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面倒な事に、西菜と一緒にB組に向かう。
教室の中を覗くと、ほんの数秒で波音と目が合う。
とりあえず手招きで『帰るぞ』と意思を伝える。
波音は浮かない表情でうなずいて、鞄を手に取る。
しばらく待って、波音が教室から出てくる。
……先程までの顔を隠すように笑いながら。
「ビックリしました、今日は西菜さんも一緒ですか」
坂を下る途中。
波音は西菜と雑談をして、ずっと時間を稼いでるように見えた。
自分が厚かましい事を言ったと思っているからか、俺の答えを聞かないほうがいいと思ったからかはわからなかった。
「あのさ、俺――――――――――」
「いいですっ」
場の空気に耐え切れなくて俺から切り出そうとした瞬間、波音が口を開いた。
「言いづらい事だったら、結構です、すみません。ただ、部員にはならないって言ってくれればいいんです。これまでも色々お世話になってしまいました。それだけでも、私にとってはとても信じられない事なんです。ですから……大丈夫なんです」
最後の一言は笑顔だった。
波音の目の端には、何かが夕日に光っていた。
西菜が何かを言おうとして口を開こうとしているのが目に入る。
俺はただ、波音にそんな顔して欲しくないから……
「右脚を―――――――怪我してるんだ、俺」
俺から口を開いていた。
波音も西菜も、一瞬時が止まったようだった。
傷つけたくない、傷つきたくない……
「親父と喧嘩して、その時にな」
見る見る波音の顔色が悪くなっていく。
こんな事を、言いたいんじゃない……
「普通の生活で使うには支障は無いんだ。でも、思い切り走れない、運動だって……どこまでできるか、わからないんだよ」
波音の頬に涙が伝う。
よほど衝撃的だったのか、自分が一体何を言っていたかがわかったからか、頬を濡らした少女は少しずつ後ずさりをしていた。
止めろ、泣かないでくれよ、波音っ…………
「わ、私……その、私…知らなくて……」
西菜も驚きで少し顔が青かった。
「ごめんなさいっ……私……ご、ごめんなさいっ」
波音が駆け出す。
小さな背中が遠くなってから、我に返る。
俺は、波音を傷つけてしまった。
その事に、今更気が付いた。西菜と目が合う。
目を伏せて、唇を噛みながら、西菜が口を開く。
「友哉、ごめんっ。私、無神経だった……」
西菜まで泣きそうだった。
「いいよ、仕方ないんだ。部員になってやりたい。それでもやれないかもしれないんだ。それに、他の部員さえ入ればあいつは俺なんかとつるむ必要が無くなる。その方があいつにとって良いに違いない」
そうだ、そうに決まってる。
「違うっ」
突然、西菜が俺の方を掴んで揺さぶる。
そのまま、泣きかけの腫れた目で俺の瞳を真っ直ぐに見据えて口を開く。
「あの娘はそんな事、これっぽっちも思ってない!そんな事、見ればわかるじゃない……」
思い出した。
部室の前で立ち止まっていた波音。
あいつは一人で何か言ってた。なんて言ってたっけ?
『一歩を踏み出せば、それは周りの人たちに近づく為の一歩ですっ』
そうか。
あいつは俺をただ頼っていたんじゃない。
すがっていたかったんだ。そうしないと……何かにすがっていないと不安だったから。あいつは俺の言った、たったの一言を糧にして、あの一歩を踏み出していたんだ。
馬鹿だ、俺は……。
―――――もっと早く気が付いていれば。いや、気付いていたのに、背を向けていたのかもしれない。
「最低、だよな。俺」
「そんな事無いんじゃない?事情もあるみたいだし。……追っかけんの?」
目の端をこすりながら明るく言う。
いつもの、西菜だった。
「だいたいどこにいるのかはわかるしな」
早歩き気味で歩き出す。
ここまで本気で走りたいと思ったのはいつぶりだっけか?
そんな事を考えながら、俺はあの場所に向かう。