しながら答えた。
リリィに「冬休みに入ったらすぐに体験に行く」と告げると、ものすごく笑顔で快く承諾されてしまった。
ディーさんも、先方様も大丈夫なのかしら?
ちょっと心配になるルビーだったが、好奇心の方が勝り、どうでもよくなっていた。
幸い、冬休みは数日で訪れた。
朝、マダム・ジュエルの前で待ち合わせてから、二人でタンザナイト家に向かう。
「ルビーの居る間は、私もタンザナイト家にお邪魔するから安心してね」
ニッコリ笑顔で言ってくれるリリィ。
「え? いいの? タンザナイト家はディーさんの職場のお知り合いじゃなかったの?」
疑問に思い、かわいく小首を傾げてリリィに質問するルビー。
「えーとね、タンザナイト伯爵家はね、ディーの従兄弟の従姉妹の兄の奥さんのお姉さんの旦那さんの妹さんが……」
延々と続きそうだったので、
「要するに遠縁て言うこと?」
端的に表現してみた。
「まあ、そう言うこと。だから私もお邪魔しちゃうってわけ」
えへっ、と笑うリリィだが、「だから」の意味がイマイチ分からない。わからないが「まいっか、心細くないし助かるわ」と思い直すルビー。ただの庶民の娘が貴族様の家に単身乗り込むことの不安を少しでも和らげようというリリィの心遣いに、素直に甘えることにした。
「そうなんだ。ありがとう! おねえちゃん。ちょっと不安だったんだ」
ほっとした表情になるルビーだった。
タンザナイト家に到着すると、玄関にズラリと使用人たちが並んでお出迎えしていた。
「……」
驚きのあまり口パクになるルビー。
と、遠縁の方にもこんなに丁寧なお出迎えするのね!!
驚きからなかなか復活できずに立ちすくんでいると、奥から一人の優雅な貴婦人が現れた。
「ようこそいらっしゃい、ルビーさん? よろしくね?」
優しい笑顔を浮かべながら挨拶をしてくれる。
「この方がタンザナイト伯爵夫人よ」
こそっとルビーの耳元でリリィが囁いてくれて、ハッとなる。
「は、初めまして伯爵夫人様! ルビーと申します。このたびは私めのお願いを聞いて下さり、まことに感謝しております」
どもりながらも挨拶できたルビー。深々とお辞儀する。
「まあまあ、かわいらしいお嬢さんね? シ……こほん、リリィ」
相好を崩して夫人がリリィの方を見る。それに応えるリリィも笑顔。
「でしょう? お部屋はどうしましょう。メイドのお部屋でもいいけれど、不安かしら」
「そおねぇ。リリィとご一緒する?」
伯爵夫人はルビーの方を見て尋ねてきたが、
「いいえ、甘えてばかりはいられませんので、メイド様のお部屋でお願いします」
そう答えると、ぺこりとお辞儀した。
「わかったわ。では……ローズ、あなたの部屋はひとつベッドが空いていたわね? あなたがルビーさんのお世話係ということでいいかしら?」
伯爵夫人はずらりと居並ぶ使用人の中から、ルビーと歳も近く、しかししっかりとした娘を選ぶと指示を出した。
「はい、かしこまりました。奥様」
ローズと呼ばれたメイドは、深々と頭を下げながら返事をした。
「お願いね。メイド長と二人、よろしくお願いするわ」
リリィも声をかけてくれる。
「「かしこまりました、お嬢様」」
メイド長とローズの声が同時に返事する。
慌ててルビーも、
「初めてですが、一所懸命務めさせてもらいますので、よろしく願いします!」
深々と頭を下げた。
それから荷物を持って、宛がわれた部屋に移動。
そこは、そんなに広くはないがこざっぱりした明るく清潔感のある部屋だった。
入り口扉の真正面に腰高の窓があり、その両脇にベッドが置かれてある。窓の前には小さなテーブルがあり、かわいらしい花が活けてあった。
「こちらがあなたのベッドね。よろしくね。今まで一人だったから、一週間でも一緒にいれるの、うれしいわ」
柔らかく微笑むローズ。
「ありがとうございます! 寝相はいい方なので、お騒がせせずにいられると思います!」
緊張のあまり頓珍漢な受け答えのルビーに、
「まあ、あははは!!」
声を上げて笑い出したローズだった。
「じゃあ、これがメイド服ね。毎日支給されるから、今日来たものは洗濯かごに入れるの。そうしたら洗濯担当が洗ってくれるわ。仕事は当番制。掃除班、洗濯班、配膳・片づけ・買い出し班に分かれているのよ。」
ルビーが着替えている間にローズが仕事の説明をしてくれる。ふんふん、と聞きながら着替えを急ぐルビー。
「当番は一週間交代なの。でもルビーさんは見習いさんだから、全部を体験してもらうみたいよ? 私は今週掃除班だから、次の洗濯班や配膳班の時は違う方についてもらうわ」
「はい」
何とか着替え終えて、返事をする。
「着替えたら、髪を結うのよ。髪が長いと仕事中は邪魔になるでしょ? こうやって、うしろで一纏めにしてからお団子にするの。ほら、やってみて?」
着替え終えたルビーを、据え付けのドレッサーの前に連れてきたローズは、椅子に座らせて髪の結い方を教える。
もともと手先の器用なルビーは、教えられたとおり、きれいに結い上げた。
「まあ、上手よ! では用意ができたことだし、メイド長のところへ行きましょう。今日は特別だけど、これからはてきぱきと時間厳守だからね!」
そういうとパチンとウィンクした。
それからまるっと一日、働きに働いた。
廊下や部屋にある、無数の窓拭き。
ピカピカの大理石の玄関をさらにピカピカに磨き上げた。
何気なく飾られているとっても高価そうな花瓶や置物を細心の注意を払って磨き上げているのを見学した(さすがに触らせてもらえなかった)。
合間合間にお昼を食べたり休憩したり。
ローズ以外のメイドさんとも話をして、仲良くなれた。
ここにいる人、みんないい人で良かった!
緊張していた自分がほぐれていくのがわかった。
そして気が付けば、あっという間に夜。
夜のまかないをいただいた後、交代でお風呂も入る。
宛がわれた部屋に戻ってくる頃にはすっかりくたくたになっていたルビー。ベッドに潜り込むと、
「おやすみなさい~」
「ふふ、おやすみなさい。今日は疲れたでしょう? ゆっくり眠るといいわ」
という優しいローズの声を聞くや否や撃沈してしまった。
メイドって、体力勝負なのね……。お仕着せのかわいらしさに惑わされてちゃいけないんだわ……。
メイドの大変さを初日に痛感したルビーだった。




