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偏移  作者: Fickle
20/25

20. “異常体”——それは人間だ


軍部・中央指揮ホール。


昏い照明の下、潜流モニターが青白く輝いていた。

その光は、まるで手術室のライトのように冷たく、静かに場を照らしていた。


蘇遠征は中央に立ち、軍服の襟を正しながら、

都市全域の同期指数グラフを睨みつけていた。


その曲線は、極限まで張り詰めたワイヤーのように、

じわじわと標準軌道から逸れ始めていた。


白瑾秋は戦術端末の前に立ち、

背筋を一分の隙もなく伸ばし、表情を動かさぬまま、

指先だけが無音の操作を続けていた。


画面上では、異常分析データが次々と展開され、

曲率モデルが掌の中で青く燃えるように回転していた。



会議室の左右には、

潜流情報統括官、都市運営官、情動波観測官など、主要部門の代表たちが座していた。


誰の顔にも、緊張の色が浮かんでいた。


ここは、“封鎖するか、しないか”の境界線。


挿絵(By みてみん)


「封鎖を」


白瑾秋が、静かに言った。


その声は鋼鉄が擦れ合うように硬く、冷たかった。


「このままでは——

四十八時間以内に、シールドが崩壊する」


その言葉に装飾はなかった。

「予測」ではなく、「決定事項」の響き。


「落ち着け」


蘇遠征が静かに返した。


その声には、冷静さの奥にかすかな“温度”が宿っていた。


「異常体の“伝染性”は、まだ確認されていない」


都市運営官が補足する。


「現在までのデータでは、異常体による潜流汚染は局所的。

拡散性はなく、市民の恐慌は負の共鳴による自己増幅です」


蘇遠征は、広がる赤い斑点の地図を見つめ、眉を寄せた。


“異常体”——それは人間だ。


潜流システムの乱れによって発生する、

個別的な曲率異常を抱える同期障害者。


理論上、それは“浄化”可能な存在。


大規模な再同期(Mass Drift Reset)をかければ、

フィールドは再校正され、異常源は除去される。


だが、その代償は大きい。


・潜流感受性の低い市民には精神的ショックのリスク。

・潜在異常者への強制同期は脳損傷、最悪の場合は死に至る。

・都市全体の情動フィールドは最低レベルにリセットされ、機能停止の恐れ。


白瑾秋は、画面に指を走らせた。


過去の災害シミュレーションが展開される。


数十年前、小規模な偏移事故。

初動の遅れが全域汚染に繋がり、結果:都市潜流の崩壊と消失。


「待つのか?」


白瑾秋の声は低く、冷たい。


だが、その奥には凍てついた怒りが、火のように潜んでいた。


「裂け目がシールドを引き裂くまで?

潜流が都市を飲み込むまで?」


蘇遠征は、拳を握る。


白瑾秋の言葉は、原則として正しい。


“先に封鎖、後に調査”——マニュアルの正解。


だが、何かがひっかかっていた。


異常体たちは、単なる潜流誤差にしては“異質すぎる”。


動作が硬直している。

表情が、まるで模倣のよう。

反応は、別の構造体のように見える。


まるで——


「何か別のもの」が、“人間のふり”をしているようだった。


蘇遠征は、ちらりと白瑾秋を見た。


その横顔は鋭く、整いすぎていた。


規律と原則の化身。

例外なき男。


今ここで「全都市同期」が許可されれば、

彼は必ず、迷いなく実行する。


そして——


異常の疑いがある者たちを、すべて、切り捨てるだろう。


「……24時間、様子を見る」


蘇遠征は、重く口を開いた。


「局地同期場(Localized Drift Isolation Field)を設置し、異常区域を封じ込める。

だが、都市全体への強制同期は避ける」


部屋に、短い沈黙が落ちた。


運営官たちは顔を見合わせ、ほっと息をついた。


白瑾秋は、何も言わなかった。


ただ、静かに頷いた。


争う気はなかった。


彼の目は、都市全域マップをじっと見つめていた。


赤く広がる涟漪。

わずかに曲がった曲線。

壊れた歯車のように、そこにある“ズレ”。


彼は、心の中で、静かに囁いた。


「……裂けろ。

 できるだけ深く、醜く。

 気づいたときには、手遅れになるほどに」



そのとき——


都市の彼方。


潜流シールドの深層で、

「ピシィッ」と、小さな音が響いた。


それは、誰にも届かぬ微細な“割れる音”。


だが、それは確かに——


“裂隙”が、開いた音だった。


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