第53話 お忍び視察
帝都の朝は早い。
まだ太陽が完全に昇る前、城下町ではすでに店の準備が始まっていた。
石畳の道。
行き交う荷馬車。
パン屋から漂う香ばしい匂い。
露店の商人が木箱を並べ、布商人が商品を広げている。
帝国最大の都市だけあって、朝の活気は他の町とは比べ物にならない。
そんな賑わいの中を、一人の少女が歩いていた。
シンプルなワンピース。
薄いマント。
貴族の令嬢には見えない格好。
レスティーナ・フォン・グランテだった。
もちろん、今日は**お忍び**である。
理由は一つ。
自分の商会を確認するためだ。
帝都城下町に出店した商会。
その名前は――
**メモワール商会。**
レスティーナが設立した商会である。
北方領の産物。
珍しい交易品。
そして――
ネットショップで仕入れた品々。
それらを扱う商会だ。
だが今日は、ただ見るだけではない。
レスティーナは小さく呟いた。
「抜き打ちテスト」
(ググル先生)
『はい』
(準備は?)
『問題ありません』
(よし)
レスティーナは城下町の通りを歩く。
商人。
旅人。
兵士。
様々な人が行き交う。
そしてやがて見えてきた。
二階建ての建物。
木の看板。
そこには綺麗な文字で書かれている。
**メモワール商会。**
レスティーナは少し離れた場所で立ち止まった。
店の様子を観察する。
扉は開いている。
客も数人入っている。
店員が丁寧に対応していた。
悪くない。
(ググル先生)
『接客評価は良好です』
(そうね)
レスティーナは店に入った。
木の床。
整然と並んだ商品棚。
布。
香辛料。
ガラス瓶。
珍しい小物。
そして――
絵本。
ネットショップで仕入れた商品だ。
店員の青年が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ」
レスティーナは少し声を変えた。
「このお店、最近できたの?」
青年は笑顔で答える。
「はい」
「メモワール商会です」
「珍しい品を扱っています」
レスティーナは棚を見ながら言った。
「この瓶、綺麗ね」
ガラス瓶。
透明度が高い。
帝国では珍しい品質だ。
青年は説明する。
「遠方からの交易品です」
レスティーナは頷く。
「高いわね」
「それだけ品質が良いんです」
接客は丁寧。
説明も悪くない。
レスティーナは心の中で評価した。
(合格かな)
その時だった。
店の扉が開いた。
数人の客が入ってくる。
その中の一人。
フード付きのマントを着た少年。
しかしレスティーナはすぐ気づいた。
(……え?)
(ググル先生)
『確認』
『第一皇子アルヴェルトです』
(やっぱり)
レスティーナは内心で頭を抱えた。
どうしてこんなところにいるのか。
しかも――
どう見ても**お忍び**だ。
アルヴェルトは店の中を見回した。
商品棚。
ガラス瓶。
布。
絵本。
興味深そうに見ている。
そして店員に聞いた。
「この店は最近できたのか?」
「はい」
「珍しい品が多いですね」
アルヴェルトは棚の絵本を手に取った。
ページをめくる。
鮮やかな挿絵。
彼は少し驚いた顔をした。
「……面白い」
そしてふと、レスティーナを見た。
二人の視線が合う。
一瞬の沈黙。
アルヴェルトの目が細くなる。
「……君」
レスティーナは小さくため息をついた。
完全にバレた。
「奇遇ですね」
アルヴェルトは笑った。
「本当に奇遇だ」
「グランテ嬢」
店員たちはまだ気づいていない。
レスティーナは小声で言った。
「お忍びでしょう?」
アルヴェルトも小声で答える。
「君もだろう」
レスティーナは肩をすくめた。
「まあ」
王子は店の中を見回した。
「いい店だ」
「珍しい品が多い」
レスティーナは曖昧に答えた。
「そうですね」
王子はガラス瓶を持ち上げた。
「帝国では見ない品質だ」
「どこから来たんだ?」
レスティーナは少し考えた。
「遠い国です」
王子は笑った。
「便利な言い方だな」
そして棚の絵本を見る。
「これも?」
「そうです」
王子はページをめくった。
「面白い」
「子供が喜びそうだ」
レスティーナは言った。
「そうですね」
王子は少し考えてから言った。
「この店、気に入った」
そしてレスティーナを見る。
「今度、北方領にもこういう店ができるのか?」
レスティーナは少し笑った。
「もうありますよ」
王子の目が輝く。
「本当か?」
「はい」
「町の市場にあります」
王子は面白そうに笑った。
「やっぱり視察に行くべきだな」
レスティーナは苦笑する。
お忍び視察。
自分の商会の抜き打ち確認。
そのはずだったのに。
なぜか――
帝国第一皇子と一緒に店を見て回ることになっていた。
レスティーナは心の中で呟く。
(予定と違う……)
(ググル先生)
『状況:想定外です』
城下町の小さな商会。
そこから、また新しい出来事が始まろうとしていた。




