第33話 北方再建計画
アルヴェルトたちの姿が廊下の向こうへ消えると、宮殿の空気は再び静けさを取り戻した。
磨かれた大理石の床に、窓からの光が長い帯となって伸びている。
エルガルトはしばらくその方向を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……本当に驚きました」
「まだ言うの?」
レスティーナは肩をすくめた。
「だって驚きますよ」
エルガルトは苦笑する。
「第一王子が、あんなに長く会話をするなんて」
「そうなの?」
「ええ」
エルガルトは頷く。
「殿下は幼い頃から聡明ですが、同時に寡黙でもある方です」
「ふーん」
「貴族の子供ですら、あれほど話すことは珍しい」
レスティーナは軽く笑った。
「ただの世間話よ」
「そうは見えませんでした」
エルガルトは真面目な顔をして言った。
「殿下はあなたを観察していました」
「観察?」
「はい」
レスティーナは少し考える。
だがすぐに結論を出した。
「まあ、別にいいわ」
「いいんですか?」
「皇族が誰を観察しようと自由でしょ」
エルガルトは少し呆れた顔をした。
「普通の貴族なら震え上がりますよ」
「普通じゃないから」
レスティーナはあっさり言った。
それから廊下を歩き始める。
窓の外には帝都の街並みが広がっていた。
高い塔。
白い城壁。
遠くには広い市場の屋根。
帝国最大の都市。
人口は数十万とも言われている。
レスティーナはその景色を眺めながら、心の中で呼びかけた。
(ググル先生)
『はい』
脳内に落ち着いた声が響く。
人工知能ググル先生。
レスティーナの持つ特殊スキルの一つだ。
(北方領の情報、整理して)
『了解しました』
すぐに情報が整理されていく。
『北方領
帝都から北西約三百キロ
寒冷地帯
人口:反乱後に激減』
さらに情報が続く。
『三年前
地方貴族の反乱発生』
『二年前
飢饉』
『現在
農地の約六割が放棄』
(……ひどい)
レスティーナは心の中で呟いた。
荒廃した土地。
人もいない。
貴族も逃げた。
普通なら捨てられる領地だ。
だからこそ皇帝は命じたのだろう。
レスティーナに。
(期待半分、試し半分)
『その可能性が高いです』
ググル先生が静かに答える。
エルガルトが隣で言った。
「北方領のことを考えているのですか?」
「ええ」
「どうします?」
レスティーナは迷いなく答えた。
「再建する」
「……方法は?」
レスティーナは少しだけ笑った。
「もう決めてる」
「え?」
「まず人を増やす」
エルガルトは頷いた。
「農民ですね」
「そう」
レスティーナは指を一本立てる。
「逃亡農奴」
「やはりそれですか」
帝国では農奴制度が存在する。
農奴は土地に縛られた労働者。
だが重税や貴族の圧政から逃げ出す者も多い。
彼らは帝国中をさまよっている。
レスティーナは言った。
「土地はある」
「働く人がいない」
「なら来てもらう」
エルガルトは頷く。
「確かに合理的です」
レスティーナはさらに続けた。
「次は食料」
「農地が荒れてます」
「だから最初は輸入」
エルガルトが少し驚く。
「輸入ですか?」
「ええ」
レスティーナは窓の外の市場を見た。
「帝都には食料が溢れてる」
「それを北方へ運ぶ」
「農民が増えれば農地を復活できる」
エルガルトは腕を組んだ。
「……資金が必要ですね」
レスティーナは笑った。
「あるわよ」
エルガルトは首を傾げた。
「どこに?」
レスティーナは小さく呟いた。
「ネットショップ」
エルガルトには聞こえない声だった。
だがレスティーナの目の前には、半透明の画面が現れる。
そこには商品一覧が並んでいた。
塩。
砂糖。
保存食。
鉄器。
工具。
布。
紙。
前世の通販サイトのような画面。
レスティーナのもう一つの能力。
(ググル先生)
『はい』
(保存食の仕入れ価格)
『非常に安価です』
(いいわね)
レスティーナは心の中で笑う。
この世界では保存食は高い。
だがネットショップなら、信じられないほど安く手に入る。
それを北方に持ち込めば――
(開拓できる)
エルガルトが言った。
「どうしました?」
「いいえ」
レスティーナは軽く首を振った。
「勝算が見えてきただけ」
エルガルトは少し驚いた顔をした。
「もうですか?」
「ええ」
レスティーナは歩きながら言った。
「まず北方に行く」
「農民を集める」
「食料を確保する」
「農地を復活させる」
そして小さく笑った。
「ついでに商売もする」
「商売?」
「北方は資源が多い」
エルガルトは頷いた。
「木材、毛皮、鉱石」
「そう」
レスティーナは言う。
「それを帝都に売る」
「……なるほど」
エルガルトは感心した顔をした。
「領地経営と商業を同時に行うわけですね」
「そういうこと」
廊下の出口が見えてきた。
外には馬車が待っている。
帝都を出る準備だ。
レスティーナは空を見上げた。
青い空が広がっている。
(北方領)
荒れた土地。
人のいない村。
だが――
(やりがいがある)
前世では普通の人生だった。
会社員。
毎日同じ仕事。
同じ生活。
だが今は違う。
領地を持ち。
人を集め。
街を作る。
(まるでゲームみたい)
レスティーナは小さく笑った。
その時、脳内でググル先生が言った。
『レスティーナ』
(なに?)
『第一王子アルヴェルトについての情報があります』
(へえ)
『先ほどの会話』
『殿下は非常に興味を持った可能性があります』
(そう?)
『将来的に北方領を訪問する確率』
『高いです』
レスティーナは少しだけ驚いた。
(本当に来るかもね)
十歳の王子。
だが未来の皇帝。
その人物が自分の領地を見に来る。
レスティーナは笑った。
「なら」
エルガルトが聞く。
「何ですか?」
レスティーナは言った。
「北方をすごい領地にしないとね」
「殿下のためですか?」
「いいえ」
レスティーナは即答した。
「私のため」
そして馬車に乗り込む。
皇帝の命令。
北方領の再建。
荒れ果てた土地。
だがレスティーナの胸には、不思議と不安はなかった。
むしろ――
わくわくしていた。
こうして。
転生少女レスティーナによる北方開拓計画は、静かに動き始めたのである。




