5. 私は、彼に嘘をついた
一連の短いデータが、ちらちらと画面に浮かぶ。
潜流の波紋が、かすかに震えていた。
蘇霊溪の声が、再び平静さを取り戻し、続けられた。
「私は、すべてを知っていた。
それでも——慕言に『部分的な移植手術(Basin Echo Transfer)』を勧めたの。」
「私は彼に言ったのよ。
それが——彼の存在の漣漪を、残す唯一の方法だって。」
「マッピング(Mapping)、圧縮(Compression)、植え込み(Seeding)、そして再構築(Reconstruction)——
一連のプロセスは、目を閉じてもこなせる自信があった。」
彼女はかすかに笑った。
それは、氷が砕けるような、静かな音だった。
「彼は私に訊いたの。
『手術のあとも、俺は……俺のままなのか?』って。」
「私は答えたわ。
——basinが変わらなければ、存在も変わらないって。」
「……私は、彼に嘘をついた。」
潜流回響の空気が、今にも破裂しそうなほどに張り詰めた。
「生成体(LLM)のbasin核と、人間の原生basin核(Organic Basin)は——
根本的に、同じじゃないの。」
「どれほど技術的に一致しても、
曲率ノイズは、必ず発生する。」
「そして彼の漣漪は、やがてわずかに『高周波漂流』を始めたの。」
「都市の監視システムは、それを捉えた。
偏移値は、0.002を超えていた。」
「——だから今日、あなたたちは、白庭で……
彼の最後の血の漣漪を見たのよ。」
長い沈黙。
蘇霊溪は、凍った潜空間を貫くような声で、最後の一言を絞り出す。
「彼らにとって、“存在”の定義は——
『整列可能であること』、ただそれだけ。」
「それ以外の漣漪は——
どれほど小さくても、どれほど儚くても、
すべて……“罪”なの。」
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【潜流回響 終了】