第八章:活動開始
第八章:活動開始
「野田ァ、俺だ。入るぞ、無条件で」
了承などはなっから必要もなく、ドアを開けてアパートの一室に入る。
「無条件でって、どんだけ勝手なんだよっ」
入るなり野田が大声で文句を言う。
いつものように散らかっている部屋の一部を強引に片付け、そこに寝転ぶ。
「相変わらず汚ぇな……あの服の山とか、洗濯してんのかよ」
「してるよっ!っつーか藤崎、海とか行ったの?なんか潮の匂いがするんだけど」
行ったとも。
少し前まで波音といっしょに海にいた。少々もめたが、とりあえずはなんとかなったと思う。
さっきまでの憂鬱な出来事を思い返して、肩をすくめてうなずいて見せる。
ただ過ぎたことを気にしても仕方が無い。
「おい、野田。茶と菓子」
起き上がって手を前に出しながら、毎度の要求。
「……フッ、フッ…ハハハハハハッ」
すると、野田が急に笑い出す。声音がかなりヤバく聞こえた。
心配になる。わけなど無く。
「気持ち悪っっっ!」
真っ向からぶつかる俺。
「そう言うと思ってな、今日はっ用意してあんだよっ!」
野田がダッシュで冷蔵庫からケーキを、ペットボトルのお茶を持ってくる。
『どうだ?参ったか?』と言わんばかりの表情が、この上なく気持ち悪い。さらにムカつく。
「コーラと、シュークリームがいいなぁ、今日は」
ずるぅっ!!
「なんで今日に限って茶とケーキじゃないんだよ!?」
ものすごく古風なずっこけ方をした後、間髪入れずに野田がわめき始める。
もちろん答えは決まっている。
「いや、気分だよ。あるだろ?なんとなく炭酸系飲みたくなるアレだよ」
「あ~、あるある!ってドレだよっ!?」
鋭いノリ突込みである。
「まあ、珍しいことだし食ってやるさ」
「んなこと言うなら食うなよっ……」
問答無用でケーキを口に放り込む。
ところが、そのケーキの味に顔をしかめる。
「うわ、何だこれ……不味っ。安物だろ、微妙だ」
何とか飲み込んでお茶を口に含む。
野田なんか、俺の感想で声にならない悲鳴みたいのを上げてから、再び喚きだす。
「#$#&$#hbvt#~~~~。最低ッスね、アンタ!」
「文字で表せない叫びを上げるなっ。っつーか、勢いで二個も食っちまったじゃねーか……」
お茶を飲み干して苦し紛れに声を出す。
このケーキ、甘すぎるかと思ったらその後に言いにくいような味がしやがる……。
「お、おいっ。一つは僕の分だぞ!?」
ケーキの箱が空なのを確認した後、野田が俺の肩を揺する。
「……食いたいか?」
「あたりまえだ、買ってこいよ!」
「仕方が無いな……確かに俺も悪いし。――――――嫌なこった」
表情一つ変えずに、俺が一言。
「くそぉぉぉうっ。藤崎テメェ!もう二度とおまえに物は買ってこないからな。今後一切、飲み物も菓子も絶対にやらんっ」
野田が放った一言に俺は手を握り締めて断言した。
「野田ぁ、おまえな……食べ物は物じゃない、大切な命の源だっ!」
「言ってることは立派だけど、お前が最低なのは変わらねぇよ……」
「最近、僕の友達が女の子とよく一緒にいるって噂を聞いたんだけど、何か知らない?」
急に野田から話しかけられて面を食らう。
「……誰のことだよ?」
できるだけ平静を保ったまま俺が聞き返す。
わざとらしい口調から野田が一体何を言いたいのか、すぐにわかった。
「まあ、別に何でもいいんだけどさ。そいつ、この前は彼女とかはいないって言ってたんだよね」
内心の戸惑いを押し殺しながら、野田から目を離す。野田から向けられる視線が痛い。
どうにか話を逸らそうと頭をフル回転させて言い訳を考える。
「あ、そういえば西菜が放課後、おまえの事を探してたぞ。すごい形相で」
「えぇ、な、な、なんで!?」
俺がとっさの(かなり苦しい)言い訳を口にした途端に、野田が急に顔色を変えて震え上がる。
なんか、後一押しくらいでなんとかなりそうだ……。
「さぁな……。『あのアホォ、なんとなくムカつくのよっ!』とか言ってた気がしたが」
それを聞くと、野田が更に震え、軽く泣きそうだった。
予想以上の怖がり方に少し引く。
「ちょっとビビり過ぎじゃねぇ?」
なんとなく聞いてみると――――――。
「あの女、この間その『なんとなく』とかで、僕のこと三日間で14回も殴って、11回蹴ってきたんだ。しかも最後の一回の蹴りがさぁ……思い出すだけで男であることを少し後悔するよ」
野田が下半身の一部を押さえて、すくみ上る。
なんて女だ、あいつは。もっと言うとどこまで哀れな男だ、おまえは……。
「っつーか、あいつの蹴りをくらって、その……大丈夫なのか……?」
俺は素直に心配になった。
「次の日の晩まで用を足すことすらままならなかったよ」
俺は、もし自分がそうなった時のことを考えてゾッとした。
大変だったな、と言う意味を込めて俺が野田の肩に手を置く。
って、忘れてたが、なんとか誤魔化せたな。
「くそぉ、なんか腹立ってきた……。藤崎、どっか行かない?」
考えるフリをして立ち上がる。もちろん答えはきまっているのだが。
「いや、今日は用があるんだ。妹と会う約束しててさ、悪いな」
とりあえず謝ってそのまま踵を返す。
一応は『事情』を知っているのだから、野田も止められない。
「なら仕方が無いね。一人でやけ食いでもするかって、金無いや……」
野田の独り言から、もう逃げ切れたことを悟った俺だったが、手放しでそれを喜ぶことができなかった。
…………どうにも、そろそろ俺が近頃何をしてるか、野田にバレる気がする。