第九章:砂浜の名前
第九章:砂浜の名前
1.
「はぁ……明日は土曜。にも拘わらずなんで模試なんだよ。俺たちまだ二年だろ? そんな受験生みたいなことは三年になってからさせろっつの」
昼食を済まし、部室で談話する俺らの間に持ち上がる話題。
俺はその内容にため息をついてうなだれる。
「仕方ないです。二年生でも、来年は人生に影響する大切な時期ですから。今からちょっとは準備しろ、と言うことなんだと思います」
「あ~あ、部活ある二年は哀れだなぁ。振替休日でもやるんだろ? お疲れさんっ」
心から部活連中を哀れんだ俺だったが、よくよく考えると自分も発足前の部活動中じゃないだろうか?
更に、俺らの活動と言って思い出したことがある。
「なんかさ、ポスター貼ってからもうすぐで一週間なのに、俺達あれからロクに活動してないよな」
苦笑しながら言った俺の一言が見事に波音を突き刺す。
やはり波音も考えていたのだろう。肩を落として思い切りブルーになっていた。
「何も言い返せないのがかなり憂鬱です……」
こんな風にのん気な事をやってる暇は無い。
だが、実際の所やる事がいまいち掴めていない俺たちであった。
そもそも、部員募集の掲示をしても反応が無いんじゃもう手を打つ事すらできないのではないか?
「というか、結局ヨット部って何をするんでしょうか? あまりわからないです」
突然思い立ったように波音が疑問を口にする。
「そりゃヨットで……って、はあっ!?」
「私、何もわからないです。このまま続けてていいんでしょうか?」
もちろん、いいわけがない。
だが、すっかりそれらの問題を忘れていた俺も悪い。つまり、俺はこいつが少々アホなのを忘れていた。これはかなり重大なミスかもしれない……。
「正直、おまえが何かしら調べていたとばかり思ってたぞ、俺は」
言い逃れに聞こえるかもしれないが、本当の事だ。
「……ちっとも思いつかなかったですっ。私も部員を集める事しか考えていませんでした」
「アホな娘かっ、おまえはっ……と言っても今更だが。肝心なとこ抜けてるよな、おまえ」
顔を手で覆ってわかりやすく落胆する俺。
そんな光景を見て可愛らしく『あぅ……』などと困っている波音だが、そんなでは何一つ解決しないことは目に見えていた。
「よし。とりあえず図書室とか行って資料が無いか見てみようぜ。前は部活としてあったくらいだし、何かしら残ってるって。たぶん……」
そう言いながら俺はできるだけ前向きに立ち上がる。しかし、そのまま図書室に行った二人だったが、昼休みの残りでは一冊の収穫も無かった。
確かに、二人の内片方はマメに探すのだが、もう一人は乱雑に白みつぶしていくだけ。もうすでに見落としたものがあっても文句は言えない。更に、ここは一応この辺りでは有名な進学校だ。故に、図書室の広さが尋常ではない。
「くそっ。こりゃ一週間かけて、さらにその昼休みと放課後つぶさない限り無理だな……」
俺が肩を落として言う。それでも、波音にはあきらめる気など無さそうだった。
「藤崎さん、お願いしますっ」
無謀なのはわかっているはずなのに、波音は何度も頭を下げ続けた。
ここまで言われると流石に無下にもできない。
もしかして俺、実はすっげーお人好しかも……
「わかった。来週いっぱいは本探しに費やすっ。で、その次の週から勉強だ」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
そして翌日。
普通の土曜授業ならばクソ喰らえだが、今日ばかりは好機だ。
午後のほとんどの時間を使えるから、平日の放課後より、ずっと多く時間が取れる。
つまり、この日の働きぶりはかなり大きくこの後の活動ができるわけで。
ああ、部活動中の筋肉バカ共よ。おまえ達に感謝しよう……。
何せ、部活がなければ、学校自体が閉められていたかもしれないのだ。
そんなことを思い、つい昨日バカにしていた奴らに心からの感謝をささげる自分が、ここにいる。
そんな勢いのまま、手を固く握りしめる。
「よっしゃ、やるぞ! 漢、藤崎友哉……この午後に全てを賭けるっ!」
メラメラと沸き立つ闘志を怒号として投げ出す。
「あ、あの…………」
「なんだっ」
「その、だったら早く始めませんか」
「………………」
燃え盛る炎が冷たい横風で消えてしまったようだった。
「す、すまん。ペース上げるから」
そんなこんなで俺たちは図書室を追い出されるまで粘った。
二人の働きぶりはなかなかなものだった。
とても平日ではこうは行かないだろう、というほど進みに進んだ。
「それなりに頑張れたんじゃないか、うん」
帰り道。伸びをしながら自らの功績を称えるように、波音に話しかける。
「でも……見つかったのはヨットの構造についての本が一冊だけです」
「ぐあっ……」
そんな調子で肩を落としている波音を見て、自分のバカさに気づいた。
あれだけやっても一冊。この後、別の本が見つかる可能性は悲しいくらい少ないのでは?
「や、でもさ。構造も知っといて損はないだろ、うん」
「そうかもですけど、それだけわかっていても、あんまり意味は無いです」
励ますつもりで言ったのに、ここまでドライに返されると、逆に自分まで冷めてしまった。
「だぁっ、わかった! 重なる汚名は必ず返上してみせるっ」
「どういうことでしょう?」
俺が言うことに首を傾げる波音。
「こういう時、使いたくはないがそれなりに便利な秘密情報網を使用する」
ある男の顔を思い出して思い切り引きつって見せる。
「おまえは会わない方がいい。今日聞いとくから、明日また話そう。っつーわけで、ここで。じゃなっ」
首を傾げたままの少女を置いて走り出す。
向かうのは、例により情報網の元である。