3.三文芝居より挑発がお好き
朝になるとさっそくヴィルエは動いた。部屋に誰もいないとしても悲鳴をあげながら起き上がる。
「だ、誰か! 誰かいないの!?」
大声で人を呼べば、廊下にいたのだろう侍女が何事かと慌てて駆け込んできた。
「奥様、どうされました!?」
「大変よ。不審者が、不審者が――」
こちらにやって来た侍女に縋り付く。
この騒ぎを聞きつけ、廊下には他の使用人も集まってきた。それでも足りぬとヴィルエは取り乱した様子で続ける。
「何の騒ぎだ」
しばらくすると、しかめ面をしたアクシオが駆けつけてきた。その後ろにはグレンもいる。
ここまでは想定していた通りである。
昨晩については『血まみれの不審者を見て意識を失った』とするべきだとヴィルエは考えている。本当にその状態で意識を失っているのなら、目を醒ました時には不審者がいるかもしれないと怯えるはずだ――そう考え、ここまでの行動を取っている。
(呼び出されるより、自分から行動を起こした方がいいわ)
ヴィルエが騒ぎたて、人を集めれば、アクシオもやってくるはず。その予定通りにアクシオとグレンは現れた。
ヴィルエが取り乱していると考えたのだろうアクシオは、険しい顔をしたまま使用人らに向き直る。
「お前たちは戻っていい。あとは俺とグレンで話を聞く」
その言葉に、集まっていた使用人や侍女らが部屋を出て行った。
こうして部屋はヴィルエとアクシオ、グレンの三人となった。
ヴィルエはベッドに腰掛け、その近くの椅子にアクシオが座る。二人の間は距離があり、アクシオは忌み嫌うかのように鋭いまなざしをヴィルエに向けていた。昨晩のことについて確かめるべく、警戒しているのだろう。
「お前はなぜ騒いでいた?」
沈黙の流れる部屋の中、口火を切ったのはアクシオだった。これにヴィルエは毅然とした様子で答える。
「昨晩、不審者を見たのです」
「詳しく話せ」
「私が帰った後、旦那様の部屋からガラスが割れたような音が聞こえました。夜遅くだったのでただ事ではないと思い、勝手ながら旦那様の部屋に向かいました」
アクシオは黙ったまま、口を挟むことなくヴィルエの言葉に耳を傾けている。
「そうして旦那様の部屋に入った時――不審な者がいたのです」
「その不審な者についてお聞かせ願えますか?」
グレンに問われるもヴィルエは気まずそうに俯く。
「男の方……だと思うけれど自信がありません。情けない話ですが、その血まみれの姿を見た後が思い出せないのです。気づいたらベッドに寝ていましたから」
恐怖を思い出したかのようにヴィルエは体を震わせ、両手で顔を覆う。
しかしどれも演技である。気づかれぬ程度に開いた指の隙間から、グレンがアクシオに視線を送るのを見ていた。
そのグレンの動きはまさしく『ほら、覚えていないじゃないですか』と得意げなものである。これに対しアクシオは瞼を伏せてうんざりとした様子であったが、ヴィルエに問う。
「その不審者についてわかることはそれだけか? 何か持ってきたとか特徴だとか、そういったものはわからないのか?」
「そうですね……」
見ていないととぼけるにしても、思い出す努力をした方がよい。そう判断し、ヴィルエは思い出すふりをして俯く。
「特徴……私よりも体格が良いことしか……」
「……本当にわからないのか?」
「お力になれず申し訳ございません」
「まあまあ。そこまでにしましょう」
そこでグレンが間に入った。
「不審者については不明ですが、ガラスが割れる音などの話は使用人からも報告を受けています。仰る通り、何者かが忍び込んでいたのでしょう。既に屋敷内の捜索を終えていますが、それらしき不審な者は見つかりませんでした」
ここでグレンがアクシオの方を見る。だがアクシオは何の反応も示さない。
グレンは再びヴィルエの方を向いた。
「領内の者たちにも知らせ、不審者の捜索を行っています」
「私がしっかりしていれば、捕えることができたのかしら」
「そうやって自分を責めないでください。奥様がご無事で何よりです――では、気分を落ち着けるためのお茶などを持ってきましょう」
そう言ってグレンは立ち上がり、部屋を出ていく。
残されたのはしかめ面のアクシオとヴィルエだ。
これまでアクシオはヴィルエを睨んだままである。口を開いたのも不審者に関する問いかけのみで、表情も硬い。
(グレンは信じてくれそうだけど、旦那様はまだ疑っているのかも)
油断はできない。ヴィルエは動じているふりを装いながら、アクシオの様子を探る。
彼の中で疑念は消えていないのか、こちらに向けた視線には疑いが感じられる。
(そういえば、昨晩の彼の怪我はどうなったのかしら)
確か脇腹を庇うようにしていた。彼の姿が血塗れだったのも、返り血だけが理由ではないだろう。こうしているからには深い傷でなさそうだが、ちゃんと手当てはしているのだろうか。気になってしまい、ヴィルエの視線が脇腹の方へと移る。
今も、怪我なんてしていないかのように振る舞っている。強がっているのか、それとも怪我をしたと言えない理由があるのか、ヴィルエにはわからない。
「……っ、何を、じっと見ている?」
その声によって我に返る。見れば、アクシオは気まずそうにしていた。妙に頬が赤い。
「はい? 何でしょう?」
「だから! なぜ、ずっと……俺の腹部を見ているのかと聞いているんだ」
つまり、彼はヴィルエに凝視されていたことに照れていたらしい。うわずった声を隠すように咳払いをしているが、まだ頬は赤い。
(確かに……じっと見つめていい場所ではなかったけれども)
怪我が気になっただけなのだが、言われてみれば熱視線を送るには相応しくない部位かもしれない。
とはいえ、そこまで照れなくても良いだろう。先ほどまでの偉そうな態度と大違いだ。
このようなタイプの男はあまり見たことがない。全員とは言わないが、上流階級の男たちは悠然としているのを格好よいとする節があり、令嬢たちを小馬鹿にしたり道具として扱う者もいる。だからか、このように照れる男を見ることは初めてだった。
「結婚してから今日まで、旦那様と顔を合わせることがなかったものですから。ようやく顔を合わせたのがこのような機会だなんて、と考えていただけですよ」
優しさで話題を変える。これに気づいたのか、アクシオはようやくこちらを向いた。先ほどまでの動揺はなかったかのように口ぶりも戻っている。
「……とにかく。お互いに望んだ結婚ではないから顔を合わせる必要はない。お前だって好き勝手に出歩いているじゃないか」
「出歩く、といいますと?」
「夜に出歩いては他の男たちと親しくしているそうじゃないか」
アクシオが指しているのは夜会のことだろう。好き勝手に歩いているわけではなく、レインブル家の者として情報収集にあたっているまでだが、それはアクシオも知らぬことだ。
「旦那様は、私が出歩くことをいやだとお考えで?」
「別に。お前に興味を持つことはない。愛人がいようと構わない――だからこそ、お前の行動は理解できない」
彼はヴィルエから視線を外すと、額に手を添えて何かを考えているらしい。そして呟く。
「男漁りをしているのか愛人のもとに通っているのかはともかく、それほど俺に興味がないというのに、昨晩のお前は俺の部屋に入った。お互いに関与しないと話していたのに、なぜだ?」
アクシオはまだ疑っている。ここは素直に疑念を払えばいい。不審者を目撃し、恐怖に怯える純粋な令嬢のふりをすれば良い。
取るべき行動はわかっているのだが、ヴィルエは苛立ちを抱いていた。
興味はない。愛することはない。勝手な宣言から始まり、いざ秘密を知ってしまえば殺そうとする。
『夜梟』という秘密を隠したいのならばガラスなど割らなければよかった。物音立てず屋敷に戻ればヴィルエだって知ることはなかった。ヴィルエだけの責任ではなく、アクシオにだって非ががある。
(いいわ。わからせてあげる)
言葉で負けてはならない。相手を前に臆してはならない。どんな状況であれ、笑え。
動じぬ強い心を持ち、場面を掌握せよ。
それが貴族の思惑渦巻く夜会でも咲き誇る術――ヴィルエの口端が弧を描く。
「夜這いだった、等の理由がなければ納得していただけないのでしょうね」
「よ、夜這い!? お、お前は何を――」
「ただの心配では、旦那様の部屋を訪ねる理由には不十分なのでしょう? では次回からはそのような理由がある時だけ、部屋に行くことにしますわ」
先ほどの照れた様子から、からかったら面白い反応をするのではないかと思っていたが、結果はヴィルエの予想を超えるものだった。
夜這いという言葉に戸惑っているのか、アクシオは返事に困っているようである。
(……もしかして。女性との会話や接触に慣れていない?)
照れたり動揺したり。その様子からの推測である。
ヴィルエの推測通りなら、これは面白いかもしれない。からかいがいがある。いたずら心がにやりと笑みを浮かべた。
もう少しからかってやろうとしたヴィルエだったが、アクシオに助け船を与えるように扉が開いた。現れたのはグレンである。
「お茶をお持ちしました――おや、ご歓談中でしたか」
「たいした話じゃない。俺は部屋に戻る」
グレンが戻ってきたのを良いことに、アクシオはさっさと部屋を出て行ってしまった。
斬られることなく話し合いが終わったのだから、ヴィルエにとっては成功である。うまい形で不審者を見て取り乱す令嬢を装うことが出来た。
この場をやり過ごしたとしても、油断はできない。このハーブティーだって心落ち着く温かさを保っているのは今だけだ。気を抜けば冷えてしまう。
(でも『夜梟』って何なのかしら。正体を知られたから殺さなきゃだなんて、物騒だわ)
ニーベルジュ伯爵として振る舞いながらも、その裏には暗殺者の顔を持つ。アクシオはなぜ、暗殺者として動いているのだろう。
彼に関する謎はまだ解けそうになかった。




