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「波音っ?」
少女はビクッと肩を震わせて、恐る恐るこちらを振り返る。
いつもの海にたどり着くなり、見知った人影が砂浜に座っているのが目に入り、声をかけた。
波音はうつむいて何も言わない。
涙は拭ってあったが顔はまだ青くて、目が赤く腫れている。
俺も黙って隣に座り、海を見る。
ヨットが何隻か風に乗り、進んで行くのが見えた。
「いつか……」
波音の肩が、また揺れる。
「いつか、俺言ったよな。『気が向いたら話す』って。あの時した話には続き……っつーか、まだあるんだ。色々」
あの時は、同じ場所で確か、初めて俺がここに来た日だったはずだ。
「気が向いた……というよりは、ここまで来たら説明しなきゃならないんだ、きっと。聞いて、くれるか……?」
目を逸らさずに、俺はジッと波音を見つめる。
「…………はい」
虫の音ほど小さな返答。それでも、俺は構わないと思った。
「母さんが死んで、親父が荒れたとこまでは話したよな。
そんなある日に、俺は親父ともめたんだ。原因は妹の引き取り先についてだった。親父は何て言ったと思う?『紅葉の好きにしろ、おまえのしたいようにしなさい』ただ、そう言った。それが、実の娘に対する父親の台詞かよ。その時にはもう、俺の怒りは限界だった。けど、そのまま妹の引き取り先は決まらなかった。
俺は活き活きしてた。その頃は自分の足で部活に精を出して、無心で生きてた。
あの日は確か、俺が中二になってすぐだったかな。家計が圧迫され始めて、妹は自ら引き取られることを望んだ。俺らの為にだ。妹が家を出て行った晩。親父は酔って千鳥足で帰ってきた。その酒は、妹が、紅葉が自分を他人の家に置くことを決心してつくった物だったんだ。
不安だったのに、妹が俺らに残した生活費を、あいつは酒にして帰ってきたんだ。そう思った途端、頭の中が真っ赤になったみたいだった。討論になった。気が付くと取っ組み合い、大喧嘩だった。
でも、大人に適うはずが無いよな。その時に、俺は右足を壊した。リハビリで普通の人と同じくらい歩けるようにもなった。けど、そうなったのは中三の秋。俺の部活……唯一の取柄、居場所。すでに三年の活動は終わってた。それから俺は狂ったように勉強した。おかげで進学校に行けるまでの成績を取った。受かった時の担任の顔、笑えたよ。それで、何も考えずにここに入った」
無意識に手が右足を掴む。
それを見た俺は、自分で呆れて息をつく。
「その後は特に無いな。勉強も、その場の馬鹿力だ。もうやれない。ただ、学校で友達とだべったり、親父を避けて、夜中に不良にボコボコにされたこともある。まあ、妹に散々怒られて、親父のいない時間を見計らって寝起きするようになったけど。後は見ての通りだ」
肩をすくめて、わざとおどけた口調で締めくくる。
そうしないと、自分を抑えてられなくなりそうだったから。
「どうして……?」
「えっ?」
突然声をかけられて、声の方を見る。
「どうして、そんな事を私に話してくれるんですか……?」
波音はもう泣いていなかった。
「どうしてだろうな……でも、おまえなんか、会って一時間も経ってない俺にやたら愚痴こぼしたんだ。おあいこ、だ」
波音の頭に手を乗せる。すると、波音は安心したように笑った。
――――――――――それでも、その笑顔もすぐ消えてしまう。
「ですけど、私……藤崎さんを傷つけてしまいました」
またしても、うつむく波音。
それを見て、俺がため息をついて波音の頭にデコピンをかます。
「痛っ……」
「なあ、俺は確かに部員になれないかもしれない」
波音がこちらを見て、また泣きそうになる。
「おいっ、でもな、波音……」
再びうつむきそうになった少女を呼び止める。
「けどさ、人数かせぎとか、部員を集めるくらいなら俺にもできる。…………違うか?」
波音が目を見開く。
もう一度。今度は笑って、波音の頭に手を乗せる。
「できるんだっ。だから『手伝ってください、こんなにも可愛い私の為にっ!』とか、言ってみろ。それなら、やってやらんでも無い」
「そ、そんな言い方できません!
でも、藤崎さんがそばにいてくださるなら、とってもがんばれます、私っ!」
こうして俺達は少し足踏みをしてしまったけど、再びヨット部再建へと二人で歩き出す。




