第四章:やりたい事
第四章:やりたい事
1.
その日の昼休み。
「藤崎ィ。購買行こうぜ」
野田が毎度のように俺を誘う。
というか、何かムカつくな。
ボカッ
「な、なんで殴るんだよ」
涙目でで野田が俺に言う。
「ムカついた」
ものすごく簡単な話である。
「ひどくないですか!?」
唾を飛ばしてうるさい事を言うアホを無視して廊下に出る。
小走りで追いついて来た野田が急に大声を出す。
「ま、待てよ!っつーか誰がアホだっ」
「おおっ!?人の心を読むなよ。」
少々驚いて野田から目を逸らす。
窓の外に目が行く。
すると、また中庭の隅のベンチで一人、見覚えのある女子が一人で食事をしていた。
またあいつ一人で……。
「なぁ、野田」
「ん?」
無意識にアホに話しかけていた。
「悪い。野暮用を思い出した。また今度な」
歩き出す。
「お、おい。藤崎?」
聞く耳を持たずに中庭に向かう。
悪いな、アホ。お前なんかの相手はしてやれないんだ。
「藤崎テメェ!またアホとか思ったろ!」
遠くから野田の叫び声。
うおっ!なんであいつわかるんだよ?こえー。
そのまま俺は中庭の隅へ急ぐ。
つもりだったが気が付く。
俺も飯買ってかなきゃな。
「よぉ」
アンパンをかじっている女子に話しかける。
「ちょっと待ってください。今食べてますので」
一瞬こっちを見て、小声で言う。
礼儀正しい奴なのだろう。
話しかけても無駄そうなので、自分も黙ってパンをかじる。
彼女がパックの牛乳を飲み終えるのと俺がパンを食べ終わるのはほぼ同時だった。
「お待たせしました。なんでしょうか?藤崎さん」
なんだっけか?
「えーと。何で初めてあの坂で会った時、
逃げて行ったのに、今は何で普通に俺と話せるんだ?」
こんな事を言いに来た訳でも無かったが、確かに気にはなる。
波音が考え込むようにうつむく。
「……なんででしょうか?」
彼女は首を傾げて俺を見る。
「いや、俺が聞いてるんだけど?」
苦笑いを隠しきれずに聞き直す。
本人がわからなくてどうするんだよ?
「きっと、初めて会った時はビックリしたんです。誰もいないと思ってましたから。
それでも、私なんかに話しかけてくれて、藤崎さん良い人です。だから、話せます」
俺に向けられた笑顔はやはりどこか悲しげな物だった。
何故だろうか。毎回、無意識に口が開く。
「なぁ、おまえやりたい事とかないのか?」
ふと思いついた事を聞いてみる。
「やりたい事、でしょうか?」
波音は牛乳パックをたたみながら小首を傾げる。
「あの部活やってみたい、とかさ。そういうのって思い出になるだろ?
行事ったって、学園祭と修学旅行しかないし、三年になったらそうはやれないと思うんだ」
波音が少し黙って考える。
「私………」
やっと口を開いた波音の言うことに耳を澄ます。
「私、よくわからないです」
「って、無いのかよっ」
一気に力が抜ける。
「部活とかやれば、友達もできると思うんだがなぁ」
頭をかきながら息をつく。
波音もまだ考えている。
「まあ、いい。もう少しで予鈴だ。放課後までに考えておけよ?」
「あ、はい。わかりました」
そのまま俺は教室に向かう。
振り返るとまだ波音は考え事をしていた。
俺は、ひたむきに何かを考えている波音を見て苦笑してしまう。
教室に入って自席につく。まだ野田は戻ってきていない。
授業が始まるまでボーっとしているしか無い。
窓も外に広がる青い空を見て、ふと思い出す。
『私、小さい頃からから少し体が弱くて……』
あいつと、波音と出会ってからまだ一週間も経っていない。
それなのにあいつは、俺に自分の抱えているものを打ち明けて。
しまいにゃ、家で飯まで食わせてくれたりした。
『藤崎さんは私の友達です』
そう、あいつは言った。俺を友達だと。
あいつには、俺はどのように写っているのだろうか?
俺は何がしたいんだ?
つい何日か前に会った奴の為に、俺は何をしているのだろう?
わからなかった。
自分が何をしているのか、したいのか。
それがわかる時がいつか来るのだろうか?
俺は、人の為に何かを成し遂げる、なんて事ができるのだろうか…?
放課後。
俺と波音は校門で落ち合って、二人で坂を下る。
「どうだ?やりたい事、何か無いか?」
波音は困ったようにうつむく。
「すみません。思いつきませんでした」
予想はしていたので、特に落胆はしない。
こいつの性格なら十分有り得る事だった。
「まあ、無いなら無理に考える事は無いだろ」
励ますように肩に手を置く。
坂を下り終わり、道の端に今朝の砂浜へ下りる為の階段がある。
それを波音がチラチラ見ている事に気が付いた俺が、彼女に話しかける。
「海、行くか?」
俺の顔を見て、波音が驚きの声を上げる。
「すごいですっ、藤崎さん。今ちょうど行きたいと思ってました」
本当に驚いている様子を見て、苦笑を隠しきれない俺。
あそこまでわかり易く行きたがってたら誰でも気づくぞ……。
もう日は暮れ始めている。
どうせ帰ったって野田の所しか行く所が無い。
「よし、行こうぜ?」
俺は波音の頭に手を乗せて促す。
「はいっ。行きたいですっ!」
ヒョコヒョコと俺の後ろをついて来る少女。
俺は歩調を少し緩める。
俺達は歩き出す。
始まりの足音を胸に留めて。
出会ったばかりの俺達が肩を並べて
青い海へ向かう長い、長い道を。
二人きりで――――――――。




