第四十八話 ガクブル
花たちから離れた俺はとりあえずはぐれた平を探すことにしたのだが思いのほかすぐに見つかった。プールサイドで体育すわりでうずくまっていたのだ。休憩中だったのかな。
「おい平、どこに行ってたんだ?」
声を掛けると伏せていた顔をあげた平は、なんだかひどく疲れた顔をしていた。いったい何をやっていたんだ?
「篠崎か、お前こそどこに行ってたんだよ?」
「みんなでウォータースライダーで遊んでいたぞ」
「このリア充め。俺はお前がみんなのおっぱいや尻を楽しんでいる間ナンパプールにいるお姉様方にナンパしてたんだが、見ての通り玉砕だったよ」
そりゃ残念だったな。だがお前がウォータースライダーに来たところで一人で滑ることになっていたからどっちにしろ現状は変わらなかっただろう。花や桜と一緒には絶対にさせないし、藍と滑ろうというものなら消し炭にしていたからな。
「とりあえずみんなと合流するぞ。そろそろ帰るはずだからな」
閉館の時間までもう少しあるが、夕方が近くなって日が落ちてきて少し涼しくなり始めている。気温が下がると水着だと体を冷やし、夏休み終盤に風邪をひくことになる。もう来週の木曜日から二学期が始まると言うのに楽しい夏休みの最後を寝込んで過ごすなんてあってはならないのだよ。
平はゆっくり気だるげそうに立ち上がったので一緒にみんながいる場所まで戻ることにする。二人で歩いていると急に平が叫びだした。
「俺も女の子とプールを楽しみたかったぜー!」
「お前は農業部に女の子が多いって言ってたから別にいいだろ」
その通りだ。うちのダンス部なんて女の子が一年に一人と三年に一人だけだ。次の大会が終わると三年は引退するから二学期からは一人になる。平の農業部はそうではなかったはずだが。
「瀬戸内さんクラスのかわいい子がいないんだよ」
「あんなのがたくさんいたらうちの学園はアイドル学校みたいなもんだろ。妥協も必要だろ」
「うっせ!お前には瀬戸内さんだけじゃなく中田さんや藍ちゃんまでいるじゃないか!なんでお前だけかわいい子に囲まれているんだ!」
藍は妹なんだがな。そして貴様、藍の名前を気安く呼ぶんじゃない。潰すぞ。
「いいことばかりではないんだよ。俺だっていろいろと苦労している」
「あぁー、まぁー、お前を見てたらそんな気がするよ。贅沢な悩みだな」
「俺が決めたことだから仕方ないよね」
「俺はお前を応援しているんだぜ。昔はいじめられっ子だったお前がこんなに変わったんだ。何かきっかけがあれば今の状況もきっと変わるさ」
馬鹿みたいなやつだがなんだかんだでこいつはいいやつなんだ。俺のこともわかってはくれているんだがまぁ納得できないところはあるよね。
「ちなみに今のところどっちに傾いているんだ?」
「どっちも均等だよ。傾く時は俺が決めた時だ。
それと今はみんなでいるのが心地いいのだ。俺がどっちかと付き合うことで今のみんなとの関係にヒビが入るのはいやなんだ。俺のわがままで二人を苦しめているのはわかるけどそこは二人にもわかってほしい。
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平と話をしながら歩いているとみんながいるウォータースライダーまで戻ってきた。桜と藍は手をワナワナさせながら変態おっさんみたいな顔になっていて、花ははぁはぁしながらうな垂れている。すごくエロいです。
「お前らやりすぎだ」
桜と藍の頭を軽く叩くと二人は元のかわいい子に戻った。やりすぎなのだが、ありがとう。いいものが見れた。
「遼兄ぃ、おかえり」
「ただいま。一体何をしていたんだ」
「遼には見せられないことよ。見てたらその場で抜いてたと思うわ」
さすがに人前でそんなことはしませんとも。藍が寝た後で自分の部屋でしか楽しまないよ。でもどんなことをしていたかだけ気になる。おい平、あまり花を凝視しているとその目から光を失うことになるぞ。
「はぁはぁ、遼、さん? 私、もう、はぁ、お嫁に行けま、せん」
艶かしい声と顔でそんなこと言わないで! エロいから! 前屈みになっちゃうから!
俺は悟られないように少し疲れたと言い、近くのベンチに座ることにしたのだが桜が俺の腕に抱きつき胸を押し付けることによってそれは阻止された。
「疲れたなんて嘘ね。ほんとは元気になってきたんでしょ?」
今度は空いている腕に藍が抱きついてきた。頼むから座らせてくれ。
「遼兄ぃの元気になってる。藍が解消してあげる?」
妹よ、三度目はないぞ。断固拒否する。
「いや、それはだめだからね。ほんとに疲れているんだ。少し休ませてくれないか」
それでも二人は離さない。花のエロい姿と二人の柔らかい感触に包まれて俺はもう元気になっているのだ。人前でこんなになるなんて恥ずかしい。二人に抱きつかれている状況なのに花はまだうな垂れたままだ。ヤンデレ化していいから止めてください!
「あんたたち何してるのよ」
「詩織ちゃん!? 戻ってきたのか! 助けてくれ!」
どこかに行ってた一成と詩織ちゃんが戻ってきた。一成の両手には袋が持たれている。何か買ってきたのかな。そんなことより助けてくれと俺は一成に視線を投げかけると苦笑いを浮かべた。
「クレープを買ってきたぞ。出来立てだから今がおいしのだけど後で食べる?」
「「クレープ食べるぅぅぅぅぅー!」」
二人は俺の腕から離れ一成が持つクレープに飛びついた。やっぱり女の子は甘味には弱いのか。ありがとう一成。助かったよ。
俺はようやくベンチに座りみんながクレープを食べるのを眺めることにした。どうやら俺の分はないらしい。詩織ちゃんが、遼君はさっき食べたからでしょと言うのでその通りだと思いクレープを諦めた。
「食べたらそろそろ帰るか」
俺の言葉に異議を唱えるものはいなかった。みんなも十分楽しめたし疲れも溜まってきているのだろう。間違いなく一番疲れているのは俺ではなく花だと思う。あれだけ体をいじられていたんだからね。
クレープを食べ終わり、更衣室まで向かう途中で花が俺に声を掛けてきた。
「今日は楽しかったですね」
「そうだね。誘ってくれてありがとう」
「いえいえ。でも遼さん今度今日と同じことやったらほんとに閉じ込めて私だけを楽しませてあげますからね」
花さん、口元だけ不自然に笑ってて怖いです。目に光がないですよ。花のおっぱいを触れるのは嬉しいけどヤンデレはほんと勘弁してください。
冷や汗が顔からだらだらと流れる。俺は背筋に氷水をかけられた後のように体が震えるのであった。いわゆるガクブルってやつだ。ヤンデレ怖い。
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「それじゃあ私はこっちのバスだから! 今度はパーティーで会いましょ!」
桜は俺達と反対方向のバスに乗り帰っていくので、俺達も学園前行きのバスに乗り込んだ。一番後ろの席が空いていたのでみんなで横並びに座る。俺の隣には窓側の藍と花が座った。平が花の隣に座ろうとしたのだが一成に掴まり藍とは反対側の窓側に座らせれ隣に一成が座って。狭い気がしたが詩織ちゃんは一成と花の間だ。小柄だからすっぽりと収まったのがなんだかかわいらしくて微笑んでしまう。
しばらくすると藍が俺の肩に頭を預けて眠ってしまったので花と顔を合わせ互いに顔が緩んでしまう。
「バスが到着してもこれは起きないな」
「おぶって帰られるのですか?」
「そうなるね。仕方のない妹だよ」
藍の頭を軽く撫でながらその顔を覗き込み微笑む。海に行った時もそうだったが藍は今日も楽しめたのだろう。兄として妹が楽しめたことはとても嬉しく思う。
「遼さんはほんとに藍さんのことを大事にされているのですね」
「当たり前だ。姉さんはともかく、藍はかわいいからな。昔は少し危なっかしいやつだったが最近はほんと丸くなってくれてよかったよ。花たちのおかげだ。ありがとう」
「私は何もやっていませんよ?」
「そんなことはない。藍と遊んでくれるだけで十分だよ。これからも妹と仲良くしてやってくれ」
寝ている藍を起こさないように花としゃべっているとバスが学園前に着きそうになっていたので、俺は藍を背負う準備をしてバスが停車したのを確認しみんなで降りた。
「火曜日の食べるものはみんな決まったか?」
「遼が作るのか?」
「いや、料理できるやつみんなで作る」
「なら俺と慎太郎が食材を買ってこよう。後で買ってくるものをメッセージで送ってくれ」
そういうことなら任せようとみんなから食べたい料理を聞きだしメモを取る。桜にも後でメッセージを送り聞いておかないとな。
「それじゃあ週明けの火曜日の午後四時に俺んちに集合で」
そう言って今日は解散となったのだが、一成と詩織ちゃんは同じ方向なので花と平を見送って俺達も歩き出した。背中の藍は家に着くまで寝かせておこう。
「今日は楽しかったね!」
「そうだな」
詩織ちゃんはあれだけいじられても元気だな。貧乳の子はメンタルが強いのかな。一成は少し疲れているみたいだ。特に何もしていなかった気がするが何で疲れているんだ?
歩いて家に向かう中で今日の話で盛り上がった。主に詩織ちゃんの花のおっぱいについての感想だったのだがやはりあれは表現する言葉がないらしい。それについて俺が同意したら睨まれて変態と言われてしまった。女の子の会話って同意を求めているんじゃないの?
俺の家に着いたので二人と別れ中に入る。まだ誰も帰って来ていなかったので藍をソファで寝かせ、俺はシャワーを浴びることにした。
もう来週で夏休みが終わる。今年の夏休みは非常に充実したと断言できる。二学期が始まれば大会と文化祭で大忙しだ。十二月にはクリスマスもあるしこの後もイベントは盛りだくさんだ。楽しまなければもったいない。そして二人との関係も進展させたいのだが決め切れるかは俺次第だ。
シャワーを止め、脱衣所で体を拭き、服を着た後は今日は疲れたと部屋に行きベッドに飛び込んだ。夏休みはまだ最後のイベントを残している。期待を胸にし眠りにつくのであった。




