4.
4.
「結局、来てしまった……」
ケーキ屋の目の前でうなだれて立ち尽くす高校生男児。
正直逃げてやろうとも思ったが、残念ながら実行するに至らなかった。
というか、なんで波音は俺一人で来させたんだ?確かに何事も二度目は楽と言うが。
何にせよ、いつまでも店先に突っ立っているわけにもいかない。
ため息をついて店の引き戸を開ける。
「こんちわー」
「んあ?ああ、らっしゃい。もうすぐ店じまいだ。買うんなら早くしてくれ」
夕刊新聞に目を向けながら、オッサンが俺に言う。
どうやら、普通に客だと思っているご様子。
「いや、俺なんだけど……」
少し近づいて覚えていないかと自分の顔を指さしてよく見せる。
「あー、あいつだろ?なんつったっけ……金太郎?」
「マサカリなんか持ってねぇよ!じゃなくて、違う。どんな間違いだよっ」
しらばっくれているのかと思ったが、本当に忘れているようにも見える。
仕方ないので、着ている制服をヒラヒラあおってよく見せる。
「藤崎だよ、あんたの娘の友達の。この前もおじゃましただろ」
そこまで言うと、さすがのオッサンもなんとなくは思い出したようだった。
「あ~、そうそう。とりあえず上がれって。店、閉めちまうからよ」
「…………おじゃましまーす」
「あら、藤崎さん。お久しぶりです」
リビングまで行くと、かなり若い女性が出迎えてくれた。
「茉莉さん、よかったです。俺の名前覚えている人がいてくれて」
おぉ、オッサンとは違って俺を覚えている人がいる。
そんな事だけに軽く感動した俺だった。
「何!?茉莉、こいつの事覚えているのかっ?フルネームで言ってみろ」
感激する俺を見て首をかしげている茉莉さんの元にオッサンが駆け寄る。かなり驚いている様子で。
そもそも、つい数日前に会った人間どうこうで騒がしい集団(俺も含む)だった。
「もちろんですよ。藤崎……金太郎さんですよねっ?」
「あんたら、ネタ合わせとかしてんのか……?俺の名は藤崎友哉だっ」
こんな他愛の無い会話をしていて、いつかのように不思議な気持ちにとらわれる。
イラつくような、それでも悪い気分でもない。照れくさいような、嬉しいような。
そんな時玄関から引き戸の開く音が聞こえる。
「ただいまー」
「おっと、ウチの姫様のご登場だなぁっ」
やたら過剰に反応するオッサンだったが、これがこの家の長所、と言うより、そのものなのだと思った。
他の奴らから見たら波音は、学校で友達のいない孤独や辛さから暗い奴に見えるのかもしれないけど、話してみれば良い奴だし、少なくとも家じゃ明るくいられる。
そうでなかったなら……こいつの家ですら酷な物だったなら、こいつは報われなさすぎる。
今でも、十分な仕打ちじゃないか。
そう思うからこそ、この家の環境はとても良いものだと感じた。
「よかったです。藤崎さん、迷わずにちゃんと家に来れるか、少し心配でした」
一応、俺はここにいるぞという意を込めて、片手を挙げて小さく振ってやる。
それを見ると、波音は嬉しそうに笑って手に提げているスーパーの袋を机に置く。
「キャベツとソース買って来たんです。今日は豚カツです。すぐ作るので、待っていてください」
波音が袋を再び持ち上げ台所に向かう。そして、その後を茉莉さんが手伝うために追いかけて行く。
「おい、小僧。どっかの部活、再建するんだって?」
二人が席を外した途端にオッサンが切り出す。
「ああ。今日も部員募集のポスター貼ってきた帰りだよ」
「そうか……」
やけに真面目に見えた。
いや、これがオッサンの父親としての本当の顔なのかもしれない。
そんな思いをさせるような顔つきだ。
「最近、よく渚から小僧、おまえの名前を聞く」
「俺の名前覚えてたんじゃねぇか……」
俺のとっさの突っ込みを無視してオッサンが続ける。
「なに、止めろとかそう言うんじゃない。ただ、あいつを、渚を頼むってな」
「………………」
俺が黙っていると、オッサンは急に笑い出して俺の肩をバンバン叩き出す。
「はっ、そのかわり手ェ出したらただじゃおかねぇからなっ」
最後はいつものおどけた口調だった。
「お父さんっ、もうすぐでできますので、机を拭いておいてもらっていいですかっ?」
「おうよっ、にしてもいい匂いだぜっ。腹減ったなぁ!」
オッサンが台所に布巾を取りに行く。
考え過ぎだ。今はそんな事どうでもいい。ただ、今はこの家族の温かさを見ていよう。
「やっぱり、豚カツにはキャベツの千切りですっ。たくさん付け合せて食べると、一段と美味しいですからっ」
そう言って波音が笑いながら食器を運んで来る。
「あ、俺も手伝うよ。ご馳走になるんだし」
「はいっ、ありがとうございます!」
もちろん、波音の手作り豚カツの味は最高で。
いつか、俺も家にいる時のように波音を笑わせたい。
そんな事を考えさせる一晩のささやかな出来事だった。




