羨望?
あれから時間は流れて、季節は冬。
卒業まであと3か月。
半分以上の生徒が、それぞれ自分の将来を決めていく中、まだ決めかねているルビーがいた。
「どうして菓子職人になりたいの?」
パティスリー・マダム・ジュエルのカフェで、マダムとだんなさん、リリィと面談するルビー。
マダムの質問にルビーはしばらく熟考してから、
「綺麗なお菓子は人を癒します。喜ばせます。そんな人を幸せにすることができるお菓子を作りたいと思ったからです。私も幸せを分けてもらいました。だから私も分けられるようになりたいんです」
思うことを素直に伝えた。
「うん、なるほどね。でもおうちはどうするの?」
だんなさんが質問してきた。
「うちには弟もいますし、身に付けたお菓子の技術をパンに活かすこともできると思うんです。今までにないパンを作ることもできるだろうし、もしくは独り立ちしてみるのもいいかと思っています」
「うん、なかなかしっかり考えているようだね。わかったよ。でも他にやりたいことはもうないのかい?」
ニコニコしながらだんなさんがさらに質問してくる。
ルビーは少し逡巡してから、
「まったく職種は違うんですけど、メイドさんもいいかなと思ってるんです。でも伝手もないし、ただの憧れということで……」
あはは、と笑ってみる。
「「「メイド……」」」
ルビー以外の3人が顔を見合わせている。『変なこと言っちゃった?!』と内心焦るルビー。
知らず頬がひくひくと引き攣るのが感じられる。
そんな絶望的な表情をしているルビーを見ながらマダムが、
「メイドねぇ。確かに全く違う職種だわ。実際どんなことをするのか知ってるの?」
そんな顔しなくていいのに、と目を細めてクスクス笑いながら聞いてきた。
「いいえ。本当にただの憧れで。行儀見習いにもなっていいかなって思っただけなんです」
笑われて、ほっとしながらも恥ずかしさから見る見るうちに頬が赤らんでいくのがわかる。真っ赤になって俯いてしまったルビーに、
「一度本物のメイドさんを見るのもいいかもしれないわね」
とマダム。
「??」
本物のメイドさんなど、知り合いにいるのだろうか? と小首を傾げて不思議顔になるルビー。
「それもいいですね」
ニッコリと微笑むのはリリィ。
「いや、本当に伝手なんてないんですから……」
小さくなって抗議するルビーに、
「ディーの仕事場の同僚にタンザナイト伯爵家の方がいらっしゃいますの。あの方にならすぐにでもお願いできるわ」
なんでもないことよ! と言い切るリリィ。
意外なところにコネが転がっていた!! と驚きに目を見張る。
が、そんな図々しいことを自分の一存で決めてしまうことはできないので、
「ありがたいですけど、一度家族とも相談してみてからでもお返事は大丈夫ですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「もちろんよ。いつでも言ってちょうだい!」
いつものリリィの満面の笑みにぶつかった。うれしくて涙が出そうだった。
ほう、と息をつく。
パティスリーを出て噴水大広場でしばしの休憩。
もうすっかり季節は冬。木枯らしがルビーの頬を切るように吹き抜けてゆく。それでも気にせず噴水の淵に腰掛けて行きかう人々を眺めながら、先程の話をゆっくりと振り返ってみる。
悩んでいる時間などないが、メイドの話はおいしい。目の当たりにしてみないとできるできないも判らないというものだ。
「うちに帰ったら速攻親に相談してみよう。こんなチャンス二度とないわ!」
貴族様のお屋敷に庶民娘に過ぎない私が乗り込むなんて!!
考えただけでもワクワクとしてきた。
そうと決まれば早速帰宅だ。腰かけていた噴水の淵から立ち上がり、お尻に付いた砂をパンパンとはたき整える。
そして、ふと視線を上げたところにジェダイトの顔を見つけた。
こんなに人通りの多いところなのにすぐに彼の顔を発見できる自分に苦笑が漏れる。見慣れたというか見飽きた彼の顔はどこに居てもすぐに判ってしまうのだろう。
学校から噴水大広場に続く道をこちらに向かって歩いてくるジェダイトは、今日も一人ではなかった。
隣にはまた違う女の子。
最近は卒業が迫ってきているからか、駆け込みのように告白が続いているようだ。特に気にしていなくても、毎日のように友達が噂をしている。あの子が告ったとかその子が告ったとか。かなり告白が続いているのだけれど、特に返事をもらったという子の話は聞かない。友達情報に寄れば、
「騎士学校に入るから、寄宿舎生活になると会えなくなるから大変でしょ?」
と言って断っているらしい。
川岸の土手で一緒にマカロンを食べて以来ジェダイトと話す機会がなかったので、最終的な進路を彼から直接聞いたわけではなかったが、その話を聞いて、ルビーの中では『もう進路が決まったのか』という羨みの気持ちと『これからは滅多に会わなくなるんだ』という気持ちが複雑に絡まり合っていた。
しかし、今日のジェダイトの雰囲気はいつもよりももっと柔らかい気がする。優しく微笑みながら、隣を歩く女の子と楽しそうに話をしているようだ。
とくん。
胸がきゅんと痛んだ。
何度か告白されている場面を見たこともあったし、噂も聞いてきたけれど、こんな風に切なく胸が痛んだことなんてなかった。
「これから滅多に会えなくなるからって、センチメンタルになってるんだわ。きっと」
ぎゅっと自分の胸のあたりを掴んで、小さな声で自分に言い訳する。
それでもまだ胸の痛みは治まらない。そんな自分に自分が一番驚きつつも、目はジェダイトと女の子を追ったまま。
刹那、こちらを見遣ったジェダイトと目が合った気がした。
眼を見開き驚くジェダイトだったが、すぐに平静を取り戻すとそのまま目をそらしてしまった。
学校から彼の家に帰るには一直線。大広場から北東に伸びる道を行くのだけれど、ジェダイトは家とは違う方向、北西に伸びる道の方へと消えていく。
そっちはジェダの家じゃないよね。
そっか……そっか……
私、羨ましいんだ。進路も決まって、落ち着いたから彼女もできて、今を楽しめるジェダが……
胸の痛みが『羨望』だと判断したルビー。
本当の意味はわかっていなかった。




