第14話 お風呂回ですよろしくご査収ください
浴室は、着替えや休憩をするための前室と、大きな浴槽と洗い場がある風呂場に分かれていた。前室にはきれいな壁紙が貼られ、大理石の調度品やソファもあり、かなり贅を凝らした造りである。
浴室の方は、大きな衝立があるため、ここからは中をうかがえない。
すでに日は暮れ、高い位置に開けられた小さなガラス窓からは、夜空が見えている。室内は夜光石という蓄光能力を持った人工宝石が照明として使われ、ほの明るい。
「自分の部屋より上等だな……」
「さすが、銀貨10枚だけのことはあります」
「じ、10枚?! 行水1回で銀貨1枚なのに……すごい贅沢だ」
ミーシャは思わず声を上げた。銀貨10枚は、当時の大工の1日分の日当にあたる。現代日本なら、おおよそ6000円ぐらい。ちなみに銀貨50枚で金貨1枚である。
「エリサ……こんな贅沢して、大丈夫なの?」
「大丈夫です。私も、普段は行水ですから。今日は特別です」
2人は前室内のソファに座ると、ちょっとだらしなく足を投げ出してくつろいだ。
「さすがにここで寝ちゃダメだそうですけど、時間に制限はないみたいです。壁の伝声管から、受付につながっていて、色々お願いもできるみたいですよ」
「すごいなあ。世の中にはこんな贅沢があるんだ」
やがてエリサは、ぴょこんとソファから起き上がり、衝立の向こうの浴室を覗き込んだ。
振り返って「お風呂場の中も明るいですよ」と、ソファに座って落ち着きなく過ごしているミーシャに向かって言った。
「ミーシャさん、お湯が冷めちゃうともったいないですから、入りましょうか」
「え、あ、うん。そうしようか」
前室の衝立の後ろに、脱衣籠がおいてあった。それとは別に衣装掛けもあるのは、富裕な者の装束を吊るしておくためだろうか。ミーシャとエリサは、隣に並んで服を脱ぎ始める。
エリサは白い儀礼服めいたローブを頭から脱ぐと、ハンガーを通して衣装掛けに吊るす。ローブの下は、亜麻のワンピース。色は生成りだが、おろしたてのようにさっぱりしている。
(エリサ、意外と大胆に脱ぐなぁ……まあ、女同士だし)
一方のミーシャは、緋色のチュニックとくるぶしまでのズボンを脱ぐ。下着は亜麻製のノースリーブに黒で染めたショートパンツ。これは動きやすさ重視の、男性の下着を模倣したものだ。
尾籠な話だが、この時代、きれい好きの者でも下着は3~4日に1回、普通は7~10日程度に1回着替える程度だ。荒くれ者の冒険者、傭兵連中の場合は……まあ想像しない方がいいだろう。
しかし、そうなるとそれなりに、下着の色が生成りや白では汚れが目立つ。ミーシャは冒険者ではあるものの、その辺りは当世普通の女性よりも気にする方で(やむを得ず着替えることができない場合もあるだろう)、わざわざ下着を染めたものを注文して、ごまかしていた。
ミーシャは、下着姿になると、浴室の中を観察した。室内は、目の細かいタイル張りが施されていて、向こう正面、壁と一体化して、半円状の浴槽がある。
すでに十分な湯が張られており、湯気がもうもうと立っている。壁から銅管が出ていて、蛇口をひねると湯が出る仕組みになっているそうだ。
「いやー、中もすごい……って! ちょっと!」
振り返ってエリサの方を見たミーシャは、目を疑った。
エリサは、一糸まとわぬ姿だったからだ。
かすかに桃色がかった、傷ひとつない白絹のような肌。ほっそりとした四肢と腰つき、柔らかそうなおなか。胸の膨らみはほんのわずかだが、形よくうっすらと双丘を作り、色素の薄いその先がある。
首から下は、つるつるとしていて、まるで子どものようだ。17歳という年齢なら当然あるだろう茂みどころか、無駄毛ひとつ生えていない。
(ヤバい。プニプニしてる。触りたいっ……)
「どうしました?」
エリサは不思議そうな顔で、ミーシャを見る。
「あ、いや、お風呂入るのに、全部脱ぐの?」
「ミーシャさんは脱がないんですか?」
「いや、下着のままで入るのが普通じゃない?」
「そうなんですか? 師匠は全部脱いで入ってたので、それが普通かと思ってました」
エリサはそう言うと、ワンピースを手にして着直そうとする。ミーシャは、それを制止して、
「そのままでいい! えっと……じゃあ2人だけでお風呂のときは、全部脱いでもいいけど、他の人がいるときは、周りの人に合わせて、下着は着たままにしよう」
と、ミーシャは、エリサの裸身を一人占めしたいという下心を隠しつつ、もっともらしいことを言った。
「ミーシャさんは、そのままでお風呂入ります?」
エリサが、あどけない笑顔でそう尋ねる。ミーシャは一瞬ためらったが、意を決して、下着を脱いだ。
日焼けをした筋肉質の体躯に、全身に走る細かい傷跡。手足はすらりとしていて、無駄な肉はついていない。腹筋も、エリサとは違ってうっすら割れている。
胸は手のひらに少し余る程度だが、それでもエリサよりは大きい。ただ、大きいと仕事の邪魔になるから、これでいいと自分では思っている。
冒険者稼業はケガがつきもので、大きな傷こそないものの、切れたり引っかいたり、こすれたり。あちこちに傷跡が残っているのはベテランの証でもある。
とはいえ、それは自分の女性としての美しさに、大きなマイナスを与えるものだ、とミーシャは思っている。けして自分は美人な方では無いけれども、こうも傷が多いのは、年頃の乙女としては気になってしまう。
(エリサと比べると、同じ女なのに、絹と麻布ぐらいの差があるなぁ)
ミーシャは無意識に、右目の下の傷跡を指で撫でた。
「ミーシャさん、きれいですね」
「えっ。アタシのどこが?」
「体です。手足がすらっとしていて、きりっとしていて、長くって。なんだろう、無駄を徹底的にそぎ落とした職人の道具みたいな、そんな美しさです」
「そんなこといわれたの、はじめて」
「えー。だって、ほら、わたしなんか、こうですよ?」
エリサはそういうと、右手に持った手拭いで体を隠して、左手で力こぶを作る……いや、作ろうとした。全然ぷくっともふくれていない。
「触ってみてくださいよ。全然ですから」
「え、触って……いいの?」
ミーシャがたじろぐと、エリサはきょとんとして「どうぞ」と返す。
壊れ物でも触れるかのようにミーシャがエリサの左の二の腕にさわると、ふにょん、とした、練った小麦粉のような感触があった。
「や、やわらかい」
「もう、全然力がなくて。これもずっと魔法の修行ばっかりしていたせいですよ」
そういって、エリサはいきなりミーシャの二の腕に触れる。
「きゃっ」
「こうです。こういう、筋肉の形がしっかりわかるような……そういう感じになりたいんですけどね」
ふにふにさわさわとエリサの指がミーシャの二の腕を撫でまわす。ぞわぞわとした繊細な感覚が、ミーシャの背骨を駆け抜けた。
「ちょっ……エリサ、くすぐったい……」
「あっ、ごめんなさい。あまりにもきれいだったからつい……」
ミーシャの苦情に、慌ててエリサは手を引っ込めた。
ミーシャは、顔を赤らめつつも、ちょっと残念そうな表情で、
「じゃあ。風邪ひかないうちにお風呂はいろっか」
とエリサに言った。
平日月・水・金の朝7時過ぎ更新です!
もしよろしければ、評価、ブックマーク、感想などお寄せいただけるとありがたいです!
レビューやSNSでシェアしていただけると、とてもうれしいです。
では、また次回もよろしくお願いします!