第87話 策略の破滅
机に広げた報告書を前に、私は思わず息を詰めた。
「……嘘でしょ……」
北方領のレスティーナ――あの少女は、私の行動の先を読むかのように、すべてを無効化していた。
帝都で練り上げた策略も、微妙な情報操作も、商会戦略も、すべてが北方領ではまったく効果を発揮していなかったのだ。
北方領の都市は、人口一万を超え、商業施設や市場、学校、物流ネットワークまでもが完璧に整備されていた。
市民たちは満足し、商人は順調に利益を上げ、都市全体に活気があふれている。
「……どうしてこんなに完璧なのよ……」
報告書を読み進めるたび、私の心は焦燥と苛立ちでいっぱいになる。
レスティーナは、帝都商会での私の微妙な疑念や戦略を察知し、北方領の市場・物流・市民対応を完璧に調整していたのだ。
私が帝都で流した噂や操作は、北方領では逆効果となり、むしろレスティーナの評価を高める材料になっていた。
「こんな……完璧すぎる……!」
頭を抱え、椅子に沈み込む。
これまで元平民として培った策略も、男爵家の後ろ盾も、帝都での商会運営も、北方領の強固な都市基盤には敵わなかった。
情報操作も商会の目立たせ方も、すべて徒労に終わったのだ。
そのとき、書斎の扉が勢いよく開かれた。
男爵が鋭い目で私を睨んでいる。
「リリア・フェルミナ、お前は一体何をやっている!」
肩を落として立ち上がる私に、男爵は机を叩いた。
「報告書を見たぞ! お前の策は、北方領の都市の完璧な運営にまったく通用していないではないか!」
「……申し訳ありません、父上」
声が震える。帝都で必死に策を巡らせた結果、まさか北方領でのレスティーナの都市運営に全て潰されるとは思わなかった。
しかも、この間接戦による帝都商会での損失は大きく、投入した資金の大部分を失ってしまったのだ。
「大損だぞ! 一体どれだけの資金を無駄にしたのか! 私の信用まで危うくなるではないか!」
男爵の叱責が、私の胸に突き刺さる。
帝都で何度も仕掛けた策略、巧妙に操作した噂や商会戦略、それらがすべて失敗し、北方領の都市基盤の前に粉々に打ち砕かれたことを思い知らされる。
「……でも、北方領は、彼女の都市が……」
言葉を濁す私に、男爵はさらに鋭く言葉を重ねた。
「言い訳は聞きたくない! お前がどれだけ頑張ろうと、結果がすべてだ! この損失をどう取り戻すつもりだ!」
頭を抱え、視線を机に落とす。
北方領の都市は、人口一万以上、商業施設や市場、教育施設、物流も完璧。市民の信頼も厚く、帝都の商会戦略を一切寄せ付けない。
その強固な基盤の前に、私の努力は無力だった。
「……敗北……」
深く息を吐き、肩の力を抜く。
帝都と北方領、遠く離れた二つの舞台での情報戦は、完全にレスティーナの勝利で終わった。
私の策略は、北方領の都市の安定性と市民の信頼の前で、大損失とともに粉砕されたのだ。
机の上の報告書を見つめながら、悔しさと焦燥が胸を締め付ける。
北方領で都市運営を完璧にこなし、帝都からの情報や間接攻撃をすべて無効化したレスティーナ――彼女の才覚と実力を認めざるを得ない。
「……でも、まだ終わりじゃない……」
敗北の苦味を噛み締めながらも、私の中には次の策を練る野心が芽生えていた。
大損失、男爵からの叱責、帝都での評価の低下――すべては次の反撃の糧となる。
夜の書斎で、リリア・フェルミナの瞳は鋭く光る。
北方領との間接戦で大敗北を喫したその目には、悔しさとともに再起への渇望が混ざり合っていた。
敗北を知りつつも、彼女の心はまだ戦いを諦めていない。




