第五十二話 元凶
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花と桜が風呂から戻ってきたのだが、花が寝ているらしく桜が引きずってきている。花を受け取りソファに運び横にする。
「じゃあ私と藍は風呂に入ってくるよ」
「遼兄ぃも一緒に入る?」
「いや、俺はこの惨状を片付けておく」
二人が風呂に向かったのを確認し、俺はみんなが飲んでいた缶チューハイを全て捨てた。ついでにクーラーボックスに入っていたものは冷蔵庫に入れておく。まだ結構余っているが姉さんが全部飲んでくれるだろう。
俺が片づけをしている間、桜は何かする訳でもなくソファの下で体育座りをしていた。小柄な体がさらに小さく見えて何だか守ってあげたい気持ちに駆られる。
俺は桜の隣に座った。頭を撫でたり抱き寄せたりするのではなく、何も言わず、何もせずただ隣に座った。何か言いたいことがあるから小柄な桜が小さくなっているのだろう。しばらく桜が話すのを待っていると口を開いた。
「花も、今の私と同じ気持ちだったのかな?」
言いたいことはなんとなくだがわかる。おそらく海でのことだろう。桜が俺にキスしてきた時に近くに花がいたのはそれ以外では考えられない。
ここで俺が何か言うのは違う気がする。黙ったまま桜の続く言葉を待つしかない。リビングに寝ているみんなの寝息しか聞こえない。
「私、花にこんな思いさせていたんだ」
泣きそうな声で呟く。俺にはその気持ちを共感できない。優しくすることはできるのだが、今は桜を苦しめるかもしれない。こんな状態の子に優しさは毒だ。下手したら壊れてしまう。
抱きしめたい気持ちが押し寄せてくるが、それは桜に取って残酷な行動になると考え思い留まる。俺に今できることは、桜の話を聞いてあげることしかできないのだ。
「私、一体どうすればいいの? 花と傷つけあう関係なんて、嫌だよ」
俺もそんな二人の関係性は嫌だ。二人は仲良くしてほしいし、これまでの関係を続けてほしい。俺のせいで二人が傷ついている。
やはり二人と距離を取ったほうがいいのかもしれない。それで二人が悲しまないのなら俺はそれでいい。あさってからは二学期、タイミング的もちょうどいいだろう。
ただ、今は桜の隣にいてあげよう。一人にさせたらきっと泣いてしまう。好きな子を泣かせたくは無い。俺が元凶なのは間違いないのだがそれでもだ。
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しばらくすると姉さんと藍が風呂から上がり、リビングに戻ってきた。姉さんは俺と桜を見るなり、舌打ちをして俺を呼び出した。
「藍、桜を頼むよ」
藍は何も聞かず、ただ頷いて桜の隣に座る。俺は二人に微笑みを投げかけ姉さんと廊下に出る。何を話すのかと思ったのだがそのまま姉さんの部屋まで連れて行かれた。
部屋に入り扉を閉め、姉さんと向かい合うとそこには鬼がいた。いや、鬼の形相の姉さんだ。
「お前、桜に何をした」
殴られるかと思ったのだが、俺に言葉を投げかけてきた。ドスの効いた声でわかるのだがなぜ姉さんが怒っているのだ?
「何もしていない。花とのキスを見て落ち込んでいるみたい」
「そんなことはわかる。で、お前は何をした」
「何も、してグボワゥ!?」
姉さんは俺の言葉を待たずして、ボディーブローを俺の体に打ち込んだ。いつものより痛い。食べたものを吐き出しそうだ。
「どうして何もしなかった?」
俺が聞きたいのはどうして姉さんがここまで怒っているかだ。桜を気に入っているからという理由があるにしろこれは異常なほど肩入れしすぎだ。
「どうして桜にキスしてやらん」
「俺は……今の桜に優しくしたら彼女が壊れてしまうと思ったんだ。怖かったんだよ」
それに俺からキスをやると言う事は相手を選んだことになってしまう。俺の答えはまだ決まっていないんだ。二人にはちゃんと向きあいたい。でも……
二人を傷つけるのはいやだ。でも俺がいるだけで二人は傷ついてしまう。それなら俺がいなくなればいい。
「俺のせいなんだ。俺が全部悪いんだ。俺が二人を傷つけたんだ。俺がいなくなればいいんだ。俺が」
「おい遼!」
姉さんが俺の肩を強く掴み体を揺らす。俺は自分で考えられるキャパシティーを超えてしまっている。もうそれしか考えられない。二人とは一緒にいたい。それでも……
「姉さん、俺は二人からしばらく距離を置くことにするよ」
「なっ……!?」
姉さんが困惑した表情になり、こんな顔もできるんだなと思ってしまう。それぐらい俺の言葉に重みがあったのかもしれない。
「お前正気か?」
「俺がそうすることで二人が傷つかないのならそれが一番だと考えるよ」
「お前は……ほんとにそれでいいのか?後悔はしないのか?」
「後悔するかもしれない。俺は二人を裏切るのかもしれない。それでも二人が傷つくのは見たくないんだ」
俯いたまま答える俺の肩から手が離れたので姉さんを窺うと、悲しそうな顔で俯いて拳に力をいれている。こんなんでも面倒見がいい人だ。きっと俺の気持ちをわかってくれて悲しんでくれているのだろう。
そう思ったのは間違いだった。次の瞬間、姉さんは顔を上げ、その顔に悲しさなどなく、怒りでもなく、無表情で俺の顔面を全力で殴った。
激しい痛みが伝わってくる。地面に倒れた俺は脳が揺れたのかうまく立ち上がれずにいた。そんな俺を姉さんが見下ろす。表情を感じない、どこかに感情を置き忘れてきたかのようだ。
「それでも私の弟か? お前には失望したよ」
冷たい声が俺を突き刺す。表情もそうだがまるで刃物を突きつけられているようだ。
あんたはすごいが俺はあんたほど要領はよくないんだ。姉弟だろうが人はみんな違うんだよ。誰もがあんたみたいじゃないんだよ。
「お前は自分の部屋で寝ろ。あいつらは私と藍でなんとかする。明日、あいつらが帰るまで出てくるんじゃないぞ」
そういい残し部屋を出て行く。体がまだ言うことをきかずにうまく動かないが、壁を利用し立ち上がり自分の部屋に向かう。部屋に入るとまだうまく動かない重い体でベッドに倒れこんだ。
これでいい。俺がいなくなれば二人は元通り仲良くなれるはずだ。後悔するかもしれないが二人を傷つけるよりは小さい犠牲だ。これでいいんだ、これで……
他のことが考えられなくなり、体だけでなくまぶたも重くなっていき深い眠りについた。




