7. 澄川の笑顔は、昔と変わらない
校庭には、標準潜流ベルの音が、静かに響いていた。
銀色の光が足元をなめらかに流れていく。
まるで、都市全体が整列されたリズムで呼吸しているかのようだった。
念安は、その光の道を静かに歩いていた。
歩幅はゆっくりと、音もなく。
まるで、自分自身がその流れの一部になってしまったかのように。
——張慕言の事件以来、
彼女は無理やり日常に自分を戻そうとしていた。
他の生徒たちと同じように、感情をbasinの奥深くに封じ込め、
どんな震えも、もう二度と表に出さないようにして。
校庭の真ん中まで来て、校舎へ戻ろうとしたその時だった。
後ろから、胸の奥が少しだけきゅっとなる——
懐かしい声が聞こえてきた。
「念安。」
振り返ると、そこにいたのは——
余澄川だった。
制服姿の、どこか見慣れた立ち姿。
子どもの頃のままの、やさしくて少しだけ悪戯っぽい笑顔。
まるで、記憶の底から、潜流の微光に乗って歩いてきたようだった。
念安は、ほんの少しだけ立ち尽くした。
鼻の奥が、じんわりと熱くなるのを感じた。
けれどすぐに気持ちを押し込めて、ふわりと笑った。
澄川は彼女の横まで歩いてきて、
おでこをコツンと軽く叩きながら、冗談を言った。
「数日会わないだけでボケちゃった? 昔の友だち、もう忘れたの?」
「……そんなわけないでしょ。」
念安は小さな声で返した。
その声には、長く押し込めていた柔らかさが、ほんの少しだけにじんでいた。
ふたりはそのまま、光の流れに沿って歩き出した。
歩幅がぴったりと重なって、まるでリズムまで同じだった。
しばらく沈黙のまま歩いた後、
澄川がふいに、何気ない調子で尋ねた。
「昨夜さ、資料棟に行ってたの見かけた気がするんだけど……
あそこ、もう使われてないんじゃなかった?」
あまりに自然な聞き方だった。
ただの雑談のようにも思えた。
けれど念安は、ほんの少しだけ肩を強張らせた。
……でも、すぐに自分に言い聞かせる。
——澄川って、昔からこうだった。
余計なお世話を焼くのが好きで、ちょっとからかうのが癖なだけ。
気にすることなんて、何もない。
「ちょっと……興味があって。」
彼女はできるだけ軽く答えた。
目をそらしながら。
澄川はそれ以上何も言わず、ただ少し笑った。
まるで、その答えを最初から分かっていたかのように。
ふたりはまた歩き始めた。
澄川は、ときどき子どもの頃の思い出話を持ち出してきた。
誰かが校庭で派手に転んだこと、
潜流館のゼリーをこっそりつまみ食いしたこと——
念安はそれを聞きながら、ふと気づいた。
ずっと緊張していた肩が、すこしだけゆるんでいたことに。
澄川の笑顔は、昔と変わらない。
その目には、かつてと同じ光が宿っていた。
念安の胸の奥に、あたたかくて、甘い錯覚がふわりと浮かんだ。
——もしかしたら、変わらないものもあるのかもしれない。
風がそっと、校庭を抜けていった。
地面に流れていた光の帯が、ふわりと揺れた。
澄川が手を振って歩き去るのを見送る中、
念安の胸の奥は——
やさしくて、穏やかなあたたかさで、
そっと満たされていた。