4.
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教室に入ったのは一時間目の五分前。
「よぉ、藤崎。ずいぶん久しぶりじゃない?おまえが遅刻すんの」
俺が席に着くと、目の前の席に座っている野田が話し掛けて来る。
「おまえこそ珍しいな。一時間目から来てるなんて」
野田は遅刻の常習犯だ。早くても三、四時間目から来るのが基本だった。
とりあえず気分で持っていた鞄で野田の頭を殴る。
「痛っ!って何で殴るんだよっ」
理由なんて無い。
なのでその通り適当に答える。
「いや、エラソーでムカついたんだよ」
「すっげー理不尽ッスね!」
朝から元気だな、こいつ。
やたら文句を言ってくるアホを完全に受け流しながら窓の外を見る。
「ちょっと、アンタ等!うるさいっ」
野田の、げっと言う声が聞こえた。
めんどくさいが、俺も声の主を見る。
そこには、長髪の女子が仁王立ちで立っていた。
「おう、西菜」
俺がその女子に気さくに挨拶をする。
西菜 雪乃。このクラスの委員長。俺等に話しかけてくる珍しい女子。
「おう、じゃないわよ。アンタ等うるさ過ぎ。特に尚太。顔面の毛、全部引き抜くわよっ」
野田を指差して恐ろしい事を言う。
その時、野田が、ひぃっ。何で僕だけ……。と小さな声で言った。
すかさず、俺はわざとらしく野田が言った事を言い直す。
「えっ?ひぃっ、なんで僕だけなんだよ?くそったれ!だって?んな事言うなよな、野田」
「ちょっ、馬鹿っ。なんで言うんだよ!しかもくそったれなんて言ってな……」
背後の殺気を感じ取り、野田は語尾を濁す。
ただ助けを呼ぶために俺の名前を叫んでいる野田を無視し、少し前の事を思い出す。
~数週間前~
「このクラスの委員長をすることになりました。西菜 雪乃です」
教卓の前まで行って畏まりながら自己紹介をしている女子。
周りの男子が騒ぎ立てる。
確かに、見た目は普通のいや、それ以上に清楚で可愛かったのかもしれない。
……少なくとも第一印象は。
その数日後。
いつも通り遅れて登校する野田。
五時間目。昼食を済ました後の眠気と戦いながらだべる俺と野田。
この日、ある事件が起こったのだった。
「なんで今更鉛筆なんか使ってんだよ?シャーペンは?」
俺が声を潜めて野田に聞く。
野田は、ほとんどまっさらなノートに、鉛筆でアホ丸出しの落書きをしていた。
「昨日シャーペン壊しちゃったんだ。
金無いから、鉛筆使うしか無いんだよ。どうせ大して使わないし」
「へー、そーなんだー」
適当に流す。
「アンタが聞いたのに、何だよ、その受けなが……」
ポンッ
野田が言葉の途中で周りをキョロキョロ見渡す。
「どうした?とうとう故障か?」
「んな訳ないだ……」
ポンッッ
また周りを気にする野田を見て、俺も周りを見てみる。
なんだよ。何も無いじゃ……いっ!?
見覚えのある女子と目が合う。
その女子から、とてつもない気配を感じ取った気がした。
「なぁ、藤崎。さっきから頭に何か……」
バキッ
俺は見た。
その女子、西菜が消しゴムを千切って野田に向けて投げる。
そして、その消しゴムの欠片が野田の鉛筆に当たり、破壊音と共に、それが砕け散ったのを。
それ以来から、ちょくちょく西菜は俺らに話しかけてくる。
「藤崎っ。回想なんかに浸ってないで助けろ!」
野田が俺に言う。そして俺は聞き流す。
「いや~、恐ろしいな。女ってのは」
「あら。誰の事かしらね~」
西菜が笑顔で言う。
ドス黒い笑顔がこれ以上と無く恐い。
「な、なんでもないです」
圧力に負けてしまった……。
ムカついたので、苛立ちを野田にぶつける。
「まぁ、野田はボソッと、おまえの事だゼッ、チェケナゥ!って言ったがな」
西菜が瞬時に野田の方をねめつける。
ひぃっ、と情けない声を上げる野田。
「ちょ……僕はそんな事言ってな…」
「問答無用っ!」
ドカッ
バキッ
ズガッ
メキッ………
始業のチャイムが鳴り、何事も無かったように西菜が自席に戻る。
野田の目が覚めたのは、昼休みが始まる十分程前だった。