第三十二話 お祭り
神社に入ると人が一気に増えた。これでは歩きにくい。いや、桜が腕に抱きついているからもうすでに歩きにくいのではあるが……。ただはぐれないようにするという点ではこれが最適なのかもしれない。
「大丈夫? 歩きにくいなら肩車しようか?」
「私は子供じゃないし! これがいいから早く行くわよ」
俺はくすくすと笑い桜を見る。いつも俺が攻撃されてばかりなのでたまには攻撃するのもいいだろう。桜は顔を赤くしながら頬を膨らませている。なにこのかわいい生き物。
神社には屋台からの香りが漂っている。お腹が空きそうだ。桜にも聞いて何か買うか。
「桜、何か食べたいものはある?」
「りんご飴!」
「他には?」
「わたあめ!」
「他は?」
「チョコバナナ!」
全部甘い物じゃないですかい! やきそばとかお好み焼きとかたこ焼きとかあるでしょうが。甘い物は後で買ってあげよう。とりあえず歩きながらでも食べれるフランクフルトを俺と桜の分買った。
「ほら、歩きながらでもこれなら食べやすいからね。甘いものはまたあとで買ってあげるよ」
桜にフランクフルトを渡す。桜は食べずになぜかじまじまと見ている顔を赤くしたあと、小悪魔の表情を浮かべた。一体何を考えているんだ?
桜はフランクフルトを食べた……ではなく口に咥えて上下に動きはじめた。こ、これは……
「んうんクチュ……大きくてクチュ……太いクチュ……。はんむ……噛むと汁が出てきて……おいしい……んふ」
「やめんか」
もう少し見ていたかったが恥ずかしいので軽く頭を叩いてやめさせる。そんなの見せられたら公共の場で元気になってしまうじゃないか!
「あら、じゃああとで遼のちょうだい」
「俺の食いかけでいいのか?」
「そうじゃなくて遼のアレよ」
小悪魔な彼女は俺の下半身を見つめている。小柄な桜からは想像できない艶かしい目だ。ここで焦ってしまうと彼女のペースに飲まれる。あげたいのは山々だが俺達はそういう関係ではない。男だから興味はあるんだよ。でもだめなものはだめだ。
俺は再び桜の頭を軽く叩く。たぶんチョコバナナを買ったら同じことすると思うから買ってあげない。甘いものはりんご飴とわたあめで我慢してもらおう。冗談でも恥ずかしいんだ。
「私は本気よ」
桜が俯き何か呟いたが聞こえなかった。まあまだ来たばかりだしゆっくりと見ていくか。俺達はフランクフルトを食べながら神社を歩いた。
―――――――――――――――――――――
「遼、私あれやってみたい」
桜が指をさしたのは射的だった。お祭りによくあるゲームだな。俺は射的の屋台に向かい景品を見てみる。一等は家庭用ゲーム機。あれは絶対取れないようになっているはずだ。
「桜、何かほしいのでもあるの?」
「特にないけどあのぬいぐるみはかわいいわね」
そのぬいぐるみはそこまで大きくなく弾が当たれば取れそうだ。俺はお金を払い桜に銃を渡す。
「やり方はわかる?」
「弾をこめて撃つだけよね?」
その通りなのだがそれだけでは狙ったものに当たらないよ。とりあえずやりたいと言ってたし俺は見ておくか。
桜が弾をこめて銃を構える。構えが違うんだけど様子を見よう。弾は三発あるしもしだめなら俺が取ってあげよう。一発目、桜が撃った弾はぬいぐるみのななめ上を通り過ぎた。ここで構えを変えるかと思ったらそのままの構えで二発目を撃つ。さっきよりはよくなっているがそんな構えじゃ安定しないよ。最後だしアドバイスするか。
「桜、構えが違うんだよ。こうやって……」
「ふぅあ!」
俺は桜を後ろから抱きつくような形で手をとり構え方を教える。顔の前には桜の頭がありいい匂いがする。桜の家にあったシャンプーの匂いだ。
桜は俺が急に手を取ったのがびっくりしたのか動かない。構えはもう大丈夫。これでさっきの二回よりはいいところにいくはずだ。
「桜、この姿勢で撃ってごらん。さっきよりはよくなるよ」
桜が頷き構える。これが最後の三発目だ。だめだったら俺が取ってあげよう。そう思っていたが桜が撃った弾はぬいぐるみに吸い込まれるように進み、倒した。
「お嬢ちゃんおめでとう。はいこれ」
店主さんがぬいぐるみを袋に入れて渡してくれる。取れるとは思っていなかったからびっくりだ。
「桜、やったじゃないか」
「うん! でも遼、抱きつく時はちゃんと言ってからにして!」
いや、抱きついた訳ではないからね。構えがおかしかったからその修正をしただけだよ。でも俺の出番がなくなってしまったな。違うゲームで遊ぶか。
「遼はやらないの?」
「桜が取れなかったら取ってあげようと思ったけど、欲しい物も別にないし違うゲームをしよう」
そう言ってまた歩き出す。桜はまた俺の左腕に抱きつく。もう定位置みたいになっているな。
「桜は他にやりたいゲームある?」
数が多くて決めれないので桜がやりたいものを優先的にやろう。定番の金魚すくいとか輪投げとかだと思うが、このお祭りにはうちの学園の生徒も出展しておりよくわからないゲームもあったりしたのだ。
「そうね。少し疲れたから何か食べながら休憩にしない?」
「む、疲れていたか。ごめん、気づいてあげれなくて」
「別にいいのよ。こんな人の中歩くのなんて久しぶりなのよ」
それじゃあと近くの屋台でやきそばとたこ焼きを買い、人が少ない神社の裏側に行って休むことにしようと提案したらOKと言う事だったのでそこに移動することにした。
―――――――――――――――――――――
神社の裏側には誰もいなく、どうやら休憩として使うには穴場だったようだ。俺達は石段に座り屋台で買った食事を食べることにした。今回はフランクフルトはなしだ。
「ホントに一人分しか買わないでよかったのか?」
俺達が買ったのはやきそばとたこ焼きそれぞれ一つずつ。二人で食べるには少々少ない気がするが、桜は俺の分をもらうと言うのでそのようになった。
「浴衣だから食べ過ぎると締め付けで苦しくなるのよ」
「なるほど。俺も浴衣だがそこまで考えていなかったな」
「私に感謝してもいいのよ?」
そう笑いかける桜。ここは少し暗いが桜の顔はよく見える。食べる時は少し気をつけないといけないかもしれない。
俺はやきそばとたこ焼きを広げ桜に箸を渡す。俺の膝にやきそば、桜の膝にはたこ焼きを置いてもらう。しばらく二人で話しながら食事を楽しむことにした。
「遼、あ~ん♪」
これはまさか!? 彼女にやってほしいランキング殿堂入り(個人的観測)であるあ~んではないか!? 桜がこんなことやってくれるとは。でも彼女じゃないよ。食べていいよね?てか食べるしかないよね! いただきます!
「あっつ!」
「あ、やっぱり熱かった?先に食べてもらってよかった」
小悪魔さん、そこはふぅーふぅーするとかいろいろあるでしょ。もう少し俺に優しくしてくれないかな。口の中やけどしちゃうよ。
にたにたと笑みを浮かべたこ焼きを割って口にする桜。それでも熱そうだね。ゆっくり冷ましながら食べるといいよ。俺もやきそばを口にする。こっちも熱いが食べられない熱さではなくうまい。俺も仕返しするか?
「桜、あ~ん」
「ちゃんと冷ましてよね」
ばれたか。これ以上やるのは恥ずかしいので自分で食べることにした。なんか桜が一瞬残念そうな顔をした気がするが、暗いから見間違いだろう。桜はたこ焼きを食べるがまだ熱かったのか口をパクパクとやっている。なんだかかわいいな。
「そういえば今日の遼はいつもと違う匂いがするね」
「ん? あぁ、藍から香水を借りたんだ。変なじゃないか?」
「いい匂いよ。初さんのタバコの匂いをよくした感じで私は好きよ」
俺もそれには同じ意見だ。バニラの甘い香りが強すぎず、程よく香る。藍から借りた香水は俺の好きな匂いでもある。今後女の子とデートする時はこれを借りようかな。
「でも遼が香水を使っていい匂いをばらまくと他の女の子が遼を狙ってくるからそれは嫌だ」
「そんなことないだろ。匂いだけで女の子が寄ってきたらもう彼女いるでしょ」
「そんなことないよ。今の遼は誰が見てもイケメンだもの。他の子たちが遼を放っておかないでしょ?」
「学園ではそんなことないぞ」
「それは……きっと花が近くにいるからよ」
そうかもしれない。中学の時は藍が俺に近づく女の子を排除していたが、高校に上がってからは藍はいない。変わりに俺の近くにはいつも花がいる。平と前の席のやつが俺と花がお似合いとか言っていたな。
「そんなに俺と花がお似合いなのかね?」
「私はそんなことないと思う!遼は、私を、見て、ほしい」
しくじった。今のは完全に失言だ。思ったことが口に出てしまう俺の悪い癖だ。しかも内容とタイミングが悪すぎる。とりあえず話を聞いてもらわないと。
「桜、今のは俺のクラスメイトが言っていたことで俺が思っていることではないよ」
「でも、花は遼のこと好きなのよ?」
桜が泣きそうになっている。まただ。また俺は好きな女の子を泣かせてしまう。自分が情けなくて歯を強く食いしばる。
「俺も花が好きだ」
桜が絶望的な表情をする。そんな顔は見たくないんだ。俺は桜にはかわいい笑顔でいてほしい。天使でたまに小悪魔、最近は逆になることが多いがそんな桜が好きなのだ。
「でも桜も好きだよ。二人とも同じくらい好きなんだ」
花にも同じ事を言ったが明らかに桜の方が傷つける言い方になっている。花には先に花が好きと言ったが桜にはそう言ってない。ホントに俺はだめな男だ。
「花から聞いたわ。遼、私達のどちらかを決めるのに悩んでいるみたいね」
桜は泣きそうな顔になっているが、俺から目を離さない。ちゃんと俺の話を聞いて受け止める覚悟の目だ。俺もそれに応えなければならない。
「花から聞いたのか」
「うん。ねえ遼、私達どちらかを選ばないといけないの? 誰かを傷つけなきゃいけないなら私は二人とも選んでほしい」
優しくて寂しがり屋な桜ならそう言うと思った。そしてそれはおそらく花にも伝えているはずだ。
「桜がよくても花がだめなんだ。そしてこれは俺が決めたことなんだ」
「やっぱりそうよね。花は昔から独占欲が強かったから」
独占欲が強すぎるとヤンデレになるのか。覚えておこう。
「桜、俺は桜を選ぶとは言えない。花を選ぶとも言えない」
「それってどっちも選ばないこともあるってこと?」
「そうだ。俺が決めれなくて二人を傷つけるのであれば俺は二人から身を引くよ」
「そんなのはだめ! お願い、私を選ばない時は必ず花を選んであげて」
桜はホントに優しい子だ。他人を思いやることができるいい子。花は単に細かいところまでよく気が付くだけなのだ。桜のとてもいいところ。
「わかった。なるべきどちらも選ばない選択はしないようにする」
「できれば、私を、選んでほしい、花には、負けないから、私も遼が、好きだから」
これで話は終わりだ。花のときのように暴走したらどうしようかと思ったが桜に限ってそれはないと信じてて正解だった。
「この話はもう終わりにしよう。まだ祭りの途中だし、今日は楽しむんでしょ?」
桜は泣きそうになっている顔を浴衣の裾で拭き、次の瞬間には笑った。俺はその笑顔をいつまでも見ていたい。でもそんな未来があるとは限らない。俺が花を選んでしまうと桜の笑顔はもう……
「そうね。まだ時間はあるし早く食べて遊ぶわよ!」
そう言って残っているたこ焼きを全部食べてしまった。俺、一個しかたべてないんですけど……




