第十二話 料理を作ってあげる
夢を見た。花と緑に囲まれた場所だ。ここは昔姉さんと一成と三人で来た植物公園か?そうだ。これは小学生に上がったばかりの頃の記憶だ。俺と一成が騒いでいる。姉さんは保護者として俺達の様子を注意深く見ている。俺は楽しくなって二人を驚かそうと少し離れた草木の中に隠れるんだ。しかし二人は来ない。逆に驚かそうとしてるのかと思い草木の中から出てくる。誰もいない。周りを探しても姉さんと一成は見つからない。迷子になったとわかったとき少し寂しくなった。
「ねえ君、誰か探しているの?」
振り返ると一人の少女。ワンピースを着て頭には麦わら帽子。君は……
カーテンの隙間から朝日が差し込む。眩しい。もう朝になったのか。昨日はいろいろあったな。
しかし懐かしい夢を見たな。俺はあの後姉さんと一成と合流するのだがそれまでに何があったかは覚えていない。あの女の子は一体誰だったんだ?ワンピースといえば桜だが顔がぼんやりしている。
ダメだ、思い出せない。仮に桜だったとしても昔のことで忘れているだろうし覚えていたら話してくれているだろう。
桜はまだ寝ている。まだ起きる時間には早いかな。勝手で悪いが朝食を作っておくか。そう思い俺は桜の部屋から出て洗面台で顔を洗う。朝風呂も入りたいが人のうちなので遠慮しておく。台所に向かい食材を確認。よし、今日は女の子が好きなあれを作るか。
食パン、卵、牛乳、砂糖、蜂蜜を準備し料理に取り掛かる。卵を黄身とと白身を分け黄身を溶かしながら牛乳と砂糖を加える。できたものに耳を取った食パンを浸す。余ったパンの耳はバターをひいたフライパンに入れて弱火で加熱。焦げ目がついてきたら蜂蜜につけて砂糖を加えて混ぜ再び弱火で加熱。その間に今度は浸していた食パンを中火で加熱。下の部分に少し焦げ目がついてきたらひっくり返す。しばらく加熱して焦げ目がついてきたら皿に移す。バターと蜂蜜を添えて完成。さらに加熱していたパンの耳をクッキングペーパーに移し砂糖をまぶし冷ます。
「ふぁ~りょ~おはよ~」
ちょうど桜が起きてきた。寝癖がひどいな。準備しておくから髪直してきてと言ったらふぁ~いと洗面所に向かった。朝が弱いんだね。その間に加熱したパンの耳が冷めてきたのでグラスに入れてホットココアを用意する。
「ん~いい匂いがするよー」
桜も戻ってきたのでダイニングに料理を運ぶ。俺特性のフレンチトーストとラスクだ。これをうちの姉妹に出すと非常に喜ぶ。女の子は甘いもの好きだしね。ホットココアは時間がなかったので市販のやつを使った。
「わぁ~おいしそうだね。ねえ、食べていい?」
「どうぞ召し上がってください、お嬢様」
「では、いただきます」
桜はナイフとフォークで一口サイズに切り分け口にする。口に入れた瞬間とろける様な幸せな顔になった。口に合ってよかった。次にラスクに手を伸ばす。口に咥えカリっと食べやすい大きさにする。うん、こっちもおいしく食べてくれてる。
「ふわふわのフレンチトーストとカリっと食感のラスク。どっちもおいしいぃ~♪」
「お口に合ったようで何よりで、お嬢様」
そう言って俺もいただく。うん、うまくできている。口の中でとろけて甘さが広がるフレンチトースト、カリっとした歯ごたえで蜂蜜の甘さがしっかり染み込んだラスク。俺の得意料理の一つだ。朝から幸せな気持ちになれる。
「ごちそうさま。おいしかったよ。朝食作ってくれているなんて思っていなかった。ありがとう♪」
朝から天使スマイルが見れるだけで作ったかいがあったよ。俺は使った道具を洗いダイニングで残っているホットココアを飲む。
「今日はそろそろ帰ろうと思うが一人でも平気?」
「子供扱いしないでよね。昨日はあんなことあったけどもう大丈夫だよ」
昨日の夜、怖がって抱きついてきた桜を思い出す。なんか惜しいことしたな俺。立ち上がり玄関に向かう俺達。
「じゃあ帰るね。昨日は楽しかったよ」
「私も楽しかった! 遼、また来てくれるよね?」
上目遣いで問いかけてくる桜。もう、かわいいんだから! そんな顔されたら断ることができない。まぁ断るつもりはないんだけどね。また来るよと告げて桜の家を後にした。
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うちに帰ると藍が飛びついてきた。まぁこうなるとは思っていたから心の準備ができていた。でも思ったよりも拗ねてない。姉さんが何とかしてくれたのかな。
「遼帰ったか。飯を作れ」
姉さん、少しは休ませてよと思ったが時間はお昼前。昨日は両親もいなかったしどうせ夕飯はレトルト食品かカップ麺で過ごしたのだろう。仕方がないので作ってあげることにした。
藍を引き剥がし台所へ。俺が台所に立っている間は藍は邪魔をしてこない。昔包丁を使っている時に藍が抱きついてきて指を切ったのだ。その時藍は母さんにひどく怒られた。それから藍は料理の邪魔をしてこなくなった。刃物を持った人に近づくときは気を付けないとね。
さて、何を作るか。最近は暑くなってきた。来週から七月だ。暑さに負けないスタミナ料理か暑さを吹き飛ばす冷やし料理か。リビングの姉妹に目を向けると暑そうにしている。冷やし料理にするか。そう決めた俺は食材を用意する。あの二人は俺がいるとホント話す様子がない。仲が悪いと思われても仕方がない気がする。
作るのは冷やしそうめん。あの姉妹はこれすら作れない。鍋に水を入れ火を着ける。沸騰するまでの間にきゅうりとトマトを切り、卵焼きを作りベーコンを炒める。鍋が沸騰したらそうめんを入れ茹でる。茹でている間お湯が吹き出ないように注意しながら麺がくっ付かない混ぜる。しばらく混ぜた後はめんつゆを作る。鍋に水を入れ鰹節を入れる。だしができたら鰹節を取り出ししょうゆとみりんを入れ煮込む。麺がいい感じになってきたので麺をボウルに移す。ここで藍を呼んで麺を水で冷やしてもらう。めんつゆの味見をすると少しもの足りなかったので白だしを少々加える。味が程よくなってきたので多めに砂糖を加える。藍は市販のめんつゆが苦手である。俺は試行錯誤の結果、めんつゆを少し甘めにすることで藍でもおいしく食べれるめんつゆを作り出したのだ。このめんつゆは藍だけでなく他の家族からも評判がいい。藍にめんつゆの味見をしてもらいOKが出たので火を止め用意していた氷水に鍋を入れる。藍が麺を冷やし終わるころ最初に用意したトッピングを皿に盛り付ける。藍がボウルから麺を取り出し皿に移す。ちなみに姉さんは藍が手伝っている間もリビングでタバコを吸っている。少しは手伝ってほしい。めんつゆはまだ冷え切っていない。まだぬるいな。作っためんつゆに氷を入れるのはNGだ。味が落ちてしまう。めんつゆは置いといておろしわさびとおろし生姜を準備する。俺がわさび、藍が生姜だ。二人がすり終わる頃めんつゆが冷えてきたので料理をダイニングに運ぶ。
運び終えたところで姉さんがダイニングの席に着く。運ぶのくらい手伝ってよ。そう思いながら俺と藍も席に着く。鍋からめんつゆをすくいおわんに移す。
「「「いただきます」」」
三人で揃って食べる。俺は生姜、姉さんはわさび、藍はなにもなしだ。麺をつゆにつけ一気にすする。うん、めんつゆのほんのりとした甘みと生姜の爽やかな後味。うまい。姉さんも藍も満足そうだ。トッピングもつまみながら食していく。
姉さんは手遅れとして、藍には自分で料理をできるようになってほしい。お菓子が作れるのだから料理もできるだろう。今度教えるか。姉さんも完璧超人だからやろうと思えばできるんだけどやらないんだろうな。こんなんじゃお嫁にいけないよ!
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食べ終わった後藍が食器を洗ってくれた。俺は疲れたのでリビングでゆっくりすることにした。タバコを吸っている姉さんの横に座る。今日見た夢の件、姉さんは何か覚えているかもしれない。ちょっと聞いてみるか。
「姉さん、昔一成と三人で植物公園に行ったの覚えている?」
「お前が迷子になったときか。どうかしたか?」
この感じは覚えていそうだ。いい手がかりになるといいが。
「俺が迷子になったとき女の子が一緒だったんだけどその子のことなんだけど」
「また女か。ホントにチャラ男になるつもりか?」
そんなつもりはないとまた否定して。今日夢で見たと伝える。桜の家で見たからそのとき桜と会っていたのかなと付け加える。
「いや、あの子は桜じゃない。お前が桜と会うのは……」
「初姉ぇ!」
突然、藍が話を遮る。どうしたんだ。
「姉さん、藍、どうしたの?」
「いや、なんでもない。あの子のことは覚えているぞ。かわいらしい子だったな。名前なんて言ったかな? んー確か……城之内?」
それ髪ツンツン王様の友達じゃん。絶対違う。まあ昔のことだし忘れてても仕方がない。そうなると最後は一成だな。明日聞いてみるか。
「でもあの時お前その子と……」
「遼兄ぃ、今度は藍の話を聞いて」
姉さんの話を遮って藍は俺と姉さんの間に入ってくる。俺が昨日桜の家に泊まっていたのに機嫌がよさそうだな。何かいいことでもあったか?
藍の話を聞くと昨日図書館で花に勉強を教えてもらったらしい。英語で嫌味を言ったつもりが英語で返されてその後の会話もしばらく英語で行っていたみたいだ。それには俺も姉さんも驚いた。俺も姉さんのおかげで藍ほどではないがある程度の会話ぐらいはできる。話の内容からするに俺では対応できない会話をやっていたのだ。もしかして花は帰国子女か?
「花さんいい人だったよ。だからこの前変な態度を取ってごめんなさいって謝ったよ」
そうか。藍が花と仲良くなれてよかった。偉いぞと藍の頭を撫でると嬉しそうな顔をした。
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藍の話を聞いた後、俺は部屋で昼寝をすることにした。両親が夕方前に帰ってきたドタバタで目を覚ます。俺は体を起こしリビングに行く。
「ただいま、遼。悪いんだけど母さん疲れたから夕飯作ってちょうだい」
「ただいま、遼。父さん魚以外が食べたいからよろしく」
この人達はホントに自由だ。姉さんが高校生に上がり、俺が小学四年生のころから俺に料理番を任せ休日は二人で遊びに行くようになった。まあ仲が悪いのはよくないけどかなり奔放だ。俺達に対してあまり意見を言わずやりやいようにすればいいの一点張り。ただしやるべきことをやらなかったり他人に迷惑をかけることをやるとものすごい勢いで怒り出す。以前にテスト勉強をやらずに一成と遊び呆けてテストの点数を下げた時はめちゃくちゃ怒られた。やるべきことはちゃんとしないとね。
「遼、私はカレーが食べたい」
「藍もカレーが食べたい」
じゃあ夕飯はカレーにしよう。父さんが魚以外と言ってたな。今日の食事の内容と昨日の姉さん達の夕飯を考慮し、野菜カレーを作ろう。
野菜カレーの食材を用意する。使う野菜はにんじん、たまねぎ、ジャガイモ、ほうれん草、パプリカ、トマト、ナス、生姜だ。今回は食材が多いのと時間がないのでスパイスからは作らず市販のカレールーを使う。今回は藍に教えるため近くで見てもらっている。野菜と鶏肉を一口サイズに切り鍋に入れる。火が通ってきたら水を足し煮込む。灰汁を取りながらじっくり煮込む。後はカレールーを入れて混ぜるだけなので藍に任せる。全体に行き渡るよう下から上に混ぜ、とろみが出たら完成。
鍋と炊飯器をダイニングに運び食事の準備をする。
「「「「「いただきます」」」」」
スプーンに一口分すくって口に入れる。うん、カレーの味と野菜の旨味がしっかりとマッチしている。今回はあまり凝らなかったが、今度時間があるときはスパイスから作ろう。
「遼、昨日は楽しかったかしら?」
食事中、母さんがそんなことを聞いてきた。昨日のこと?
「なんのこと?」
「中田さんとこの娘さんの桜ちゃんと二人でお泊りだったのでしょう? 今度会わせるつもりだったけどそこまで進展していたのね」
「遼、男になってきたか?」
な、なんでこの二人が知っているんだ。曰く、昨日の旅行は中田家夫婦との旅行だったらしい。昔からの付き合いだそうだ。
「私達が桜ちゃんと会ったのはずいぶん昔よね。たしかあの時は遼も一緒だったわね」
ん?俺と桜が昔会っている?いつの話だ?
「ほら、昔あった親戚の結婚式の時よ。覚えていないかしら?一成君もいたわよ」
結婚式があったのは覚えている。確か俺が小学一年のときだ。しかし桜と会った?記憶にない。
「お、お母さん!」
藍がなんだか焦っている。さっきも姉さんとの会話を遮ったし何か知っているのか?
「あら、藍は寝てたから覚えていないでしょう?」
「母さん。藍には私から話している。ただ遼は……」
姉さんまで知っているのか?植物公園の女の子の件といい俺の記憶力ってどうしてこんな弱いのだろう。
「いいじゃない。藍も兄離れするときがきたのね」
「うぅ~」
藍は観念したのか俯いた。姉さんも頭を抱えた。俺の知らないところで何が起こったんだ?
「写真で見たが、桜ちゃんもだいぶ変わったな。今ではすごいかわいくなっているじゃないか」
「そうよね。あんなかわくなっているとは思わなかったわ」
変わった? 桜が? 桜は昔から今のような天使ではなかったのか?むしろそれなら俺も覚えているはずだ。しかし俺は昔桜と会った記憶がない。
「まあ、今の桜ちゃんからは昔の面影がないから覚えていないかもな」
「でも今の桜ちゃんならかわいくなったし遼の好みだと思うわ。なにせ……」
藍があうあう言って慌てている。姉さんはもうどうにでもなれって顔してる。そして俺は母さんの言葉を聞いて持っていたスプーンを落としてしまう。
「あなた達はチャペルでお互いのファーストキスを捧げ合った仲ですもの」




