23.次に会う時は
『夜梟』が語ったものはヴィルエにとって衝撃であった。
重要な人物名は隠されていたが、それはアクシオの出自に関わるものだ。
(庶民と聞いていたけれど……そのような出自だったなんて)
どこかの貴族に囚われ、暗殺者になるべく育てられた。暗殺者を必要とする者がいるのは理解しているが、それを育てるとは意外なものだ。
アクシオが『夜梟』で在り続ける理由には触れた気がしたものの、腑に落ちないところがある。
彼は地獄から掬い上げてくれた『弟』に感謝し、彼が光でいられるよう闇の仕事を請け負うと話していた。だが暗殺者が必要である『弟』とは何者なのだろう。
思考の海から這い出て、顔をあげる。俯いていたヴィルエは『夜梟』が真っ直ぐにこちらを見つめていたと気づいていなかった。
「これだけ話したんだ。一つぐらいはわがままを言っても構わないな?」
「え? ええ……で、でも! 内容によっては断らせていただきます」
ヴィルエの返答を聞くなり、『夜梟』が立ち上がる。
彼の言うわがままとは何なのかわからず、ヴィルエは身を強ばらせて彼の動きを注視していた。
(ま、まさか……前回のようなこと、とか!?)
だとすれば、どうしたらいいだろう。
しかし逃げる気にはなれなかった。嫌だとも思わっていない。だというのに、心音が急いている。
『夜梟』はにやりと笑ったままこちらに歩み寄る。
その距離が近づくほどヴィルエの緊張感は増していく。
そして――隣に、腰を下ろした。
(や、や、やっぱり……!)
そうなってしまうのではないか。
きゅっと身を強ばらせ、覚悟を決めて瞼を伏せるヴィルエだったが、聞こえてきたのは意外にも彼の笑い声だった。
「ふっ……ははっ。そう怯えなくていい」
まさか、揶揄ったのではないか。そのことに気づき、ヴィルエは隣に座る彼を見上げる。
「ただ、隣に座りたかっただけだ。なのに別のことを考えていたのか?」
「……揶揄ったのね」
アクシオの時ならばこちらが攻勢に出るのに、『夜梟』の姿をしているだけでそんな気になれない。立場が逆転して、揶揄われている。
ヴィルエはむっと顔を顰め、抗議の気持ちを込めて彼を睨み付けた。しかし『夜梟』には届いていないようだ。彼はまだ笑みを浮かべている。
「わざわざ隣に座って、楽しいのかしら?」
「嫌なら振り払えばいいだろ」
「……お望みならばそうしてあげますけど」
それでも『夜梟』は向かいの席に戻ろうとせず、隣に座していた。
揶揄っているだけだとわかっても、隣に『夜梟』がいるのは落ち着かない。
馬車は狭いというのに横並びになれば余計に圧迫感がある。それは彼の背丈の大きさにも原因があるだろう。
「国交五十年記念祭だ」
彼の小さな呟きに反応し、ヴィルエは彼の方を向く。
「次に俺が動くのは、その日だ」
明言はされていないものの、それがセラティス暗殺計画の実行日かもしれない。
確かにその日、セラティス王子は参加する。アクシオは参加しないと話していた。
(まさか、デールの計画はその日に行われるのだと教えてくれている?)
ヴィルエは息を呑む。だとするなら、なぜ『夜梟』はヴィルエにその情報を明かしたのか。
「私に話してどうするおつもり?」
「揶揄ったお詫びだ」
正確な日付がわかれば、レインブル家に報告し、王家に伝えてもらうことができる。セラティスの警備を厳重にし、暗殺計画の阻止が出来る。
(私がデール側の人間、セラティス王子に死んでほしいと思っている人間だと思って、この情報を明かしているのかしら)
デールから情報を得るためそのように動いてはいた。傍目にはヴィルエは妹を王家に嫁がせながらも国家転覆を狙う者に見えるだろう。『夜梟』はヴィルエが同志であると思い込み、このことを話しているのかもしれない。
(でも何か引っかかる。私がデール側の人間と思ったとしても決行日を明かさないはず。何か……違和感がある)
その違和感は彼の行動や過去から生じている。
『夜梟』が自ら暗殺者の道を選んで守ろうとしている『弟』。その信念を抱く者がなぜセラティス暗殺計画に名乗り出たのか。
黙り込んで考えているヴィルエに、『夜梟』が続ける。
「俺は、お前の目的が知りたかった。だが、簡単に口を割るような女じゃないだろう?」
「よくご存じなのね。でもあなただってそうでしょう?」
「俺もお前も、何かの目的のために生きている。闇に身を隠し、仮面をつけ、人を欺いてでも構わないと思うほどの強い理由だ」
彼がそのように強い理由を抱いて『夜梟』として存在していることは理解している。同時に彼も、ヴィルエが同じく強い理由を抱いている者だと悟ったのだろう。
「言葉ではなく行動でしか示せない。お前も俺もきっとそうなんだろう」
それにヴィルエは苦く笑う。思い当たる点はたくさんあった。
言葉なんて薄っぺらなものだ。巧みに操れば武器になる。言葉という武器を使えば、ヴィルエは『夜宴の黒花』になれる。
彼自身の目的を言葉で聞いても、それを疑ってしまうだろう。言葉の鋭さを知っているからこそ猜疑心を持ち続けている。それならば行動の方がいっそわかりやすい。
その詳細を問えばよかったのかもしれない。だが、ヴィルエがその口を動かすより先に馬車が止まった。
ヴィルエが腰をあげると同時に、『夜梟』が言った。
「国交五十年記念祭にて、お前がどのような行動をするのか楽しみにしている」
ヴィルエとアクシオ。二人の見つめる先が同じなのか、それとも異なるのか。
その結果は国交五十年記念祭に判明するのだろう。これは挑戦状なのだと理解し、ヴィルエは笑みを浮かべる。
「ええ。私も楽しみにしているわ」




