第93話 静かなる策略
王都の夕陽が宮殿の大理石の床を赤く染めていた。
お茶会は終わり、私、リリア・フェルミナは控え室で静かに一人、手を組んで考えている。
私は十三歳。元は平民だったが、今は男爵家の令嬢として帝都で暮らすことになった。
――それでも私には、他の令嬢たちにはない「特別な才能」がある。
皇子の婚約者候補として呼ばれたこのお茶会。表向きは社交の場だが、私にとっては格好の情報収集の機会だった。
そして、北方領のレスティーナ・フォン・グランテ――彼女もまた呼ばれていたが、私は直接話すことはなかった。
顔を見ただけでわかる、あの子は合理的で、人を動かす力に長けている。だが、私が知る限り、彼女は恋愛などに関心はない。
(ふふ、そういうことなら、私の立場をさらに強めるチャンスね)
私は控え室で椅子に腰掛け、今日の茶会を思い返す。
皇子の目は落ち着いていて、誰かに気持ちを寄せる様子はなかった。
そして、誰が婚約者に選ばれるかという緊張感を漂わせながらも、私にはある程度の成果があった。
お茶会で周囲の令嬢たちを観察した。
筆頭公爵家のメアリー・スーは、自己中心的に振る舞いながらも、どこか周囲の目を意識している。
失敗ばかりしてきた癖に、皇子の前で笑顔を作り、目立とうとしていた。
それに比べれば、私の微妙な笑顔と穏やかな仕草は、控えめに見えても計算された魅力だ。
(ふふ、あの子はすぐに焦るだろうな……)
茶会の間、私は情報を巧妙に操作した。
些細な言葉や仕草、ちょっとした気配り――それらを周囲に見せることで、他の令嬢たちの心理に小さな動揺を生ませた。
誰も気づかないうちに、私は彼らの評価や印象を自分に有利に誘導する。
この術は、元平民だからこそ身につけた生き残るための戦略だ。
しかし、結果的に皇子は誰も婚約者に選ばなかった。
目の前で、期待していた笑顔も、焦りも、勝利も――すべては空振りに終わった。
(……でも、これで終わりではない)
私は深呼吸をして、心を落ち着ける。
皇子が婚約者を選ばなかったことは、私にとってむしろ好都合だ。
選ばれなかった令嬢たちは、焦りや苛立ちで動揺している。
そこを巧みに利用すれば、次の一手を打つ余地が生まれる。
北方領のレスティーナ――彼女の存在も気になる。
彼女はまだ十三歳だが、都市運営や商会経営の才覚に長けている。
直接会話はしていないものの、その経済力と影響力は茶会の噂として届いている。
(ふふ、やはり油断はできないわ……でも、焦ってはいけない)
私は紙と筆を取り出し、今日の観察結果を書き込む。
皇子の反応、令嬢たちの心理の揺れ、そして自分が操作できる微妙な情報――これを整理すれば、次の戦略は必ず成功する。
「次は北方領に対抗する手を……」
私の声は小さく、誰にも届かない。
だが、その内なる決意は揺るがない。
茶会後の余韻に浸りながら、私は次の目標を定めた。
まずは帝都での影響力を確保し、商会や噂の操作を通じて北方領に対抗する。
レスティーナの都市基盤を完全に把握することはできないが、限られた情報から次の行動を計算することは可能だ。
そして、将来的には皇子の目に再び映る存在となる――
それが、私の次の勝利への道筋だ。
窓の外に広がる王都の街。人々の生活、商人の声、宮殿の灯。
すべてが私の次の策略の舞台になる。
(まだ始まったばかりよ、私の物語は……)
十三歳の小さな身体の中で、計算と野望は渦巻く。
私はヒロインの座を狙い、そして北方領のレスティーナと間接的に競う。
表向きはおしとやかに振る舞い、裏では策略を巡らす――それが私の生きる術だ。
今日のお茶会は敗北でも、挫折でもない。
ただ、次の大勝利への序章にすぎない――そう、私は確信している。




