第13話 もやもやミーシャさん
くすん、くすんとぐずりながら、ベッドサイドで体を丸くして座っているミーシャの背中を、エリサは一所懸命になでていた。
「まぁまぁ、ミーシャさん。お金は、次に会ったときに返してもらえばいいんですから」
「……無理だよ。アイツに貸した金は返ってこないって有名だもん」
「……食堂の修理代を払っても、まだ金貨27枚もあるんですよ」
「でも、本当は金貨60枚だったもん。つらい」
「うんうん、つらいですよね。わかります」
「いや、わかってないと思う……」
ミーシャはジト目でエリサを見た。
「お金ならまた稼げばいいんですよ。大丈夫ですって」
「でも、あんな大物、次はいつ倒せるかわからないもん」
「じゃあ一緒に狩りに行きますから。ねえ、泣くのはもうやめましょう?」
「やだ。狩りになんか行かない。ベルンハルトを見つけ出して、絶対殺す」
「殺すだなんて、物騒なことはいわないでー。うーん、困りましたね」
エリサが心底、困った顔になっているのを見て、ミーシャも困ってしまった。
(あんまりエリサを困らせちゃダメだよな。あーなんてカッコ悪いんだろ、アタシ。自分からケンカ吹っ掛けておいて負けちゃうし、守ろうとしたエリサには逆に守られちゃうし。そのくせ、こうやってエリサに慰められてるし。だだっこみたいでマジ最悪。大人なんだから、自分の機嫌ぐらい自分で取らなきゃ。あーでも、困り顔のエリサもかわいいなあ。なんかおろおろして、一所懸命に慰めてくれようとしているのもマジでかわいい。あー、なんだかいじわるしたく……って、何考えてるんだバカ!)
「……シャさん? ミーシャさん? どうしたんですか? 頭ぶつけたところが痛みますか?」
ミーシャが我に返ると、すぐ間近にエリサの桃色の瞳があった。魂を吸い込まれるような、透明な瞳。
ミーシャは、その瞳を見ていると、頭が余計にくらくらして、どうにかなってしまいそうな胸の高鳴りを感じる。
(ダメだ、魔女の【魅了の邪眼】か……?)
エリサを抱きしめて、キスをしたい――なんていう、今まで生きてきて感じたことがなかった、激しい焦燥感と切迫感にミーシャは身をよじった。
だが、ミーシャの獣性よりも、理性がごくわずかに優勢だった。獣になろうとする情動をぎりぎり押しとどめる。
「だ、大丈夫。痛くないし、ケガは何ともないから。……ごめん、なんか守ろうとして、逆に守られちゃって。カッコ悪いよね」
ミーシャがそう言葉を絞り出すと、エリサは困り顔から一転、にぱっと笑顔になり、
「ううん。ミーシャさんが助けにきてくれて、とてもうれしかったです! それに、カッコよかったですよ! 周りの方たちも、みなさん、すごく驚いてたし」
といった。
「でもまあ、負けは負けだよ。次会ったときは、必ず勝ってやる」
ミーシャはそういうと、照れ隠しに鼻をこすった。
だが、次の瞬間、ミーシャのかろうじて獣性に勝利した理性へ、エリサが爆弾を放り込む。
「ミーシャさんが元気になってよかった。じゃあ、お風呂、一緒に行きましょう!」
◇
受付でなぜか不機嫌そうな表情のリリーから鍵をもらい、ミーシャは厨房の裏手にある浴場に向かっていた。
「ここ、お風呂があるって聞いたから、一緒に入ろうって思ったんです」
鼻歌交じりで先を行くエリサ。ミーシャは、どことなく現実味がなく、ふわふわしていた。
確かにこのギルドには、浴場がある。だが、普通の場合は、洗濯場を兼ねていて、一応男女別ではあるが、設備はタライに水を張って行水するぐらいでしかない。
それでも、冒険者の中できちんと入浴するのはごく少数だ。ほとんどの場合、前にいつ風呂に入ったのか、定かではない連中の方が多い。中には「風呂に入ると風邪をひく」と考えている者もいて、それはこの世界では、結構ごく自然に信じられていることだった。
それが、わざわざ鍵を受け取って使う風呂……というと、富裕客用の浴室ということになる。
たいていの場合、貴族や高位の聖職者、裕福な商人が旅をする場合、その土地の顔役の屋敷に投宿するのだが、なかにはそういう伝手を持たず、ギルドに泊まる者もいる。そうした客は、入浴の習慣があったとしても、まさか他の客と一緒にタライで行水というわけにはいかない。そこで、そういう一部の客用に、わざわざ浴室が用意されているのだ。
しかし、今のミーシャにとって、そんなことはどうでもいい。
(エリサと……お風呂!)
考えただけで、顔が赤くなる。もんもんとした情動が沸き起こり、頭がぼうっとしてくる。
「……師匠は、お風呂によく入ってたんです。ぬるいお湯が沸き出る泉があって、よくそこに行ってました」
「へえ、それって温泉だね。珍しい」
「温泉っていうんですか。それって珍しいんですね?」
「そうそう。このへんじゃ見かけないね。北の方とかに行くとあるみたいだけど」
なんとなくそわそわしながら、ミーシャは足早に廊下を歩く。
廊下の突き当りに、立派なドアがある。リリーから受け取った鍵をカギ穴に差し込むと、ガチャリ、と音がしてドアが開く。
「アタシ、ここ来るのはじめて。普段は行水だから」
ドアを開きながら、ミーシャが言う。ミーシャは冒険者ながらもきれい好きな方で、普段は2,3日に一度は行水を使う。依頼から帰ってきてほこりなどにまみれたときなどは、その日のうちに行水をしないと、食事も睡眠もとりたくない、というほどだ。
「うわぁ、きれいですね」
部屋の中に入るなり、エリサは声を上げた。
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