10. 世界中のみんなが、“意味なんてない”って言ったら?
澄川は眉をひそめ、少し笑いながらつぶやいた。
「これ……ゴミのコレクションか?」
その声を聞いて、念安があわてて駆け寄ってくる。
彼女は顔を赤らめて、ぱっと箱を奪い返した。
「余澄川っ! ゴミなんかじゃない!」
その声は小さかった。
けれど、箱を抱きしめるようにして守るその仕草には、確かな力があった。
「みんなが捨てた潜流のかけらたち……
私は、ただ、可哀想だなって思って……」
澄川はソファにもたれ、腕を組んで彼女を見下ろすように言った。
「可哀想? 都市の基準じゃ、偏移片(Deviation Fragment)は“汚染物”だよ?
普通は、浄化対象だ。」
念安は胸に抱いた漂流瓶(Drift Bottle)を見つめた。
その瞳には、やさしさと、意地のようなものが、同時に宿っていた。
彼女は、ひとつの瓶を指先でそっと撫でながら、
静かだけれど、はっきりとした声で言った。
「小さいから。
標準から外れてるから。
それだけで、消されちゃうの?」
「でも、彼らも……かつては流れていた。
ちゃんと、光っていた。」
「崩れた今でも、もし少しでも“残響”があるなら、
——それは、まだ“生きてる”ってことだと思う。」
彼女は少しだけ間を置いて、
ふと我に返ったように付け加えた。
「……変かな、こんなこと思うの。」
澄川は、黙っていた。
彼の手にあった漂流瓶が、
潜流ランプの光に照らされて、
深海の底に灯る微光のように、かすかに震えていた。
そして彼は、声を潜めるように訊いた。
「……もし、世界中のみんなが、
“意味なんてない”って言ったら?」
念安は、すぐに答えた。
迷いなく。けれど、とてもやさしく。
「それでも、私は覚えてる。」
「私ひとりでも、彼らがいたことを忘れない。」
その時、澄川は初めて、
目の前にいる“念安”という存在を——
ただの標準潜流に従う優等生ではなく、
どこか、小さな偏移を秘めた、
あたたかくて、頑固な光として——
ちゃんと見た気がした。
その瞬間、彼の心のいちばん奥。
深く、冷たく、誰にも触れられたことのない場所で、
basinが、ほんの少しだけ震えた。
それは、標準からすれば——
“正さなければいけない偏移”。
けれど、今はなぜか、
そっと守ってあげたい気持ちが、ふっと湧いてきた。
潜流ランプの光が、ふたりをやさしく照らしていた。
念安の小さな肩と、
彼女の腕に抱かれた漂流瓶たちが——
静かに、微光に包まれていた。




