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48/60

その48

 グロスレイの奥まったところに幹部用の会議室がある。会議室とはいっても、元々はラウンジだったのだろう。飲食用のカウンターや小さなテーブルが並んだ部屋で、堅苦しさは感じさせない。いかにも《ハウス》らしい部屋の使い方だった。

 そこには『スカウト』を終えた四人のビビッドが勢揃いしていた。

「清算は終わったか」

 とソファーに座ったエルピディオ。背もたれに長い腕を預け、いつもは胸の前で固く組んでいる残り二対の腕も解かれていた。問われたフニペロは、自分の背丈ほどの球の上に乗っていた。この部屋に最初からあったものだろうか。そうは見えなかった。あいかわらず、どこから持って来たのか分からない。

「今回の賭けは盛況でしたねぇ。ちょっと時間がかかっちゃいました」

 器用に球の上で片腕の逆立ちを披露しながら答えた。

「カシミロに色なしカラーレス……荒れたな。結果は」

「すこーしだけプラスってとこですね~。思ったより挑戦者に賭けた者が多かったんで」

 それを聞いてエルピディオの身体が、少しだけソファーに沈んだ。緊張の解放とも落胆とも見えた。その表情は読み難い。

 スカウトは身内の催しだ。そこで儲けを出しても仕方がない、というのがベアトリスの考えだ。だから、エルピディオは利益がほぼ出ない、五分五分のラインを模索する。

 スカウトの決闘に限らず、《ハウス》の興す闘技全般はエルピディオに一任されている。闘技場の監督に必要な能力はいくつかあるが、何より求められるのは、ヒュープルを見る目の確かさだ。ヒュープルを闘い、競い合わせる。観客をそれに熱狂させ、賭けさせる。そうさせるには闘技者の力量を把握する力に乏しくてはいけない。戦う前に分かれば、なおいい。エルピディオはその能力に優れていた。

 彼の選定眼がどの程度優れているかというと、それは地位が物語っている。彼がスカウトでのし上がったビビッドだからだ。彼のスカウト成功率は、百パーセント。一度も失敗したことがない。しかも、それが『カラー』によるものではないというのだから、彼の闘争センスは計り知れないところがある。

 やがて闘技場を任されるようになり、より多くの闘いを見て、その選定眼にはますます磨きがかかったと言えよう。そんな彼の信頼があればこそ、ベアトリスの介在する賭けを成立させることができるのだった。普通であれば成り立たない。実際、これはかなり繊細な、気を使う作業だった。だが、それをおくびにも出さないのがエルピディオという男でもあった。

 一方では、ジュースを空にしながら、ロザリンダが媚びた笑みを浮かべてバルトロにちょっかいを出していた。ここにきてそんなに時間はたっていないというのに、彼女はすでに五本のジュース結晶を空にしていた。

「バルトロ、あんたはどっちに賭けたんだっけ。どっちだったっけ、ん~? あたくし? あたくしは儲けさせてもらったわよぉ」

 何か言いたそうにバルトロが口をもごもご言わせたが、結局むっつりと黙ってしまった。ロザリンダは勝ち誇ったようにさらに口を動かした。

「バルトロ、そんなくさくさした顔をして。老けちゃうわよ。まあ、みんな、いいガス抜きになったんじゃないの。ベアトリスがプライムになってから決闘が面白くなくなった、なんて言うやつもいるらしいけども、あたくしはあった方がいいと思うわ。楽しいもの。どんどんやるがいいわ」

「皆さんは楽しめてたみたいですねえ。僕も楽しませてもらいました~」

 フニペロはしゃべりながらも球の上で様々にポーズを変えている。表情を変えず、全く安定しているので簡単なことをしていると錯覚しそうだ。フニペロは続けて言った。

「これで、ベアトリスの機嫌も治っていたら、いいんですけどね~。ほら、ここんところ、ご機嫌斜めだったんで」

「誰の機嫌が悪いって?」

 いつの間にかベアトリスが入口に寄りかかっていた。フニペロは慌てて球から足を滑らせ、頭から落下した……という演技だ。あまりに完成された滑稽さ。誰もが彼は本当に慌てていないと知っていた。にこにこ笑顔も崩さない。ぴょこんと立ち上がり、一礼。ベアトリスは何も言わず、その横を通り過ぎた。

 バルトロとエルピディオがプライムを迎えるため立ちあがりかけたが、それをベアトリスは手で制し、部屋の中央を気取った足取りで進んだ。格式張らないのが彼女のやり方だ。手近な椅子を引き寄せると座り、足を組んだ。そして突然含み笑いした。

「あたしは至って愉快だよ。特に今日の『スカウト』はね。面白いやつが入ってきたもんだ。あんたたち、気づいたかい」

 そう言われても何のことか分からない。とにかく機嫌はよさそうなのでそこは一安心だが、ビビッドたちは顔を見合わせ、首をひねった。エルピディオが代表して訊ねた。

「一体、何の話なんだ」

「気づいてないなら、いいのさ」

 ベアトリスはニヤニヤして答えない。カラスが手加減していたという事実を彼女は伏せるつもりらしい。

「それより、あんたたちが何かを伝えたいみたいだよ」

 ベアトリスがエルピディオとロザリンダの二人を見た。

「ご明察。おれにカシミロ共々、カラスを預けていただきたい。あいつは使える」

 機を逃さずエルピディオが言った。すかさずロザリンダが待ったをかけた。

「抜け駆けは、ずるくなぁい?」

「カラスには闘技場がぴったりだ。おれの領域のな」

 長いまつげが二度、眼前を掃いた。

「……例の闘技者潰し、か。ふうん……カラスちゃんにそんな危険なことをさせるんだ?」

 すでに彼女はカラスに肩入れする立ち位置に決めたようだった。対してエルピディオは冷たく言った。

「負ければ、もはや使い物にならないだろうな。だが、この問題には無名の強者が必要だからな」

 元々表情に乏しい彼が、そういった発声をすると何とも言えない凄味があった。冷酷さを競い合うようにロザリンダの目がすっと細くなった。大きなくちばしが、ぐいっとエルピディオの眼前に突き出された。ストローをくわえたままで。

「使い捨てる気じゃないでしょうね。あたくしのところで、ばっちりしっかり《ハウス》のイロハを仕込んだ方がよくなあい?」

 ちょうど空にされたジュース結晶が手から滑り落ち、床で砕け散った。

「物分かりの悪い」

 エルピディオが濡れたように光る牙をむいた。座ったままだが、六本の腕はいつでも動きだせる。先ほどのゆったりした姿勢とは、すでに違っていた。

 手を打つ音が響き、険悪な雰囲気が一変した。ベアトリスに視線が集まった。

「まずはエルピディオに任せるよ。闘技場の問題は繊細だ。あたしが出向いて、ちょちょいと解決してもいいけどさ、闘技場は、表向き真剣勝負が売りだろう。普段は来ないプライムが出入りして、その途端、勢いに乗った奴が負けました、じゃあいかにも嘘臭い。信頼に関わるだろ、それ」

「おれらビビッドが出場するわけにもいかないしな。頭が痛いところだ」

「その点、カラスは無名の腕っ節自慢……ぴったりくる」

 いつも冷静でつかみどころのなさそうなベアトリスだが、娯楽に関しては真剣さを見せる。

「早速、明日の朝から手配しよう」

 とエルピディオが軽く礼をして言った。

「ベアトリスが言うんじゃ、仕方ないわね」

 ロザリンダもプライムの一声であっさりと引き下がった。それほど彼女の決断は絶対的で信頼されているのだ。

 ベアトリスもそれを当然のように受け入れている様子だった。その強硬とも言える態度によるひずみはこれっぽっちもない。それほど圧倒的に、彼女はこの場を取り仕切っていた。

 ロザリンダが首をすくめて、

「エルピディオも、やあねえ。ムキになっちゃって。冗談よ、冗談」

「どうだか」

 彼の表情は変わらない。

「決まりだね。じゃあ、今度はあたしの話だ」

 ベアトリスが間を取って一同を順番に見た。

 重要な話だ。ビビッドたちは瞬時に察した。襟を正すまではいかなくとも、全員が心持を切り替えプライムへと意識を向けた。

「先日、ドルフのところでコミッションがあったのは知ってるね。もしかしたら、フニペロが話したかもしれないが」

 フニペロはぶるぶると大げさに首を振った。

「なら、あたしから話さないとなんないね。ドルフから提案されたのは、ギャングのランク付けだ」

「どういう意味だ」

 エルピディオが前のめりに言った。

「どうも何もそのまんまだよ。《モノリス》が欠け、《バケット》は数に入ってなかったんで五つだが、そのギャング内で順位を決めるってことらしい。組織のあらゆる活動が反映されて、各プライム立ち会いの上で順位は変動する。もちろん報酬もある。今後の順位変動によって、セントラルの土地が分配される」

「ドルフらしくない。面白い。それにおいしい話だ。参加したのか」

「当然。ここで辞退なんかする臆病者は、大ギャングの権利放棄と一緒さ。けど、おいしいってのはちょっと違う」

 ロザリンダが純粋に不思議そうな顔をした。

「どうしてよ。いっつも言ってたじゃない。《ハウス》はもっとでかくなるべきだって。これはチャンスよ」

 熱のこもったその調子に対してベアトリスは冷ややかだ。

「あんたたちまでそんな調子だと、これは一波乱ありそうだ。いいかい、釘を刺しておくけれど《ハウス》はランキングに参加した。けど、あたしは動かない」

「珍しく回りくどい」

 バルトロがつぶやいた。ベアトリスは首をすくめる。

「悪いね。今回ばっかりは、分からないってのが本音だ」

 ビビッドたちは、ほんの一瞬だが戸惑いの表情を浮かべた。「分からない」などという曖昧な言葉が、彼女の口から聞かれるとは思ってもみなかったからだ。ベアトリスは、そんな動揺を見透かしたように続けた。

「ランキングを駆け上がるのは、わけない。《ハウス》にはその実力がある。だが、それを躊躇させる『何か』をドルフは隠している」

「それがなんなのか、分かるまでは下手に動かない方がいいってことか」

「そういうこと」

 エルピディオが納得の唸り声を出した。

「あんたたちも面白そうだからって余所にちょっかい出すんじゃないよ。小競り合いも禁止だ。下の構成員までちゃんと伝えな」

 口々に了解した。

 話が一段落したところでベアトリスは顎に手を当て、再度ビビッドたちを見まわした。

「決闘の賭け金は、若干のプラスってところか。エルピディオ、いい賭け率だったよ。……他にはなさそうだね。じゃ、解散」

 まだまだ続くと思われた会議は、突然に終了した。

 彼女はフニペロと話をしていないし、一日が総括された干染布を渡されたわけでもない。ただ周囲を一瞥しただけだった。

 ベアトリスが入室と同じように気取った足取りで会議室を後にした。ビビッドたちもひとり、またひとりと出ていく。最後に残ったフニペロは、

「いやあ、さすがベアトリスですねぇ。手間が省けて助かります~」

 と独り言した。

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