第40話 広がる北方商会
北方領の朝は、冷たい風とともに始まる。
まだ春が遠いこの土地では、朝の空気は肌を刺すように冷たい。だが、町の人々はすでに動き出していた。
井戸の前には水を汲む女性たち。
厩舎では馬の世話をする男たち。
市場では商人たちが店の準備をしている。
ほんの数年前まで荒れ地だった北方領は、今や**人口五百人を超える町**へと変わっていた。
木造の家が並び、畑が広がり、中央には小さな市場もある。
そして町の中央に建つ領主館の一室。
机の前で一人の少女が帳簿を見ていた。
**レスティーナ。**
まだ十歳の少女領主である。
「……売れてるわね」
彼女の前には北方商会の売上帳簿が置かれていた。
エルガルトが隣で腕を組む。
「正直、ここまでとは思いませんでした」
帳簿には数字が並んでいる。
石鹸。
鉄工具。
紙。
どれも帝都や近隣都市でよく売れていた。
理由は単純。
**品質が違う。**
ネットショップから購入した前世品質の商品は、この世界の物より圧倒的に性能が良い。
石鹸はよく泡立ち、香りも良い。
鉄工具は丈夫で長持ち。
紙は白くて書きやすい。
商人たちはすぐに気づいた。
北方商会の商品は**良い物**だと。
レスティーナは椅子に座りながら考える。
(順調ね)
しかし順調すぎるとも言えた。
商売は拡大すればするほど問題が出る。
その時だった。
扉がノックされた。
「失礼します!」
入ってきたのは若い兵士だった。
「何?」
「馬車隊が戻りました!」
レスティーナは立ち上がる。
「早いわね」
エルガルトも続く。
二人は外へ出た。
領主館の前には三台の馬車が止まっている。
御者たちが荷物を降ろしていた。
馬車の横には袋や箱が山のように積まれている。
エルガルトが目を丸くした。
「これは……」
「代金です」
御者が答えた。
「帝都で全部売れました」
袋の中には銀貨がぎっしり入っていた。
さらに荷物もある。
布。
香辛料。
干し肉。
帝都から仕入れてきた商品だ。
つまり。
北方商会はすでに**交易商会**として動き始めていた。
レスティーナは満足そうに頷いた。
「いいわね」
しかしエルガルトは真剣な顔をしていた。
「問題があります」
「何?」
「馬車が足りません」
レスティーナは一瞬考える。
「確かに」
今の物流は三台の馬車。
だが需要は増えている。
帝都の商人たちはもっと商品を欲しがっていた。
「十台は必要ですね」
エルガルトが言う。
「御者も護衛も足りません」
レスティーナは腕を組んだ。
だが答えはすぐ出た。
「増やしましょう」
「簡単に言いますね……」
エルガルトは苦笑した。
だがレスティーナは平然としている。
なぜなら――
北方領には**人がいる**。
逃亡農奴。
移民。
仕事を求める人々。
レスティーナは広場を見渡した。
多くの人が働いている。
「仕事を増やせばいい」
レスティーナは言った。
「御者を育てる」
「護衛を増やす」
「馬車も買う」
エルガルトが首を傾げた。
「金は?」
レスティーナは笑った。
「あるでしょ」
さっき届いた銀貨の山。
それだけで十分だった。
その日の午後。
町の広場に人々が集められた。
レスティーナは再び木箱の上に立つ。
「北方商会を拡大する」
ざわめきが起きた。
「馬車隊を増やす」
「御者を募集する」
「護衛兵も増やす」
人々の目が輝いた。
つまり――
**仕事が増える。**
北方領では仕事は貴重だった。
レスティーナは続ける。
「さらに倉庫を建てる」
「商人用の宿屋も作る」
商人が来やすい町にするためだ。
交易都市の基本。
エルガルトは小さく呟いた。
「……都市計画ですね」
レスティーナは頷いた。
「そう」
商会は町を変える。
物流ができる。
人が集まる。
市場が広がる。
そして――
**都市になる。**
その夜。
レスティーナは部屋で一人考えていた。
(次の商品は……)
ググル先生を呼ぶ。
(おすすめは?)
『衣類、ガラス製品、保存食などが有望です』
「なるほど」
レスティーナはメモを書く。
商品を増やす。
馬車を増やす。
市場を広げる。
北方商会はまだ始まったばかり。
だがこの小さな商会は、やがて帝国の経済を動かす存在になる。
レスティーナは窓の外を見た。
町の灯りが広がっている。
五百人の町。
だが将来は――
五千人。
いや、もっと増える。
その未来を想像しながら、レスティーナは小さく笑った。
「面白くなってきたわ」
だがその頃。
帝都では。
机を叩く音が響いていた。
「また赤字!?」
金髪の少女が帳簿を睨んでいる。
**メアリー・スー。**
彼女の新しい商会もまた破産していた。
しかし彼女はまだ知らない。
北方で成長する小さな商会が、やがて帝国中に広がることを。
そしてその中心にいるのが――
レスティーナであることを。




